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魔王、入学早々やらかす
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羊皮紙の上に、アンジェニューとカルムそれぞれの特徴を併せ持つ魔法陣が出来上がっていく。
アンジェニューの召喚魔法と、カルムの預言魔法。
それを複合させて適当な神を呼び出し、何故俺が乙女ゲームの世界に来てしまったのか、世界に何が起こっているのかを訊ねてくれるらしい。
見ず知らずの魔王に対して随分と親切な奴らだ。
乙女ゲームの攻略対象ということは、彼らは女性の憧れを詰めた存在だということだ。
俺は災厄具現化タイプの概念系ラスボスなので、美女を侍らせてヒャッハーなどをした経験が無い。
恋愛のことはよく分からない。
どうやら世間では、アンジェニューやカルム、はたまた勇者のような優しい奴がモテるらしい。
俺のような悪の権化は、乙女ゲームに転移したからといって恋愛沙汰に巻き込まれることもないだろう。
その方が楽で良い。
ぼんやりしているうちに、魔法陣が輝きだした。
目を眩ませた光が引いていく。
俺の隣に、先程までは居なかった緑髪の女が、姿勢良く座っていた。
「来てくれた……!」
「なかなか難しい魔法だったね」
アンジェニューとカルムが、小声で安堵を漏らしている。
「私は電子の女神、クウラン。
呼んでいただけるのをゲームハードの中で待っていましたよ」
クウランと名乗った女は、凛々しい目つきで俺を見上げている。
「ああ。知ってることを全部話してもらおうか」
俺が促すと、早速クウランは話しだした。
「この乙女ゲームと、魔王トラゴスが元居たRPGは、同じメモリーカードにセーブされていました。
ついさっき、そのメモカに新たにホラーゲームがセーブされた瞬間、貴方たちゲーム世界の運命は変わったのです」
ホラーゲーム……実話怪談や、実際に撮れてしまった心霊写真をデータに用いることもあるという特殊なジャンルだ。
まさか、ホラーゲームが祟られていたとでもいうのか。
「そのホラーゲームは……バグだらけでした」
「え?」
クウランの言葉が予想外で、俺たちの素っ頓狂な声が重なった。
「それはもう、凄まじいバグりようで……バグを解消するにはメモカを抜き差しするしか術が無かった。
貴方たちもご存じかとは思いますが、メモカを抜き差しすることは機器に悪影響です。
さらには、ホラーゲームのソフトに含まれていたバグがメモカ内の他のゲームをも攻撃してしまい……その結果、魔王トラゴスが転移した」
馬鹿馬鹿しい理由に、二の句が継げなかった。
「ついでに、テイマーさんと神官さんは気付いておられないようですが、この乙女ゲームも既にデータが破損し、進行不能に陥っています」
「ええ!? 主人公ちゃんと会うの楽しみにしてたのに」
「主人公に言う台詞、たくさん覚えたのに……」
クウランからの突然の宣告に、アンジェニューとカルムも愕然とする。
「この乙女ゲームのストーリーは、もはや有って無いようなもの。
登場人物の人生も、用意されたエンディングとはズレていくでしょう。
それに、RPG世界から流れ込んでくるものが魔王トラゴスで最後だとは思わない方が良い。
貴方たちはこれから、シナリオの無い世界を生きていかなくてはならないのです」
「そっかー。まあ、主人公ちゃんと絶対に仲良くなれないって決まった訳じゃないしね」
「学園に入れば多分会える。シナリオが無くても、縁があれば仲良くなれる」
アンジェニューとカルムは、状況を前向きに受け入れた。
ん? 学園?
「学園ってのが、このゲームの主な舞台なのか?」
訊ねると、アンジェニューが答えてくれる。
「そうそう、ロジエ魔法学園。
上流階級の子弟が通う学園でね、主人公ちゃんと攻略対象、悪役令嬢ちゃんなんかが皆そこに通う予定なんだ」
「へえ……攻略対象と言っても、まさか王子は通わないだろう?」
王子……あの城に住んでいるという、攻略対象の一人。
「確かに、王族なら普通は家庭教師を付けて勉強するよね。
でも攻略対象のジーヴル・ポエジー王子は別。
未来の家臣と一緒に育ちたいからって入学してくる設定なんだ」
「シナリオ通りなら、な。
まあいくらバグってるからって、そんな基本設定が覆されることは無いと思うけど」
なるほど、王子……。
女神を帰し、アンジェニューやカルムと別れて、俺は図書館へ向かった。
教育水準が高い世界らしく、図書館は広大だ。
ロジエ魔法学園の過去問題集もある。
まずはここで……猛勉強する!
