サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい

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羽ばたくヒヨコ

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「今田じいじ! 今田ばあば!」
 
 あえて離れた所から、大きな声で言ってやる。
 今田じいじと今田ばあばは勿論、近所の畑で農作業していた人も顔を上げた。

 
「中学生の時に母ちゃんから聞いたことなんだけど、
母ちゃんが臨月の時に農作業手伝わせたってマジ!?
親父は止めずにへらへら見てたんだって!?」

 今田家は三人とも、何も言い返せずに居る。
 
 この話を聞いた時、私は中学生にして死というものを我が事として感じたものだ。
 嫁いびりだか、女の孫は要らなかったんだか知らないけど、反吐が出る。


「殺人未遂犯の爺婆と二度と会わなくて済むかと思ったらせいせいする! じゃあな!」
 そう言ってから私は車に飛び乗った。
 母の運転する車は、勢いよく発進して、田舎の風景からどんどん遠ざかっていく。

 派手に叫んでやったから、田舎のご近所ネットワークを伝って今田家の世間体はガタ落ちするに違いない。

 ああ、すっきりした。
 復讐は悪だって風潮もあるけど、それでも復讐って楽しい!
 自分の手を汚さないなら、なおさらね。

 しかし、父を見ているとつくづく疑問に思った。
 人間ってどうしてあんなに汚くなってしまうんだろう……。
 

 

 志望校の前期試験に無事受かり、国立を受験する人達を邪魔しないよう残りの高校生活を静かに楽しむ私の前に、その珍事は起こった。

「羽生。俺と付き合ってほしい」

 放課後、居残るように言われて二人っきりになった教室で、古川からまさかの告白。
 

「趣味が合うのは勿論だけど、一緒に居て落ち着くし、可愛いとも思う。
 羽生が俺で良いなら、是非これからも一緒に居たい」

「あ、ええと……」
「返事は明日でいいよ。ゆっくり考えといて」
 爽やかに笑って、しかし少し頬を赤らめながら、古川は教室を飛び出して行った。
 猶予をくれたつもりかもしれないけど、恋愛超初心者の私に一日は短すぎる!



 こんな時に相談出来るのは、私には母だけだ。

「……私も親父の遺伝子を引いているなら、いつか恋人が出来ても浮気しちゃうのかな」
 リビングで夕飯を食べながら、母に言ってみる。

 夫婦なら離婚してしまえば他人。
 でも親子の場合、血縁関係ってのは変えられないわけで。
 私の血って親父の遺伝子で半分汚れてるのかな、とたまに不安になる。


 母は苦笑しながら言った。
「まさか。日和子は想像力のある子だから、周りが悲しむようなことはしないと思うわ」


 そうか……。
 うーん、これ以上遠回しに相談してても仕方ない。

「今日、クラスメイトの古川翼に告白されたんだけどさ」
「あら、人生初の恋人!?」
「まだオッケーしてない!」
「何でよー、古川翼くんって学園祭の時に接客してくれたかっこいい子でしょ? 趣味も合うみたいだし、最高じゃない」

 そうだけど、そうだけど……!

「……古川にもいつか裏切られるんじゃないかって思うと、怖い。
 母ちゃんですら不倫される世の中だよ? 私なんかが恋人を繋ぎ止めておけるのかな……。
 裏切られるくらいなら、恋愛なんて最初からしたくない」

「裏切られるのが怖いっていうのは、彼からの愛情に期待しているからじゃないかな」
「どういうこと?」

「私は智さんに一度目の不倫をされた時にあの人への期待値ががくっと下がってしまったから、
二度目に裏切られた時に何も感じなかったのよ。
 だから逆に言えば、期待しているからこそ落差でマイナスの感情は生まれるの」
 うーん、分かるような、分からないような。


「彼が他の女の子と話してるところを考えてみたら?」
 母に言われて、ぱっと想像してみる。
 古川が女子と喋ってる姿。

 うーん、なんかもやもやする。
 私と話してるより楽しいのかよ、みたいな……。
 複雑な気持ち。

「どう思った? それが答えじゃないかな」



 
 一度泥沼を目の当たりにしたからって、男なんて、人間なんて……って腐ってちゃいられない。
 それは父がかけた呪いに負けたことになるから。

 究極の「ざまぁ」……それは、嫌いな奴抜きで幸せになってやることじゃないかな。


 朝、教室に入るなり古川を階段の踊り場に連れ出し、向かい合う。

「私も、古川のことが……翼のことが好き」

「っ……ありがとう、日和子!」

 あーもう、大声で急に下の名前呼ぶから、クラスのみんなが覗きにきたじゃん。
 これじゃ何があったかバレバレだよ。
 

 私は私。
 母や、古川……じゃなかった、翼と一緒に前に進んでいくんだ。


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