上 下
19 / 101
子爵侍女、前世を思い出す

しおりを挟む
 屋敷から離れ、木々が生い茂った場所に近づく頃、それが目に映る。
 木材で作られたこじんまりとした古めかしい小屋は年季が入っているようだった。
 もともと丈夫に建てられていたのか形状はしっかりとしていたがところどころに腐食が見られる。
 入り口は外側の扉から木の板が嵌められ、閂のようになっていた。
 内側から外に出れないよう閉じ込めているようにも思えたが、物音もなく何の気配を感じないこの小屋に何かがいるようには見えなかった。
 板を抜き、恐る恐るそっと扉を開けてみる。
 瞬間、中からツンとするような悪臭が鼻につき、思わず覆った。
 小屋の中は薄暗く、劣化した木の隙間からかろうじて光を感じる程度で中は狭そうな様子。
 一歩踏み出そうとした矢先、すぐ足元で薄汚れた皿がカツンと当たる。
 開けてすぐの手前の地べたに皿を置いて立ち去っているだけと予測がついた。
 もしかすると中に入ったことがないのかもしれない。
 それにしても何ともいえないすごい嫌な臭いがする。
 酸っぱいような、じめっとしたような、腐ったようなといろんな臭いが混じっている。
 元々は解体小屋だったから今は使用してなくても染みついたものが残っているのかもしれない。
 これはデリアさんが仕方なく回された仕事で、碌に掃除せず、閉じ込めたまま食べ物を与えているだけ、といったところかな。
 こんな環境でちゃんと世話をしているとは思えない。もしかして弱ってたりするかも。
 空っぽの皿を見る限りは生きてる様子が窺えるけど、いつから何を飼っているのか判らないし、どう見てもこれは酷い状態。
 存在を確かめないと、と、ローブの裾を鼻にあてながら中の様子を窺う。
 屋根裏のベッドスペースと変わらないぐらいの広さのそこは薄暗く奥の方に白っぽいものが視界に入る。
 目を凝らすと端の隅に布のようなものが丸まっていた。
 おそらくあの中に何かいるみたいで大きさ的に犬だろうか?
 明かり取りと臭いを追い出すために扉を全開にした。雨は降り続いている。
 念のため逃げ出さないよう用心し、片手で皿を持ちながらそちらに気を紛れさせられるように布に近づいていく。
 不意に何かの気配を感じたのか薄汚れてボロボロの布がかすかに動く。
 慌ててそばに皿を置き、声をかける。

「ほ、ほらご飯だよ。お利口だから大人しくしてね」

 反応したのかヨロヨロと布が浮き上がりズルズルと動いて黒い物体がゆっくりと顔を出す。
 べと付いて固まった黒い毛並みが見え、何故か服のようなものを着せられている。
 服を着た犬? 違う、人の形をしている。しかも小さくてやせ細っている。
 包まった布から現れたのは異臭を放っている小さな子どもだった。

「うそでしょ、こんな!」

 子どもはのそのそと這うようにして皿に近づき、顔を突っ込んで食べ始める。
 それはまるで動物の食事の様子を見ているようだった。
 目の前の現実に頭が真っ白になる。
 顔を隠すように伸びきった黒い髪はピタッと固まって張り付いている。
 首筋までの雑に伸びきった髪の長さから男の子と思われた。
 ワンピースのような上着は汚れが酷く、ところどころ破れている。
 服から露出した肌は真っ黒で元々の色なのか汚れなのか判別がつかない。
 どうしてこんなことに? あまりにも酷すぎる!

「ねえ、貴方、どうしてこんなところにいるの? 一体、誰がこんな……」

 頭がぐらぐらする。異臭も堪らないがこの出来事にも衝撃が走る。
 子供の顔を見ようと更に近づいたその時、ぐいっと腕が引っ張られ、小屋の外へ追い出された。
 水音が撥ね、腕が痛い。
 濡れた地面に尻もちをついたまま見上げれば、怖い顔をしたハーパーさんだった。
 慌てた様子で扉を閉め、しっかりと蓋をするように板を渡す。
 それから私と目を合わさないようにしつつ、立ち上がらせるように腕を掴む。
 再び強引に引っ張るとこの場所から離れさせるためか別荘方面へと引き摺る形で歩き出していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

【完結】ベニアミーナ・チェーヴァの悲劇

恋愛
チェーヴァ家の当主であるフィデンツィオ・チェーヴァは暴君だった。 家族や使用人に、罵声を浴びせ暴力を振るう日々…… チェーヴァ家のベニアミーナは、実母エルミーニアが亡くなってからしばらく、僧院に預けられていたが、数年が経った時にフィデンツィオに連れ戻される。 そして地獄の日々がはじまるのだった。 ※復讐物語 ※ハッピーエンドではありません。 ※ベアトリーチェ・チェンチの、チェンチ家の悲劇を元に物語を書いています。 ※史実と異なるところもありますので、完全な歴史小説ではありません。 ※ハッピーなことはありません。 ※残虐、近親での行為表現もあります。 コメントをいただけるのは嬉しいですが、コメントを読む人のことをよく考えてからご記入いただきますようお願いします。 この一文をご理解いただけない方のコメントは削除させていただきます。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

侍女が私の婚約者を寝取りました~幸せになんてさせませんよ~

京月
恋愛
貴族令嬢のリンナはある日自宅に帰ると婚約者のマーカスと侍女のルルイが寝室で愛を深めていた。 「絶対に許さない!あんたの思い通りになんてさせないわよ!!」

完結 喪失の花嫁 見知らぬ家族に囲まれて

音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、目を覚ますと見知らぬ部屋にいて見覚えがない家族がいた。彼らは「貴女は記憶を失った」と言う。 しかし、本人はしっかり己の事を把握していたし本当の家族のことも覚えていた。 一体どういうことかと彼女は震える……

裏切られたのは婚約三年目

ララ
恋愛
婚約して三年。 私は婚約者に裏切られた。 彼は私の妹を選ぶみたいです。

処理中です...