二ヶ月後。
おれはロジエ魔法学園の門を潜っていた。
空高くそびえる、壮麗なゴシック建築の校舎、講堂、寮。
制服は煌びやかなパールホワイトの三揃い。
乙女ゲームの舞台に相応しい、華やかな眺めだ。
入学式まで暇なので、なんとなく敷地内を見物して歩く。
すると前方の人混みの中で、見覚えのあるオレンジ色の髪が跳ねた。
それは器用に群衆を掻き分けて、俺の元にやって来る。アンジェニューだ。
「トラゴスくん! 久しぶり」
「アンジェニュー。久しぶりだな」
「君もここに入学したの? 転移から後期試験まで一ヶ月しか無かったよね、まさかその間に準備したわけ?」
「まあな」
「すごっ!」
俺の最高にして唯一の快楽、それは人に恐怖を与えること。
乙女ゲームの世界は平和そのもの。
さらに俺の魔力は転移によって弱っている。
RPGでやってきたように、人間同士の争いにつけ込んだり、力尽くで君臨したりなんてことは出来ない。
ならば正々堂々、乙女ゲーム世界における王の座をいただいてしまえばいい。
方法ならある。大臣なりなんなりになって内部に侵入し、王家を蹴落とすのだ!
王家に仕えるためには、やはり魔法学園で優秀な成績を修めることが近道だろう。
最初の壁はやはり、学力や学費などの入学資格だった。
魔法実技や何故か通じる言語、RPG世界と変わらない物理法則は改めて学ぶまでもない。
ただ、こちらの世界の地理公民歴史については当然何も知らなかった。
入試に向けて図書館に通い詰め、知らない知識をとにかく吸収した。
さらには学費を稼ぐためにバイトを掛け持ちした。
乙女ゲームにおいてバイトとは諸刃の剣……給料の高いバイトはそのぶん疲労度が溜まりやすく、よほど上手くやらなくては攻略に支障をきたす。
しかし疲労度が溜まるというのは、プレイヤーキャラであるかよわい乙女の話だ。
俺のようなラスボス経験のある魔王が少々きつい労働をしたところで、屁でもない。
こうして俺は後期試験をパスし、無事に入学出来たのだ。
王座を奪ってやりたい放題して、人々の絶望した顔を堪能して……その後は知らん。
革命を起こされて殺されるのも悪くないだろう。
快楽のために、俺はここで勉学に励むのだ!
アンジェニューに会えたことだし、俺に世話を焼いてくれたもう一人の人物、カルムにも挨拶をしておきたい。
「カルムは?」
「一足先に、寮に行ったよ。イヴェール寮。
本をたくさん持って来てたから、すぐにでも荷物を下ろしたかったんじゃないかな」
「そうか。では行ってくる」
アンジェニューが指差した方に歩いて行くと、イヴェール寮とやらが見えた。
出入り口はこことは反対側だ。
面倒なので、植え込みを飛び越えて寮の庭に降り立った。
丁度いいところに、数人の生徒が歩いて来た。俺は迷わず声を掛ける。
「カルム・エグレットという生徒を知らないか?」
呼び掛けると、生徒たちは立ち止まった。
その中央に居た男に、俺は目を奪われる。
褐色の肌に流れる金髪、エメラルドのような瞳。
こいつのグラフィック作った奴、どれだけ気合い入れたんだよ……と溜息を吐きたくなる程の美形が居た。
無駄にゴージャスな制服を誰よりも着こなしていて、むしろこの制服の方が、こいつに着せるためにデザインされたかのようだ。
まさかこいつ、けっこうメイン格の攻略対象なのか?
その美形がおもむろに口を開いた。
「トラゴス・ビケット・オーデー。君はエテ寮のはずだが」
ああ、そう言えばそんな名前の寮だったか。入学資料に書いてあった気もする。
「それが?」
「入学前に校則を読んで来なかったのか?
