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魔王、王子を恐れさせる
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「トラゴスのことを最初は、王子である私に武芸を示したくて暴れてるんじゃないかって、冷めた目で見ていた」
ジーヴルが言う。
忘れもしない、入学式当日の話か。
「でも君は私が王子だと知らなかっただろう?
その時、こやつは本当に私を恐怖させたい一心で挑んできたのだな、と気付いて……楽しいことに真っ直ぐな君を好きになった」
……そうだったのか。
ジーヴルの気持ちはバグではないのだな。
「本当は気付いているのだろう?
君は随分前から、私の恐怖以外の表情に見惚れているはずだ」
「はぁ!?」
真剣な告白からの唐突な俺様ムーブに困惑してしまう。
なんというかまあ……図星だ。
この俺が、ジーヴルの絶望する顔を引き出せないまま、笑顔に見惚れてしまうとは。不覚。
気に食わなくて、つい目を逸らす。
「もちろん、君の趣味はラスボスらしくて素敵だ。
だが、恐怖以外の感情も案外美しいものだろう?
私はこの通り最強だから、ビケットが望む恐怖を与えてはやれない。
だから代わりに、トラゴスが人を怖がらせること以外にも楽しめることを、もっと沢山、共に探したいんだ。
趣味なんて、いくらあっても良い。
楽しいことに目を輝かせる君をもっと見たい」
良い意味で、ジーヴルは俺を魔王扱いしてくれない。
絶望から生まれた存在、だなんて事実にはこだわらず、俺を一人の享楽主義者として尊重してくれる。
ありのままの俺自身を。
どこまでも俺様で、強引で前向きで、俺の世界をぐいぐいと広げてくれる。
「……良いだろう。
せいぜい俺を楽しませてみろ、魔王の伴侶よ!」
ジーヴルの手を取り、額と額をこつんと重ねる。
するとエメラルドのような瞳が、きょとんと見開かれた。
む……ジーヴルめ、恐怖している?
覗き込むと、ジーヴルは震える声で言った。
「……可愛すぎた。怖いくらい」
なんだ、こんな簡単なことでジーヴルが恐怖するとはな!
絶望からくる恐怖ではないが、これはこれで面白い。
「そうだろう?」
しばらくして馬に跨ったルルとアンジェニュー、カルムが駆けつけ、ルミエルとブランシュ、そして途中で拾ったらしい聖女を載せた馬車も到着する。
ルルがジーヴルの傷口に回復魔法をかけ、両親がジーヴルを心配している間、聖女は勇者に駆け寄っていた。
「大丈夫!? ごめんなさい、私が祈ったせいで、みんなに迷惑が……」
青ざめている聖女を、勇者が抱きしめる。
「大丈夫だよ。僕たちのRPGがそういうシナリオなんだから、コメディアが発生するのは仕方のないことさ。
乙女ゲーム世界に流れ着いちゃったのもバグのせいだし」
「でも……」
「君はトラゴスを恨んだことがある?」
勇者が突然、俺の名を出した。
何か知らんが、勘弁してくれ。
「いいえ……」
「だろ? トラゴスだって、RPGのストーリーの都合で、僕たちに倒されるために生まれた悪なんだから。
トラゴスを許すように、君自身を許してやってくれ」
勇者に言われ、やっと聖女は納得したようだった。
カルムが抱えていた本を開くと、中から見覚えのある姿が飛び出てくる。
電子の女神、クウランだ。
「僕とカルムで二時間くらい祈って、やっとクウランを召喚出来たんだよ!
やっぱりコメディアの力でコンセントの中に飛ばされてたみたい」
「コンセント……怖かった……」
にこやかに説明するアンジェニューの隣で、クウランが震えている。
コンセントの中って怖いのか……。俺より怖いだろうか?
