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終章
3 Spirit
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夜の街を銀髪の少年が歩いて行く。
オフショルダーのガーゼシャツに、
ハードなデザインのハーフパンツと重ね穿きしたオーガンジーのロングスカートを纏い、
厚底のブーツで雑踏の中を泳ぐように渡る。
この街で諏訪部鎮神の顔や名を知っている者は居ないはずだ。
だからこそ彼はここで暮らすことにした。
ずっと、という訳にはいかないだろうが。
裏路地へ入り、非常用階段から雑居ビルに侵入して屋上へ出る。
そこには既に先客が居た。
長い黒髪と、洋装の上に引っ掛けた羽織の着物を靡かせながら、近くの看板のネオンを灯りにして漫画を読む男。
レースのシャツとレザーのズボンの上に締めた厳めしいベルトや丈の長キンキーブーツ、
そして深紅の瞳が青白い光を受けて輝く。
「派手にやりましたね、北原嵐師の件」
鎮神が声を掛けると、深夜美は読み込まれた痕跡のある漫画から顔を上げた。
「普通に殺すなんてつまらないだろう?
永遠の苦しみと社会的名誉の失墜……ここまでやって初めて復讐と言える」
今や北原嵐師は犯罪者として世間では扱われている。
先日、嵐師の会社での同僚がテレビの取材を受けているのを鎮神は見ていた。
仕事をそつなく熟し、身なりも良く、酒の席でも話はくどいが明るい男。
それが事件に関わっているなんて、それも自身の息子を殺したかもしれないなんて、
失望している――と同僚は語っていた。
「でも嵐師にはアリバイがあった。
完全に濡れ衣を着せることは出来ませんでしたね」
鎮神が言うと、深夜美はきょとんとした。
「そんなの、わざとに決まってるだろう」
その言葉に、今度は鎮神がきょとんとしてしまう。
「あんな奴にこの私が殺されるなんて、プライドが許さないからな。
敢えて少し矛盾を鏤めておいたのだ。
北原嵐師は九十九パーセントの確立で息子を殺め、消失事件についても何か知っているクソ野郎、
だがアリバイが有力な説の邪魔をしている。
ならば宇津僚深夜美を殺したのは北原嵐師ではないのでは?
確かめようにも、北原嵐師自身不可解な消失を遂げている……
と、こんなふうに事件をデザインしたわけだ」
確かに、深夜美が本気で嵐師に全ての詰みを擦り付けたいなら、
証言者の洗脳なり捜査への介入なり、あらゆる手段を使うだろう。
わざと、と言われれば納得がいく。
「それに、事件が不気味な方が、人々はずっと二ツ河島の名を記憶して恐れるだろう」
「それはそうかもしれませんけど、何のために?」
「二ツ河島は最強の呪物を生み出した呪われし地として、私と密接な関係にある。
二ツ河島への恐怖はそのまま私に流れ込み、呪力となる。
お陰でしばらくは呪力集めに手を煩わされることなく研究が出来る」
真祈の研究は鎮神が所有しているが、深夜美も複製を持っている。
それを使っての、彼なりの目的があるらしい。
「じゃあ、あんなにたくさんの人を殺すのは二ツ河島でお終いにするんですね」
「当分予定には無い。嬉しいか?」
笑われたので、鎮神はふいと深夜美から目線を逸らして不服を示した。
「別に、正義漢ぶるつもりなんてありませんけど……
大量殺戮のご予定がある方を見逃すなんてのは胸糞悪いから、あるならここで殺しておこうかな、なんて」
深夜美は悪を自称していたが、あれは正義と悪の戦いなどではなく、
ただの生存競争、やるかやられるかでしかなかったと考えている。
だから悪を名乗るほど暴れたつもりも無いが、正義を翳すほど綺麗でもないというのは本心だ。
「だろうな。
消えた人間のくせに最近開業届を出した君がもし正義ぶりっこなんてしていたら、
面白いなんぞ通り越して殺意が湧いていただろう」
深夜美の言う通り、Go Sick Beautyはつい先日開業届を提出した。
取引している工場とは、真祈が本土の私設私書箱を経由してやりとりしていたために、
二ツ河島との関連性を悟られることはなく、今も仕事を続けている。
ただ開業届を出す時に必要となった戸籍は、当然偽造だ。
「今は『真帝惺』って名前で生活してます」
「良い名だ」
深夜美はそう一言だけ呟いた。
深夜美が二ツ河島を出てから起きた北原嵐師の件について把握出来たので、
これ以上この場に居る意味は無い、と鎮神は雑居ビルを後にした。
信号待ちの間、なんとなくビルの方に振り向いた。
三日月と、その上方に輝く金星。
鏡と思しき光るものを持って、蛇のように鋭く神秘的に下界を舐め回し夢を巡らす、髪の長い影が屋上に立っている。
鎮神はしばらくその図像しみた光景を眺めていたが、じきに前を向き、街の中に消えていった。
オフショルダーのガーゼシャツに、
ハードなデザインのハーフパンツと重ね穿きしたオーガンジーのロングスカートを纏い、
厚底のブーツで雑踏の中を泳ぐように渡る。
この街で諏訪部鎮神の顔や名を知っている者は居ないはずだ。
だからこそ彼はここで暮らすことにした。
ずっと、という訳にはいかないだろうが。
裏路地へ入り、非常用階段から雑居ビルに侵入して屋上へ出る。
そこには既に先客が居た。
長い黒髪と、洋装の上に引っ掛けた羽織の着物を靡かせながら、近くの看板のネオンを灯りにして漫画を読む男。
レースのシャツとレザーのズボンの上に締めた厳めしいベルトや丈の長キンキーブーツ、
そして深紅の瞳が青白い光を受けて輝く。
「派手にやりましたね、北原嵐師の件」
鎮神が声を掛けると、深夜美は読み込まれた痕跡のある漫画から顔を上げた。
「普通に殺すなんてつまらないだろう?