無用なトラブルを避けるため、所属以外の寮に立ち入るには許可証が必要だ。
首から提げるよう指示されるはずだが、まさか……持っていないとでも?」
「まあな」
俺が背後の植え込みをちらりと見ると、美形の目がぎりっと細められた。
「まさか君、そこの植え込みを越えて……」
美形は深い溜め息を吐くと、俺の腕を掴んだ。
「来なさい。そんな腐った性根では、今後の学園生活で苦労するだろう。
今のうちに少しでも叩き直してあげよう」
アンジェニューの召喚魔法と、カルムの預言魔法。
それを複合させて適当な神を呼び出し、何故俺が乙女ゲームの世界に来てしまったのか、世界に何が起こっているのかを訊ねてくれるらしい。
見ず知らずの魔王に対して随分と親切な奴らだ。
乙女ゲームの攻略対象ということは、彼らは女性の憧れを詰めた存在だということだ。
俺は災厄具現化タイプの概念系ラスボスなので、美女を侍らせてヒャッハーなどをした経験が無い。
恋愛のことはよく分からない。
どうやら世間では、アンジェニューやカルム、はたまた勇者のような優しい奴がモテるらしい。
俺のような悪の権化は、乙女ゲームに転移したからといって恋愛沙汰に巻き込まれることもないだろう。
その方が楽で良い。
ぼんやりしているうちに、魔法陣が輝きだした。
目を眩ませた光が引いていく。
俺の隣に、先程までは居なかった緑髪の女が、姿勢良く座っていた。
「来てくれた……!」
「なかなか難しい魔法だったね」
アンジェニューとカルムが、小声で安堵を漏らしている。
「私は電子の女神、クウラン。
呼んでいただけるのをゲームハードの中で待っていましたよ」
クウランと名乗った女は、凛々しい目つきで俺を見上げている。
「ああ。知ってることを全部話してもらおうか」
俺が促すと、早速クウランは話しだした。
「この乙女ゲームと、魔王トラゴスが元居たRPGは、同じメモリーカードにセーブされていました。
ついさっき、そのメモカに新たにホラーゲームがセーブされた瞬間、貴方たちゲーム世界の運命は変わったのです」
ホラーゲーム……実話怪談や、実際に撮れてしまった心霊写真をデータに用いることもあるという特殊なジャンルだ。
まさか、ホラーゲームが祟られていたとでもいうのか。
「そのホラーゲームは……バグだらけでした」
「え?」
クウランの言葉が予想外で、俺たちの素っ頓狂な声が重なった。
「それはもう、凄まじいバグりようで……バグを解消するにはメモカを抜き差しするしか術が無かった。
貴方たちもご存じかとは思いますが、メモカを抜き差しすることは機器に悪影響です。
さらには、ホラーゲームのソフトに含まれていたバグがメモカ内の他のゲームをも攻撃してしまい……その結果、魔王トラゴスが転移した」
馬鹿馬鹿しい理由に、二の句が継げなかった。
「ついでに、テイマーさんと神官さんは気付いておられないようですが、この乙女ゲームも既にデータが破損し、進行不能に陥っています」
「ええ!? 主人公ちゃんと会うの楽しみにしてたのに」
「主人公に言う台詞、たくさん覚えたのに……」
クウランからの突然の宣告に、アンジェニューとカルムも愕然とする。
「この乙女ゲームのストーリーは、もはや有って無いようなもの。
登場人物の人生も、用意されたエンディングとはズレていくでしょう。
それに、RPG世界から流れ込んでくるものが魔王トラゴスで最後だとは思わない方が良い。
貴方たちはこれから、シナリオの無い世界を生きていかなくてはならないのです」
「そっかー。まあ、主人公ちゃんと絶対に仲良くなれないって決まった訳じゃないしね」
「学園に入れば多分会える。シナリオが無くても、縁があれば仲良くなれる」
アンジェニューとカルムは、状況を前向きに受け入れた。
ん? 学園?
「学園ってのが、このゲームの主な舞台なのか?」
訊ねると、アンジェニューが答えてくれる。
「そうそう、ロジエ魔法学園。
上流階級の子弟が通う学園でね、主人公ちゃんと攻略対象、悪役令嬢ちゃんなんかが皆そこに通う予定なんだ」
「へえ……攻略対象と言っても、まさか王子は通わないだろう?」
王子……あの城に住んでいるという、攻略対象の一人。
「確かに、王族なら普通は家庭教師を付けて勉強するよね。
でも攻略対象のジーヴル・ポエジー王子は別。
未来の家臣と一緒に育ちたいからって入学してくる設定なんだ」
「シナリオ通りなら、な。
まあいくらバグってるからって、そんな基本設定が覆されることは無いと思うけど」
なるほど、王子……。
女神を帰し、アンジェニューやカルムと別れて、俺は図書館へ向かった。
教育水準が高い世界らしく、図書館は広大だ。
ロジエ魔法学園の過去問題集もある。
まずはここで……猛勉強する!