げんなりしつつ、クウランはワープゾーンを作ってくれる。
「勇者、聖女。そしてコメディア。
貴方たちにはまだ、RPG世界で果たすべき役割があります。
戻りましょう」
そうだ。俺とは違い、彼らには向こうでやるべきことがある。
俺とジーヴルが乙女ゲーム世界でコメディアを撃破しても、それはRPG世界にとっては無意味なことだ。
向こうの世界で、勇者パーティがコメディアを倒すことで、ようやく彼らの二周目が終わる。
最強である俺を倒した勇者たちなのだから、コメディアくらい秒殺に違いない。
またバグが悪さをするかもしれんが、それはその時だ。
ジーヴルが氷漬けにしたコメディアを、勇者に渡した。
「君が幸せそうで良かったよ、トラゴス」
勇者が言う。
俺が、幸せそう……か。
「まあ、乙女ゲーム世界も悪くはないぞ」
不敵に笑って返してやると、勇者と聖女も微笑んで、コメディアを連れてワープゾーンを潜って行った。
「じゃあ、私はこれで」
クウランも帰って行く。
女神だから仕事で仕方なくやっているが、二度とこちらに関わりたくなさそうな顔だ。
「トラゴスさーん」
幼い声が俺を呼んだ。
見ると、馬車から看護師見習いが出てくるところだった。
「居たのか」
「はい。
これ、預かってた物です」
そうだ、ジーヴルからもらった菓子をこの子に預けていたのだ。
「ありが……」
受け取ろうとした俺の手は空を切る。
ガキめ、気を利かせたつもりか知らんが、菓子をジーヴルに渡しやがった。
「我が伴侶に捧げる。トラゴス・ビケット・オーデー」
「……うむ」
ジーヴルから菓子を受け取ってやる。
今度は、伴侶として。
「これにて発表を終わります」
カルムが言い終えると、講堂中に拍手が起こる。
文学研究に関するカルムの発表、見事だった。
学園を卒業した後、カルムは研究者になっていた。
そして研究発表を奇しくも、アンブルと初デートした博物館で行うこととなった訳だ。
「ジーヴル、お前講義中に一瞬上の空だっただろう」
言いながら席を立つと、隣でジーヴルが苦笑した。
「お腹が空いたなーと思っていたのだ。
カルムもまだ片付けがあるだろうし、何か食べてから会いに行こう。
トラゴスもどうだ」
俺は食事の必要など無いのだが……ジーヴルと共に食事を摂るのは好きだ。
「うむ」
博物館併設のレストランで定食を食べてから、講堂の控室を訪ねる。
「カルム、講義お疲れ様」
「面白かったぞ」
「ジーヴル、トラゴス! 久しぶり」
そこにはカルムとアンブルのカップルだけでなく、ルルが率いるハーレムも居た。
アンジェニューとヴェルティージュが同時にルルと交際していて、ルルが学園を卒業し回復魔法を活かした診療所を開業した後も関係が続いている……というのは知っていた。
しかし、まさかの人物がハーレムに加わっていた。
「えっと……ジョリーもノワール先生も、ルルとお付き合いを?」
「ええ」
「はい」
恐る恐る訊ねると、二人とも頷いた。
ジョリーの角に飾られたアクセサリーが、しゃらりと揺れる。
ジョリーはファッションデザイナー、ノワールは今もロジエ魔法学園で教師をしていると聞き及んでいたが……まさかの展開だ。
正統派イケメン、影のある美少年、悪役令嬢、物静かな教師……ルルのストライクゾーン広すぎだろ!
「愛の形はそれぞれですもの。
そういう信念を貫くルルに、私も惹かれたのですわ。
貴方たちも伴侶になったかと思いきや、相変わらず決闘しているそうね。
全く落ち着きの無いカップルだこと」
ジョリーがふふんと笑う。
「決闘は、私たちが出会ったきっかけだからな。
技をぶつけ合うのが楽しいんだ」
ジーヴルが微笑んだ。
卒業しても、俺はジーヴルの顔を恐怖に歪めることは出来ていない。
しかしジーヴルが笑うだけで……いや、ジーヴルと居るだけで毎日が楽しいのだ。
「では俺たちはそろそろ出発する」
「また皆で集まろう」
「またねー」
「お土産よろしく!」
しばらく駄弁ってから、俺とジーヴルは控室を出た。
ジーヴルは王位継承者で、俺はそれを支える身。
王位を継ぐ前に社会勉強するため、二人で旅をしているのだ。
博物館の裏手に繋いでおいたサンダルとエベーヌにそれぞれ跨り、脚でぽんと出発の合図を送る。
「次はどこへ行く?」
「南の方には、先先代の王が成した堤があるらしい。
その堤のお陰で、洪水がすっかりおさまったそうだ」
「ほう、ではそれを見に行くか」
「怖いくらい綺麗だな、ビケットは」
風に吹かれる俺を見つめながら、ジーヴルがぽつりとつぶやいた。
「そうだろう?」
最高の伴侶に向かって、俺はニッと笑ってやった。
ジーヴルが言う。
忘れもしない、入学式当日の話か。
「でも君は私が王子だと知らなかっただろう?
