RPGの魔王が乙女ゲームに転移して、俺様王子に逆攻略される話

二階堂まりい

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魔王、ぶっ倒れる

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 今日は薬学の座学があった。
 
 魔法使いにはそれぞれの得意な分野というのがある。
 俺なら炎、アンジェニューなら召喚、カルムなら預言。
 ジーヴルなら氷だろう。

 得意でないジャンルの魔法は、使うとMPを大きく削られるか、そもそも発動しない。
 それを補うのが薬学だ。
 魔力を帯びた素材で薬を作り、人や物に使えばMPを消費することなく魔法が使える。
 例えば、ほうきに軟膏を塗って空を飛ぶとか。

 もちろん素材だってタダではないので、魔法が不得手だからといって薬に頼りきりでは金が湯水のように消えていく。
 薬はあくまでも補助的な役割だ。
 だが知っておいて損はしない学問だろう。

 
 そして今日の授業中に、俺はひらめいたのだ!
「薬を作り、ジーヴルを恐怖のドン底に叩き込んでやる!」

「はあ……」
 休み時間に力説する俺に、アンジェニューとカルムは気の無い返事をする。

 あれ、俺の熱意が伝わらなかったか?

 
「ジーヴルが俺を恐れないのは、俺のラスボスらしさがRPG世界にいた頃よりも落ちているからに違いない。
 魔力は失ってしまったし、形態変化も出来なくなっている。
 しかし全盛期の俺を見たならば、さすがのジーヴルも俺を恐れるに違いない!」


 再び力説すると、アンジェニューが気づかわしげに訊ねてきた。
「全盛期って言うけど……薬は魔法を補助するもので、魔力自体を増やすことは出来ないよ?」

 
「分かっている。
 出来たとしてもやらぬよ、そんなドーピングまがいのことをして勝っても面白くないのでな。
 俺の作戦はな、こうだ!
 ラスボス時代にやっていた形態変化を変身薬で再現するのだ!
 すると俺のラスボスらしさはうんと上がり、おぞましい姿にジーヴルの闘志も下がるはず!」

 すると今度は、カルムが溜息を吐いた。
「そんなことか……」
「小細工ではないか、と馬鹿にしたいのか?」
「うん」
 馬鹿にしたいのか、と訊かれて素直にうなずくカルムもたいがいどうかと思うが。まあいい。


「ゲームの敵キャラにとって、外見のデザインは大事だぞ。
 基本形態の美形な俺も良いが、第二形態以降の俺も素晴らしいラスボスぶりだったのだ。
 皮が裂けて、あらゆる動物のキメラと化して、あとは光とかもパーッとなって……とにかく、それはもう素晴らしかったのだ!」

「ふーん」
 アンジェニューもカルムも、いまいち俺の話を恐れていないようだ。
 現物を見れば、そんな冷めた態度はとっておれんぞ!


「形態を変えることはドーピングに入らないの?」
 アンジェニューが言うが、そんなものは俺にとっては愚問中の愚問だ。

「入らぬ!
 武人が猛々しい鎧をまとって己を大きく見せることはドーピングとは言わぬだろう?
 それと同じだ」

 俺がビシッと言うと、アンジェニューはすっかり納得してくれた。
「なるほど、そうだね!」

 カルムが、アンジェニューの肩を小突く。
「アンジェニュー。お金の相談とか儲け話とかされたら、一旦ぼくに伝えてね」
「え? 何で?」
「君、なんか危なっかしいから……」

 カルムがアンジェニューに何やら言っているが、俺にはよく分からん。

 何はともあれ。
 薬の調合……即、実行あるのみ!



 まずは素材集めだ。

 薬学の初回授業で俺たち一年生は薬草の種を植えたが、まだ収穫出来るはずもない。
 それに、必要なのは薬草だけではない。
 モンスターを倒した時にドロップするアイテムも手に入れなくては。
 あれもこれも、ダンジョンに採集しに行かねば……と、変身薬のレシピを見ながら計画を練る。


 次の日には単身、ダンジョンへと足を運んだ。
 
 まだ町に近い森では、地道に薬草を集めていく。
 ジーヴルを怖がらせることを想像するだけで、やる気が満ち溢れる!

 他の形態を見れば、闘志のついでに俺への恋心も冷めるかもな。

 ……あれ? 今のは何だ?
 体内の温度が、すっと下がるような感覚がした。

 まあいい、とりあえず今は目の前のことに集中だ。


 森の奥へと進むにつれ、モンスターの数は増え、強さも上昇していく。
 俺はそいつらのHPをサクサクと削って、元の世界に送り返してやる。
 ドロップアイテムは順調に集まっていた。
 猿型モンスター「サンジュ」の酒、蟻型モンスター「フルミ」の酸、猫型モンスター「ランクス」のヒゲ……などなど。

 
 最後にとっておいた最難関ミッションは、「アレニエ」という蜘蛛型モンスターの糸を集めることだ。

 アレニエを倒す時の注意事項は、炎魔法で倒してはならない、ということ。
 アレニエに火が着いた状態でHPをゼロにしてしまうと、ドロップした糸が燃えてしまうのだ。


 事前に情報は得ていたので、町で両手剣を一本買ってきた。
 ラスボスたるもの、剣技だって完璧だ。
 得意技である炎魔法を使えないからといって、負けることは無い。


 数時間かけて、ダンジョンの奥地にある、とげとげしい岩場に到着する。
 早速、背の高い岩の柱から、アレニエがするすると降りてきた。
 三体もいやがる。

 アレニエたちは俺が居る谷に向かって、糸を大量に吐きかけてきた。
 拘束どころか、逃げ場の無い谷底で窒息させるつもりだ!
 こんな糸、炎の魔法さえ使えれば一瞬で灰にしてやるのだがな。

