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子爵令嬢、侍女になる

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 季節はあっという間に過ぎていき、雨季が近づいている。
 ついにアネットさんとのお別れの日が来てしまった。
 フロンテ領で働きだして2カ月が経過、ちょうど雨季に入る前に辞めるかたちだ。
 既に人数の割に仕事量が少なく、この頃には時間を持て余すばかりとなっていた。
 しかもみんな個々の割り当て担当となり、喋りながら時間をつぶすなどは皆無状態。
 時間を持て余し単独にさせられ、やる気を削ぐには十分な扱いといえる。
 アネットさんの任期満了を機にもう一人の子爵令嬢も去ることになった。
 こんな扱いなら気持ちも萎えていくのはしょうがないと思う。
 とうとう残ったのは3人だけとなってしまった。

「……そろそろ決断した方がいいわよ」

 子爵家令嬢二人を見送った後、通り過ぎざまにアルマさんがこっそりと囁いた。
 決断とはきっとここの侍女を辞めることなんだろうと思う。
 でも私は辞められない。こんないい条件の仕事に出くわすことはないから。
 もちろん、サボっているわけではない。やることはやって、他にすることないか見つけて。
 細やかなことでも時間をかけて……と工夫はしてきたつもり。
 それでも時間が経たないこともある。ぼぉっとすることは性に合わない。
 今だって持て余す時間が勿体ないとこっそり本を読み返していたりする。
 本といっても侍女の心得を学んだ時に配布されたものだけど。
 内容が素晴らしく、事細かに侍女のお仕事を網羅したもので学び直すには相応しい。
 これまで出来てたと思ってた掃除などのお仕事を見直すことができるのだから。
 意識し直すだけで付け焼き刃でこなしてた公爵家滞在時より向上したと思う。
 時間がある分、身に付けるためにそうやって働いていた。

 
「明日からの食事は調理場の方にお越しください」

 別館1階のいつもの食堂で夕食を終えた直後、ハーパーさんが言った。
 アルマさんが意味深に私を見たあと、ニコルさんに目配せした。

「フェルトンさま、少しよろしいでしょうか」

 退席時にハーパーさんが呼び止める。
 何かと思えば滞在について問われた。

「男爵侍女のお二人は半月後には退出なさいます。フェルトンさまははっきりと意向を示しておられませんので確認させていただきたく……」

「いえ、私はしばらく働くつもりですが」

「……そう、ですか。承知しました。ですが翻意されましたらお知らせください。……失礼いたします」

 ハーパーさんは驚いたように去っていく。
 予想しない返事だったのかもしれない。アルマさんたちと一緒に辞めると思ってたのかも。 
 例え一人になったとしても私は自分の意志で残るつもりだ。辞める理由なんて見当たらないから。

 翌朝、調理場に向かうとあっちだと料理長に親指で場所を示された。
 そこは調理場の続きにある食器などを保管してある部屋だった。
 壁際には食器棚が備え付けてあり、部屋の中央には長テーブルと椅子がある。
 時折ここに座って食器やカトラリーを磨いたりすることもあった。
 そして使用人が休憩をとる場所としても利用してるけども、今、テーブル上にはカゴに盛られたパンと7人分の食器が並べられていた。

「フェルトンさん、座ったら?」

 いつの間にか入ってきていたアルマさんとニコルさん。慣れた様子で席に着く。
 驚きを隠せないまま、私も向かい側に腰掛けると卵料理と野菜が一緒に盛られたお皿をステラさんが置いていく。
 並べられていたスープカップにデリアさんがスープを注いでいる。グラスにはただの水が注がれていた。
 いつもとは全く異なる光景。カトラリーはフォークのみ。今まで見なかった食器類。
 パンも直接カゴから手で掴む様子で、置くお皿すら省かれている。
 昨日までとは明らかに食器も食事の内容も変わり、いつもの食堂とは違う場所での出来事。
 庭師を除く常駐4人の使用人とテーブルを共にし、誰も何も言わず黙々と食べ始める。
 それが当たり前であるかのように。
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