その時、こやつは本当に私を恐怖させたい一心で挑んできたのだな、と気付いて……楽しいことに真っ直ぐな君を好きになった」
……そうだったのか。
ジーヴルの気持ちはバグではないのだな。
「本当は気付いているのだろう?
君は随分前から、私の恐怖以外の表情に見惚れているはずだ」
「はぁ!?」
真剣な告白からの唐突な俺様ムーブに困惑してしまう。
なんというかまあ……図星だ。
この俺が、ジーヴルの絶望する顔を引き出せないまま、笑顔に見惚れてしまうとは。不覚。
気に食わなくて、つい目を逸らす。
「もちろん、君の趣味はラスボスらしくて素敵だ。
だが、恐怖以外の感情も案外美しいものだろう?
私はこの通り最強だから、ビケットが望む恐怖を与えてはやれない。
だから代わりに、トラゴスが人を怖がらせること以外にも楽しめることを、もっと沢山、共に探したいんだ。
趣味なんて、いくらあっても良い。
楽しいことに目を輝かせる君をもっと見たい」
良い意味で、ジーヴルは俺を魔王扱いしてくれない。
絶望から生まれた存在、だなんて事実にはこだわらず、俺を一人の享楽主義者として尊重してくれる。
ありのままの俺自身を。
どこまでも俺様で、強引で前向きで、俺の世界をぐいぐいと広げてくれる。
「……良いだろう。
せいぜい俺を楽しませてみろ、魔王の伴侶よ!」
ジーヴルの手を取り、額と額をこつんと重ねる。
するとエメラルドのような瞳が、きょとんと見開かれた。
む……ジーヴルめ、恐怖している?
覗き込むと、ジーヴルは震える声で言った。
「……可愛すぎた。怖いくらい」
なんだ、こんな簡単なことでジーヴルが恐怖するとはな!
絶望からくる恐怖ではないが、これはこれで面白い。
「そうだろう?」
しばらくして馬に跨ったルルとアンジェニュー、カルムが駆けつけ、ルミエルとブランシュ、そして途中で拾ったらしい聖女を載せた馬車も到着する。
ルルがジーヴルの傷口に回復魔法をかけ、両親がジーヴルを心配している間、聖女は勇者に駆け寄っていた。
「大丈夫!? ごめんなさい、私が祈ったせいで、みんなに迷惑が……」
青ざめている聖女を、勇者が抱きしめる。
「大丈夫だよ。僕たちのRPGがそういうシナリオなんだから、コメディアが発生するのは仕方のないことさ。
乙女ゲーム世界に流れ着いちゃったのもバグのせいだし」
「でも……」
「君はトラゴスを恨んだことがある?」
勇者が突然、俺の名を出した。
何か知らんが、勘弁してくれ。
「いいえ……」
「だろ? トラゴスだって、RPGのストーリーの都合で、僕たちに倒されるために生まれた悪なんだから。
トラゴスを許すように、君自身を許してやってくれ」
勇者に言われ、やっと聖女は納得したようだった。
カルムが抱えていた本を開くと、中から見覚えのある姿が飛び出てくる。
電子の女神、クウランだ。
「僕とカルムで二時間くらい祈って、やっとクウランを召喚出来たんだよ!
やっぱりコメディアの力でコンセントの中に飛ばされてたみたい」
「コンセント……怖かった……」
にこやかに説明するアンジェニューの隣で、クウランが震えている。
コンセントの中って怖いのか……。俺より怖いだろうか?
