サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい

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怒りと断罪

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 「蝶のはためき」の日から一ヶ月が経った。    
 父は新しいスマホケースを買っており、手帳型のそれに隠されてスマホの通知を私達が窺い知ることは出来ない。


 だが、私の計画はこの一ヶ月で着々と進んでいるのだ……確実に!

 例えば、母と私は日記を付けることにしていた。
 母は、不倫に気付いてから感じた精神的苦痛を文章にする。
 私は、父のフリック入力から読み取れた内容をメモし、ついでに一言精神的苦痛を添えておく。
 慰謝料がっぽりを期待してちょっと大袈裟に書いてるけど、父の所業に比べれば可愛いものだよね。

 父とあずさのやりとりからは面白いものも見つかった。
「明後日は嫁と娘が三者面談だから……」
 つまり、あずさは父が既婚者だと知っている訳だ。
 これは故意だな。

 言い逃れ出来ない証拠を積み重ねていったところで、そろそろ私の作戦が成就しそうだ。



 お気に入りの銘柄で晩酌する父、雑誌を読む母、ネサフする私。
 とっくの昔に壊れていた家庭だけど、今はどうにか家族の形を保っている。
 今はまだ、ね。


「さっきの味噌汁、ちょっと塩辛すぎたんじゃないか?」
 父が言う。
 料理を作った張本人の母は、不思議そうに首を傾げていた。
「そう? いつも通りだけど」
「いいや、辛かった。俺とか日和子が食べるものっていう意識を持って、集中して作ればそんなミスしない筈だ。
 そもそも、お前はもっと倹約すべきだ。焼き魚と鶏肉の煮物を一緒に出すなんて、贅沢すぎると思わなかったのか?」
「ちょっとずつだから良いじゃない。だいたい、安売りの商品しか買ってないわよ」
「お前は口答えばっかり……」

 父と母の間で、こういう会話はたまにある。
 私には直接関係ないし、言われている母はあっけらかんとしているので、放っておくのが常だったけど。
 不倫してる奴の言葉だと思うとムカつくなあ!
 どの口が言う!?


 さて、イライラが溜まってざまぁへのモチベーションが高まったところで、今宵も作戦を実行に移すとしよう。


「そうだ、今日小動物カフェの前を通りかかったら窓辺に可愛い猫が座っててさー。
 写真撮ったから送る」

 そう言って、私はスマホを操作し、父と母のスマホに猫の写真を送った。

「あら、また可愛い写真ねえ」
 母が微笑む。
 私は最近、両親にスイーツやら猫やらの写真を大量に送りまくっていた。
 まあ、母に送ってるのは作戦のついでなんだけど。父にだけ送って母には送らないとか怪しいじゃん?

「お? 何か変なのが出たぞ。日和子、見てくれるか」
 父が言う。
 来たか!?

「見てあげる」
 高揚を押し殺しながら、私は手を伸ばす。
 パスワードがかかっていない父のスマホが、私の手に渡った!

 私が送った写真が並ぶカメラロールに、「ストレージがいっぱいです」の表示が出ている。
 父は機械に疎いから、こういうのが出てきたら絶対に私を頼る。
 それを待っていたんだ!
 

「写真の容量がいっぱいになったみたい。今はとりあえず無視しとけば? またスマホのショップ行った時に訊けばいいじゃん」

 
 瞬間、私は指が当たったふりをしてカメラロールを上にスクロールする!

 案の定出てくる、裸の父と知らない女の写真!

「ぎゃああああ!」
 私は叫んでスマホを握り締め、母のところに持っていく。
 心の中は冷静そのものだけど、リアクションはオーバーに。

「あらあら、これは……」
 母は険しい顔で、父のスマホごと写真を撮って証拠保全を始めた。勿論日付、時間のデータ付きで。


「これで、写真を消しても無駄になったからね」
 青褪める父に向かって、母は厳かに言った。

 この写真が発見されたのはあくまでも事故。
 純真無垢な女子高生の善意が思わぬ事態を引き起こしただけ。
 これぞ私の作戦通り……!


 父とあずさの写真は、私が父と撮った写真よりも多かった。
 女の全身と、画面下部に男の下半身。
 私ぃ、花の女子高生だからそういうことあんまり知らないけどぉ、これはハメ撮りってやつじゃないのかなぁ。全然分かんないけどぉ。
 

 しかし、あずさってどう高く見積もっても二十代だぞ!? 父よりも母よりも、私に年齢が近いんじゃないか?
 よく娘とあまり変わらない年齢の女に欲情出来るな。若けりゃいいってのか?

 私、何も知らずによく半裸で家の中うろついてたな……。今になって気持ち悪くなってきた。
 初めて、そういう目で見られていたかもしれないっていう生理的嫌悪感を覚えた。
 自意識過剰って言われるかもしれないけど、気持ち悪いから仕方ないじゃない。

 
「で、何か私に言うことは?」
「……俺は知らない」
 母に詰められると、父はむすっと居直った。
 変な方向にプライド高すぎてキモい。


「それだけ?」
 母は溜め息を吐く。
「別に不倫は刑法に触れるような犯罪じゃないんだから、一回や二回くらいなら誠心誠意謝れば許したのに。
 前もこうやって拗ねて謝らなかったわよね」

 
「離婚します」
 母の言葉がリビングに重く響いた。



「これから酒を飲む度に、あくせく働いても私達に慰謝料を払い続けなくてはいけないという事実を、
 二度と日和子を抱き締められないという事実を、
 あなたの死に目に日和子は来ないという事実を、重く受け止めなさい」

 父が断酒なんて無理だろうからなあ。この台詞は効くぞ。


「もうあなたと話すことはありません。今後は弁護士さんを挟んでのやりとりになるかと思うので、お覚悟を。
 あなたの実家には離婚が成立してからご挨拶に伺いますね」


 むすっとしていた父は、いきなり豹変する。
「俺は女なんて選び放題だ! お前と違ってな!
 そいつだって向こうから寄って来たんだ!
 離婚したことを後悔させてやる!」


「今の撮ってたからね!」
 私はすかさず宣言する。
 母に気を取られていて、スマホを構える私に気付いていなかった父は、身をこわばらせた。
 これ、不倫の自白になるじゃん?


 さすがの父も、この空気で家には居づらいだろう。
 仕事に使うものだけ纏めて、そそくさと家を出て行った。
 暫くビジネスホテルにでも泊まるのかな?


 なんだか、憑き物が落ちたみたいに家の空気が爽やかになった。


「……私達、やったのね。日和子」
 母が呟く。
「うん。あとは法の判断を待つのみだ」
 私は清々しい気分で答えた。
 離婚協議書とか公正証書? みたいなのは、私が関わる余地が無いからね。これ以上、冬に受験生の貴重な時間を奪うのはやめてくれ。


 一段落はしたのかもしれない。
 でも、私達のざまぁ道はまだ終わっていない。

 だってまだ元義実家への挨拶が残っているから!
 今田家の爺と婆が、これまた曲者なんだよなあ……。

 もっと父……今田智を、そして父をあんなモンスターに育てた祖父母を、手を汚さずに苦しめてやらなきゃ気が済まない!
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