永遠の苦しみと社会的名誉の失墜……ここまでやって初めて復讐と言える」
今や北原嵐師は犯罪者として世間では扱われている。
先日、嵐師の会社での同僚がテレビの取材を受けているのを鎮神は見ていた。
仕事をそつなく熟し、身なりも良く、酒の席でも話はくどいが明るい男。
それが事件に関わっているなんて、それも自身の息子を殺したかもしれないなんて、
失望している――と同僚は語っていた。
「でも嵐師にはアリバイがあった。
完全に濡れ衣を着せることは出来ませんでしたね」
鎮神が言うと、深夜美はきょとんとした。
「そんなの、わざとに決まってるだろう」
その言葉に、今度は鎮神がきょとんとしてしまう。
「あんな奴にこの私が殺されるなんて、プライドが許さないからな。
敢えて少し矛盾を鏤めておいたのだ。
北原嵐師は九十九パーセントの確立で息子を殺め、消失事件についても何か知っているクソ野郎、
だがアリバイが有力な説の邪魔をしている。
ならば宇津僚深夜美を殺したのは北原嵐師ではないのでは?
確かめようにも、北原嵐師自身不可解な消失を遂げている……
と、こんなふうに事件をデザインしたわけだ」
確かに、深夜美が本気で嵐師に全ての詰みを擦り付けたいなら、
証言者の洗脳なり捜査への介入なり、あらゆる手段を使うだろう。
わざと、と言われれば納得がいく。
「それに、事件が不気味な方が、人々はずっと二ツ河島の名を記憶して恐れるだろう」
「それはそうかもしれませんけど、何のために?」
「二ツ河島は最強の呪物を生み出した呪われし地として、私と密接な関係にある。
二ツ河島への恐怖はそのまま私に流れ込み、呪力となる。
お陰でしばらくは呪力集めに手を煩わされることなく研究が出来る」
真祈の研究は鎮神が所有しているが、深夜美も複製を持っている。
それを使っての、彼なりの目的があるらしい。
「じゃあ、あんなにたくさんの人を殺すのは二ツ河島でお終いにするんですね」
「当分予定には無い。嬉しいか?」
笑われたので、鎮神はふいと深夜美から目線を逸らして不服を示した。
「別に、正義漢ぶるつもりなんてありませんけど……
大量殺戮のご予定がある方を見逃すなんてのは胸糞悪いから、あるならここで殺しておこうかな、なんて」
深夜美は悪を自称していたが、あれは正義と悪の戦いなどではなく、
ただの生存競争、やるかやられるかでしかなかったと考えている。
だから悪を名乗るほど暴れたつもりも無いが、正義を翳すほど綺麗でもないというのは本心だ。
「だろうな。
消えた人間のくせに最近開業届を出した君がもし正義ぶりっこなんてしていたら、
面白いなんぞ通り越して殺意が湧いていただろう」
深夜美の言う通り、Go Sick Beautyはつい先日開業届を提出した。
取引している工場とは、真祈が本土の私設私書箱を経由してやりとりしていたために、
二ツ河島との関連性を悟られることはなく、今も仕事を続けている。
ただ開業届を出す時に必要となった戸籍は、当然偽造だ。
「今は『真帝惺』って名前で生活してます」
「良い名だ」
深夜美はそう一言だけ呟いた。
深夜美が二ツ河島を出てから起きた北原嵐師の件について把握出来たので、
これ以上この場に居る意味は無い、と鎮神は雑居ビルを後にした。
信号待ちの間、なんとなくビルの方に振り向いた。
三日月と、その上方に輝く金星。
鏡と思しき光るものを持って、蛇のように鋭く神秘的に下界を舐め回し夢を巡らす、髪の長い影が屋上に立っている。
鎮神はしばらくその図像しみた光景を眺めていたが、じきに前を向き、街の中に消えていった。
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