二ヶ月後。
おれはロジエ魔法学園の門を潜っていた。
空高くそびえる、壮麗なゴシック建築の校舎、講堂、寮。
制服は煌びやかなパールホワイトの三揃い。
乙女ゲームの舞台に相応しい、華やかな眺めだ。
入学式まで暇なので、なんとなく敷地内を見物して歩く。
すると前方の人混みの中で、見覚えのあるオレンジ色の髪が跳ねた。
それは器用に群衆を掻き分けて、俺の元にやって来る。アンジェニューだ。
「トラゴスくん! 久しぶり」
「アンジェニュー。久しぶりだな」
「君もここに入学したの? 転移から後期試験まで一ヶ月しか無かったよね、まさかその間に準備したわけ?」
「まあな」
「すごっ!」
俺の最高にして唯一の快楽、それは人に恐怖を与えること。
乙女ゲームの世界は平和そのもの。
さらに俺の魔力は転移によって弱っている。
RPGでやってきたように、人間同士の争いにつけ込んだり、力尽くで君臨したりなんてことは出来ない。
ならば正々堂々、乙女ゲーム世界における王の座をいただいてしまえばいい。
方法ならある。大臣なりなんなりになって内部に侵入し、王家を蹴落とすのだ!
王家に仕えるためには、やはり魔法学園で優秀な成績を修めることが近道だろう。
最初の壁はやはり、学力や学費などの入学資格だった。
魔法実技や何故か通じる言語、RPG世界と変わらない物理法則は改めて学ぶまでもない。
ただ、こちらの世界の地理公民歴史については当然何も知らなかった。
入試に向けて図書館に通い詰め、知らない知識をとにかく吸収した。
さらには学費を稼ぐためにバイトを掛け持ちした。
乙女ゲームにおいてバイトとは諸刃の剣……給料の高いバイトはそのぶん疲労度が溜まりやすく、よほど上手くやらなくては攻略に支障をきたす。
しかし疲労度が溜まるというのは、プレイヤーキャラであるかよわい乙女の話だ。
俺のようなラスボス経験のある魔王が少々きつい労働をしたところで、屁でもない。
こうして俺は後期試験をパスし、無事に入学出来たのだ。
王座を奪ってやりたい放題して、人々の絶望した顔を堪能して……その後は知らん。
革命を起こされて殺されるのも悪くないだろう。
快楽のために、俺はここで勉学に励むのだ!
アンジェニューに会えたことだし、俺に世話を焼いてくれたもう一人の人物、カルムにも挨拶をしておきたい。
「カルムは?」
「一足先に、寮に行ったよ。イヴェール寮。
本をたくさん持って来てたから、すぐにでも荷物を下ろしたかったんじゃないかな」
「そうか。では行ってくる」
アンジェニューが指差した方に歩いて行くと、イヴェール寮とやらが見えた。
出入り口はこことは反対側だ。
面倒なので、植え込みを飛び越えて寮の庭に降り立った。
丁度いいところに、数人の生徒が歩いて来た。俺は迷わず声を掛ける。
「カルム・エグレットという生徒を知らないか?」
呼び掛けると、生徒たちは立ち止まった。
その中央に居た男に、俺は目を奪われる。
褐色の肌に流れる金髪、エメラルドのような瞳。
こいつのグラフィック作った奴、どれだけ気合い入れたんだよ……と溜息を吐きたくなる程の美形が居た。
無駄にゴージャスな制服を誰よりも着こなしていて、むしろこの制服の方が、こいつに着せるためにデザインされたかのようだ。
まさかこいつ、けっこうメイン格の攻略対象なのか?
その美形がおもむろに口を開いた。
「トラゴス・ビケット・オーデー。君はエテ寮のはずだが」
ああ、そう言えばそんな名前の寮だったか。入学資料に書いてあった気もする。
「それが?」
「入学前に校則を読んで来なかったのか?
無用なトラブルを避けるため、所属以外の寮に立ち入るには許可証が必要だ。
首から提げるよう指示されるはずだが、まさか……持っていないとでも?」
「まあな」
俺が背後の植え込みをちらりと見ると、美形の目がぎりっと細められた。
「まさか君、そこの植え込みを越えて……」
美形は深い溜め息を吐くと、俺の腕を掴んだ。
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