げんなりしつつ、クウランはワープゾーンを作ってくれる。
「勇者、聖女。そしてコメディア。
貴方たちにはまだ、RPG世界で果たすべき役割があります。
戻りましょう」
そうだ。俺とは違い、彼らには向こうでやるべきことがある。
俺とジーヴルが乙女ゲーム世界でコメディアを撃破しても、それはRPG世界にとっては無意味なことだ。
向こうの世界で、勇者パーティがコメディアを倒すことで、ようやく彼らの二周目が終わる。
最強である俺を倒した勇者たちなのだから、コメディアくらい秒殺に違いない。
またバグが悪さをするかもしれんが、それはその時だ。
ジーヴルが氷漬けにしたコメディアを、勇者に渡した。
「君が幸せそうで良かったよ、トラゴス」
勇者が言う。
俺が、幸せそう……か。
「まあ、乙女ゲーム世界も悪くはないぞ」
不敵に笑って返してやると、勇者と聖女も微笑んで、コメディアを連れてワープゾーンを潜って行った。
「じゃあ、私はこれで」
クウランも帰って行く。
女神だから仕事で仕方なくやっているが、二度とこちらに関わりたくなさそうな顔だ。
「トラゴスさーん」
幼い声が俺を呼んだ。
見ると、馬車から看護師見習いが出てくるところだった。
「居たのか」
「はい。
これ、預かってた物です」
そうだ、ジーヴルからもらった菓子をこの子に預けていたのだ。
「ありが……」
受け取ろうとした俺の手は空を切る。
ガキめ、気を利かせたつもりか知らんが、菓子をジーヴルに渡しやがった。
「我が伴侶に捧げる。トラゴス・ビケット・オーデー」
「……うむ」
ジーヴルから菓子を受け取ってやる。
今度は、伴侶として。
「これにて発表を終わります」
カルムが言い終えると、講堂中に拍手が起こる。
文学研究に関するカルムの発表、見事だった。
学園を卒業した後、カルムは研究者になっていた。
そして研究発表を奇しくも、アンブルと初デートした博物館で行うこととなった訳だ。
「ジーヴル、お前講義中に一瞬上の空だっただろう」
言いながら席を立つと、隣でジーヴルが苦笑した。
「お腹が空いたなーと思っていたのだ。
カルムもまだ片付けがあるだろうし、何か食べてから会いに行こう。
トラゴスもどうだ」
俺は食事の必要など無いのだが……ジーヴルと共に食事を摂るのは好きだ。
「うむ」
博物館併設のレストランで定食を食べてから、講堂の控室を訪ねる。
「カルム、講義お疲れ様」
「面白かったぞ」
「ジーヴル、トラゴス! 久しぶり」
そこにはカルムとアンブルのカップルだけでなく、ルルが率いるハーレムも居た。
アンジェニューとヴェルティージュが同時にルルと交際していて、ルルが学園を卒業し回復魔法を活かした診療所を開業した後も関係が続いている……というのは知っていた。
しかし、まさかの人物がハーレムに加わっていた。
「えっと……ジョリーもノワール先生も、ルルとお付き合いを?」
「ええ」
「はい」
恐る恐る訊ねると、二人とも頷いた。
ジョリーの角に飾られたアクセサリーが、しゃらりと揺れる。
ジョリーはファッションデザイナー、ノワールは今もロジエ魔法学園で教師をしていると聞き及んでいたが……まさかの展開だ。
正統派イケメン、影のある美少年、悪役令嬢、物静かな教師……ルルのストライクゾーン広すぎだろ!
「愛の形はそれぞれですもの。
そういう信念を貫くルルに、私も惹かれたのですわ。
貴方たちも伴侶になったかと思いきや、相変わらず決闘しているそうね。
全く落ち着きの無いカップルだこと」
ジョリーがふふんと笑う。
「決闘は、私たちが出会ったきっかけだからな。
技をぶつけ合うのが楽しいんだ」
ジーヴルが微笑んだ。
卒業しても、俺はジーヴルの顔を恐怖に歪めることは出来ていない。
しかしジーヴルが笑うだけで……いや、ジーヴルと居るだけで毎日が楽しいのだ。
「では俺たちはそろそろ出発する」
「また皆で集まろう」
「またねー」
「お土産よろしく!」
しばらく駄弁ってから、俺とジーヴルは控室を出た。
ジーヴルは王位継承者で、俺はそれを支える身。
王位を継ぐ前に社会勉強するため、二人で旅をしているのだ。
博物館の裏手に繋いでおいたサンダルとエベーヌにそれぞれ跨り、脚でぽんと出発の合図を送る。
「次はどこへ行く?」
「南の方には、先先代の王が成した堤があるらしい。
その堤のお陰で、洪水がすっかりおさまったそうだ」
「ほう、ではそれを見に行くか」
「怖いくらい綺麗だな、ビケットは」
風に吹かれる俺を見つめながら、ジーヴルがぽつりとつぶやいた。
「そうだろう?」
最高の伴侶に向かって、俺はニッと笑ってやった。
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