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八章
14 女神の反撃
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「――逃げろ――!」
路加が悲鳴じみた声をあげた。
考えている間もなく鎮神と真祈が後退したとき、展望台のさっきまで二人が立っていた場所が急激に腐食し崩壊する。
腐食しているのは展望台だけではない。
灯台そのものに一筋、脆く変質した箇所が出来ている。
そして灯台の根本には地中から伸びた銀色の触手が巻き付いていた。
二人とも、運良く崩れなかった部分に乗り移ることが出来たが、危ういところであった。
帝雨荼は何らかの方法で地中へ潜行していた。
鎮神が生き埋めにしたと思っていたのも単なる時間稼ぎ程度にしかならなかったらしい。
そして、その方法とはおそらく腐食だ。
見たところ、能力を行使出来る範囲はそこまで大きくない。
問題点は、深夜美の能力はカルーの民の血の力でほとんど無力化出来ていたのに対して、
帝雨荼相手ではそうもいかないだろうという点だ。
しかし、もし深夜美を同じ方法で土砂の下敷きにしようとしたならば、彼は宙に浮いた集落を無に還すだろう。
では何故、帝雨荼はそうしなかった。
一つ考えられる可能性は、敢えて下敷きになっておいて密かに脱出し、奇襲をかけるためだったということだ。
しかし神という強大な存在が奇襲にたよる必要があるのだろうか。
それがどうも引っかかる。
おそらく真祈も同じ考えだ。
忌風雷を構えつつも、帝雨荼の様子を観察するばかりで攻撃できない。
銀色の巨体は地中から這い出て、灯台に縋りつく。
与半たちにどうにか出来るものではない。
忌風雷を手にした者があれを倒さなくてはならないのに。
神が、太母が、死が迫り来る。
「……分かったかもしれません」
真祈が呟いた。
「見てください。
帝雨荼が破壊した箇所を。
鉄筋は真っ赤に錆びているが、周りのコンクリートは割れているだけだ」
言われるがままに鎮神は展望台に空いた風穴を覗き込む。
確かに建材によって腐食の有無が分かれている。
「もし深夜美さんであれば、彼は腐食という概念そのものを武器としているので、
錆や酸や王水などあらゆるものを駆使して全てを無に還すはず。
コンクリートだって強い酸には溶かされるものです。
しかし今起こったのは、ごく自然な塩害に似ています。
それに、あれを見て」
真祈が示したのは、帝雨荼の上陸した軌道上にある、
踏まれて潰れたコンテナとその中身だったであろうタンクの残骸。
「帝雨荼が壊して中身を吸収していったのでしょう。
あれはおそらく過酸化水素水だ。
コンクリートに染み込んだ海水や塩水が鉄筋を守っている膜を破壊することで鉄筋は剥き出しになり、
錆びることで体積が増えると周囲のコンクリートを内側から割る、というのが塩害のメカニズムです。
塩そのものには腐食の作用は無く、ただ誘発するだけ。
つまり、海たる女神、帝雨荼!
彼女の能力は、塩分や塩水を操る力!
錆びの進行が異常に速いのは、塩水と共に過酸化水素水を送り込んでいるからだと思います。
そして見たところ、直接触れたものにしか能力を叩き込むことは出来ないらしい」
吾宸子としての勤めのためにとく通る声で、
地上に居る与半たちにも聞こえるよう、真祈は語った。
与半が、は、とした表情をする。
「この港の地面も、中に鉄筋が通されていたはずだ!
同じ原理で脆くなった地面を掘り進んで地下に身を隠していたとすれば納得はいく」
「確かに塩を操る能力ならば、その方が集落をどかすよりも帝雨荼にとっては容易だったのでしょう」
与半と路加も口々に賛同した。
すかさず真祈が指令を出す。
「鎮神はアルミ……船や車、ガードレールやその辺の屋根なんかを集めて、電線で鉄筋に突き刺して!
