人魚姫の王子

おりのめぐむ

文字の大きさ
上 下
46 / 55

幸せの足跡

しおりを挟む
 9月も半ば、バイトも随分と慣れた頃。
 ついに手に入れた!
 念願のノートパソコンだ!!
 本当はまだまだ買える様な金額には達せずにいた。
 もちろんバイト代だってまだ入ってるわけがない。
 そんな時、高野が立て替えてくれたのだ。
 リハビリは1日でも早い方がいいと。
 足りない分は出世払いでいいからと。
 そんな流れで知夏の元にパソコンが届いた。
 いつものようにベッドの背を起こして、設置したテーブルの上にドンと構える。
 目の前の機械に知夏は驚いた様子だ。

「これで俺たち話せるようになるぞ!」

 興奮気味になりつつ、下準備。
 まず握る力はある知夏の手に鉛筆のような形をしたペン型マウスを握らせる。
 ネズミ型の指を使うマウスでのクリック操作は無理だろうということでペン型マウスならと試すことになった。
 ノートパソコンを開き、電源を入れ、デスクトップ画面が表示される。
 知夏の手に添えながら一緒に動かしてアイコンを押す。
 ワープロソフトの画面が起動した。
 ゆっくりとパソコンのキーボードに知夏の手を移動させ、ペンのまま、キーを打つ。
 画面上に"ち・な・つ"の文字が現れた。
 知夏はビックリしたように目を見開き、俺の顔を見る。
 まさかこんな形で会話が出来ると思いもしなかったのかもしれない。
 といっても俺の誘導があってこその入力。
 つまり知夏自身が出来なければ意味がない。
 すると今度は知夏は自分がやってみるというような顔つきになった。
 俺は手を離し、キーボード上にあるペンの行方を見守る。
 知夏の手は細かな揺れを生じさせつつも、ゆっくりと左右に移動する。
 勢い余って画面上の文字がキーを押しっぱなしになってしまったのか同じになってしまう。
 その度に悔しそうに改行を繰り返す。

「焦る必要はないからな」

 俺は高野に言われたことを知夏にも言った。
 リハビリは日々の積み重ねが大事。
 一歩一歩進めばいいんだって。
 努力家の知夏は必死に頑張っていた。
 初めてということもあってどうしてもうまくいかない。
 ペン先でキーが反応してしまうので力加減が難しいみたいだ。
 同じ文字の羅列が何行も続く。
 根を詰めてやるのはよくないともアドバイスを受けてたので休み休み続けた。
 それでも結局この日は文字らしい文字を打つことが出来なかった。
 最初からうまくいくわけない。
 分かっていたとはいえ、やっぱり悔しかった。
 それから数日は同じことが続いた。
 何行も何行も同じ文字の羅列が続く。
 俺なら嫌になって投げ出してしまいそうな繰り返しを知夏は根気よく続けた。
 たとえ進歩がみられなくても努力を惜しまない。
 見えない小さな積み重ねを信じてる証拠だ。
 そういえば春休みの頃も俺に対してしつこかったもんな。
 まあ、そのおかげで今こうやって知夏と向き合えてるし。
 そういうところを見習わなきゃいけねぇな、俺。
 いい加減諦めてしまいそうになる俺に喝を入れ、知夏を見守る。
 突然、今まで必死で動かしていた知夏の手が止まった。
 同じ文字の行が並んでいるが、……何だ?
 俺は驚いた。
 一行目がひひひ……と続いていて、二行目がろろろ……。
 そうやって縦に読んでいくと、

 ―ひ・ろ・く・ん・あ・り・が・と・う―

「ち、知夏!」

 思わず嬉しくなって抱きしめていた。
 小さな成果が現れた序章だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした

仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」  夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。  結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。  それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。  結婚式は、お互いの親戚のみ。  なぜならお互い再婚だから。  そして、結婚式が終わり、新居へ……?  一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...