 しかし、この魔王トラゴスにとって、こんな状況はピンチでもなんでもない。


「山羊の得意技を知っているか?」
 アレニエたちを嘲笑いながら、俺は靴を脱ぎ捨てた。

 俺は山羊をモチーフとしてデザインされたラスボスだ。
 俺の足の指は人間よりやや長く、さらには硬い爪もある。
 つまり、足先に力を込めやすい構造になっている。

 それに、普通の人間なら親指と人差し指の間がちょっと開くくらいだろうが、俺の足は中指と薬指の間がうんと大きく開く。
 それを岩場の軽いでっぱりに引っ掛ければ、ほとんど垂直のような崖をもスイスイと登っていけるのだ!


 一気に崖を登りきって、アレニエの顔面に剣を振り下ろすが、はじかれてしまった。
 正面の殻は、なかなか硬いらしい。
 かといって、背後や真下を攻撃するチャンスも見つけられない。
 
 俺は機会をうかがいつつ、吐かれる糸をひたすら避けて崖を走った。
 俺は瞳孔も山羊のものと似て広範囲を見渡せるため、攻撃をかわし続けていられるが、やはりアレニエはダンジョンの奥地に出るモンスターだけあって素早い。
 デバフをかけるための魔法を発動している暇もない!

 
 その時、俺はひらめいた。
 やはりアレニエを倒すには、正面からだ!

  
 走りながら剣を炎で溶かし、三本に分ける。
 さらに柄の部分を高温の炎で溶かして、形成し直す。
 柄の中に空洞を作り、空洞と通じる小さな空気穴を空けておいた。
 そして空洞の中に、猿型モンスター「サンジュ」がドロップした酒をちょっと流し込む!


 酒が揮発した頃合いを見計らって、柄に点火!
 すると剣は勢いよく飛んでいった。
 簡単なジェット噴射の要領だ。

 
 噴射された剣はアレニエの硬い殻を叩き割り、一撃でHPを削りきった。
 三体のアレニエは、光に包まれて消えていく。
 元の居場所に戻っていくのだ。

 推進した時に燃料を使い切ったため、剣の燃焼は既に止まっている。
 その傍らには、アレニエがドロップした糸が束で落ちていた。

 これで薬の材料はコンプリートした。
「ジーヴルが絶望する顔が楽しみだ……ふはっ、はははははは!」
 岩場でひとしきりラスボスらしく高笑いした後、俺は帰路についた。




 次の日。
 俺は風邪のような症状でダウンし、寮室で寝込んでいた。

 原因ははっきりしている。
 俺が調合した、変身薬……になるはずだったものを飲んだせいだ。
 まあつまり、調合に失敗したという訳だ。


 失敗の原因は、釜のチョイスを誤ったことだった。
 俺はオーソドックスな鉄の釜を使ったのだが……
蟻型モンスター「フルミ」がドロップした酸が、鉄と化学反応を起こし、釜から鉄分を大量に染み出させてしまったらしい。
 結果、薬も変質してしまったのだ。

 釜の選び方だなんて、そういう大事なことをレシピの端に小さく書くんじゃあない!
 この世界では常識的なことらしいので、あえて注意するまでもなかったのだろうが……。
 心の中で文句を言っても仕方ない、ゆっくり休んで早く治そう……。


 遠くで、今日の授業が終了したことを知らせる鐘の音が聞こえる。
 しばらくすると、アンジェニューとカルムが部屋にやって来た。

 アンジェニューが抱えていた紙束を机に置く。
「トラゴスってば大丈夫?
 これ、今日の授業で配られた資料。
 元気になったらノートも写させてあげるから、安心してね」
「うう……ありがとう……」

「今、変質したフルミの酸を解毒する薬をぼくたちで作ってるところ。
 強力なモンスターからドロップする素材も使わなきゃいけないから、少し時間はかかるかもしれないけど。
 自然に治癒するのを待つよりは、早く仕上がると思うから。
 待っててよ」
「かたじけない……」
 カルムも頼りになる。

 俺が苦しむのは自業自得だが、二人にも手間をかけてしまうとは。
 元気になったら、何かおごろう。


 次の日も、放課後になると寮室に近付いてくる足音が複数あった。
 アンジェニューとカルムがお見舞いに来てくれたのか?

「遠慮なさらず!」
「どうぞどうぞ」
 二人の声がする。
 何かを押し付けあっているのか?

「いや、しかし……」
 困ったような、三人目の声。
 聞き間違えるはずがない。
 ジーヴルの声だ!!

 ドアが開いたかと思うと、アンジェニューとカルムがジーヴルを俺の部屋に押し込んだ。
 すぐにドアは閉まる。

「……」
「……」
 俺とジーヴルは、二人きりでしばし見つめ合った。

 アンジェニューとカルムめ、気をきかせたつもりか!?
 俺は別にジーヴルのことなんか好きではない!

 ジーヴルが一歩ずつ、ベッドで苦しんでいる俺に近付いてくる。

「せっかくアンジェニューとカルムがお膳立てしてくれたのだ。
 未来の伴侶として親睦を深めよう。
 私の可愛いビケット」
 俺を見下ろしながら、ジーヴルが言った。

 凄く、凄く……嫌な予感がする!!
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