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子爵侍女、前世を思い出す

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「新しい仕事よ。ほら」

 降りしきる雨の中、デリアさんが欠けた皿を強引に差し出しながら訴えた。
 それには昼食の残りであろう食べ物がぐちゃぐちゃに盛られている。
 フロンテ領の敷地内は別荘と別館、それ以外に豊かな自然林に囲まれた森のような場所もある。
 そこはかつて鳥猟していたらしくその名残で今は使われていない解体小屋があるという。
 別荘からは歩いて10分ほどの位置に存在するがこの雨の中、その移動すら面倒になったのだろうと思う。
 小屋には生き物がいるらしく押し付けた皿を置いてこいとのこと。
 そんな外れに何かを飼っているとはここに来てから初めて知った。
 この口ぶりから毎日の飼育をデリアさんに任せきりにしていたことが窺える。
 貴族侍女として派遣されてからも普段から侍女長としてハーパーさんは娘二人に仕事を指示していた。
 姉であるステラさんは自分が面倒な仕事はほとんど妹のデリアさんに押し付ける傾向があった。
 一番立場の弱いデリアさんは渋々仕事をしている状況できっとこの世話もその流れで回されたのだろうと思える。
 私が居座るようになってデリアさんに押し付けていた仕事がだんだんと流れてくるようになった。
 前までは一応、貴族侍女扱いとして敬遠されてたようで音を上げないと判断されてからこうなった様子。
 何だか根競べみたいになってるけども今のところは平行線で収まってる。
 一切、反発することなくただ黙々と引き受けてるから。
 ステラさんやデリアさんのようにあれこれ言って無駄な時間を費やすより、素早く終え、自分の時間を作る方が楽だと解っている。
 どうせこのあとの仕事は夕食の下準備だけでそれまでの時間は自由。
 こういう時はさっさと引き受けてこなすのが無難。
 技術向上のためと黄ばんだシーツに彩りを与えるためにも刺繍でもするに限る。
 裁縫道具は支給品の中にもあり、例の心得本の図案を参考にせっせと習得する。
 布の端に縫い付けた不格好な模様が徐々に形づいてきていた。
 これも残されていた割と大き目なシーツのおかげ。古いけど活用できている。
 屋根裏にあったベッドは一人で眠るのには大き過ぎていて二人でギリギリといったところ。
 端のスペースに寝具だけが埋まった場所は狭さで圧迫感もあり、寝るだけの隙間しかない。
 これはあくまで予想だけどそこは男爵令嬢二人が使っていたのではないかと思えた。
 埃まみれで薄暗いむき出しの天井。傷だらけの家具が放置された静かな空間。
 上り下りする階段は軋む音が響き、二人でいたとしても不気味だっただろう。
 私も当たり前に生活していたらきっと嫌で逃げ出していたかもしれない。
 借金で伝統の屋敷を手放した時、産まれてからずっと過ごした全ての喪失感が全身を駆け巡った。
 祖父母との大事な思い出も両親の愛情で埋まった全ての象徴を無くしたからだ。
 両親も泣いた。どうにかならないかと走り回った。でも無理だった。死すら過ぎった。
 でも自分たちの都合で領民を巻き込んではいけないと思い知った。
 負の連鎖は自分たちで止めなければ終わらない。死んで逃げれば誰がが犠牲になるだけ。
 領民たちにも生活がある。同じような喪失感を味合わせてはいけない。
 代々の領主が守ってきた土地。故意に無くすことなんてできるはずもない。
 生きている限り何とかするしかない。貴族としての責務は果たすべき。
 なり振り構わず動き出した我が家の決意。
 やがて徐々に身一つあって生活できるのであれば大丈夫だと思えるようになった。
 あの時の経験があるからこそ、やっていける。
 怖いのは矜持を傷つけられることじゃない。人の命に関わることだけ。
 私はデリアさんから皿を受け取るとローブを羽織る。
 時間の経ってしまった料理は少し固くなったように見えた。
 相変わらずどんよりとした空からしとしとと降り続いており、雫で濡れないように覆いながら雨の中を駆け抜けていった。
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