それが済んだら路加さんは灯台に復元能力をかけて!」
訳は分からないが、真祈の推理を信じようと腹を括り、鎮神は辺りを見回す。
すると与半が船舶用の蛍光塗料を開封し、液体念動で上空へ浮かせた。
「エポカドーロ!」
その隣で団が唱えると、塗料は港のあらゆる所に散って行った。
よく見ると、色を付けられた物は全てアルミニウム製の物だ。
「防食電流ってわけでしょう? 安心してください、絶縁塗料ではありませんから」
与半は真祈の意図を理解しているようだった。
「ぼくはよく分からないけど、頑張って、鎮神!」
団はこんな状況でも明るさを失わず手を振っている。
「ありがとう、鷲本さん、団!」
鎮神は暗闇の中に点在する蛍光に力を込め、念動で引き寄せる。
そうして集めた物を、各所から引き千切って来た電線で貫いて灯台に取り付ける。
視界の端で真祈が何やら動いている。
指から発した雷で、髪を一房切っていたのだ。
「これを各電線に巻き付けてください」
髪を渡され、迷わず念を込める。
銀色の髪は鎮神の手中から散っていき、眼下に巡らされた電線の元へ届けられる。
帝雨荼はずるずると地中から這い出しつつある。
無数の歯を持つ深淵が、徐々に近付いてきている。
「路加さん、今です!」
真祈が声をあげると、路加は瓦礫に向けて加護を振るう。
「アパリシオンレーヌ!」
砕けた建材は帝雨荼を巻き込みながら、在るべき所に戻って行く。
逃げようとする素振りを見せたが、その腕は元の姿を取り戻した灯台の外壁に融合し、手枷を嵌められたようになる。
帝雨荼の鬣が俄かに逆立った。
能力で再び灯台を破壊しようとしているのかもしれない。
しかし灯台は崩れない。
「私の髪が電流を流しています。
これで鉄筋の代わりにアルミニウムが犠牲となり、少しは時間が稼げるでしょう」
軽く言いながら、真祈は腕を突き出す。
落ち着き払った呼気が海鳴りの間に微かに感じられた。
真祈の腕が暗闇と星々に彩られる。
人智の及ばぬ深淵へと通じる、加護の現れだ。
「帝雨荼の解放、忌風雷の顕現などにより、神々の領域の大気が周囲に流れ出している。
私が雷と共に原始の元素を射出し、それが地球と異界二つの大気が混じった所で生長したならば……
果たして何が生まれるのか」
路加が悲鳴じみた声をあげた。
考えている間もなく鎮神と真祈が後退したとき、展望台のさっきまで二人が立っていた場所が急激に腐食し崩壊する。
腐食しているのは展望台だけではない。
灯台そのものに一筋、脆く変質した箇所が出来ている。
そして灯台の根本には地中から伸びた銀色の触手が巻き付いていた。
二人とも、運良く崩れなかった部分に乗り移ることが出来たが、危ういところであった。
帝雨荼は何らかの方法で地中へ潜行していた。
鎮神が生き埋めにしたと思っていたのも単なる時間稼ぎ程度にしかならなかったらしい。
そして、その方法とはおそらく腐食だ。
見たところ、能力を行使出来る範囲はそこまで大きくない。
問題点は、深夜美の能力はカルーの民の血の力でほとんど無力化出来ていたのに対して、
帝雨荼相手ではそうもいかないだろうという点だ。
しかし、もし深夜美を同じ方法で土砂の下敷きにしようとしたならば、彼は宙に浮いた集落を無に還すだろう。
では何故、帝雨荼はそうしなかった。
一つ考えられる可能性は、敢えて下敷きになっておいて密かに脱出し、奇襲をかけるためだったということだ。
しかし神という強大な存在が奇襲にたよる必要があるのだろうか。
それがどうも引っかかる。
おそらく真祈も同じ考えだ。
忌風雷を構えつつも、帝雨荼の様子を観察するばかりで攻撃できない。
銀色の巨体は地中から這い出て、灯台に縋りつく。
与半たちにどうにか出来るものではない。
忌風雷を手にした者があれを倒さなくてはならないのに。
神が、太母が、死が迫り来る。
「……分かったかもしれません」
真祈が呟いた。
「見てください。
帝雨荼が破壊した箇所を。
鉄筋は真っ赤に錆びているが、周りのコンクリートは割れているだけだ」
言われるがままに鎮神は展望台に空いた風穴を覗き込む。
確かに建材によって腐食の有無が分かれている。
「もし深夜美さんであれば、彼は腐食という概念そのものを武器としているので、
錆や酸や王水などあらゆるものを駆使して全てを無に還すはず。
コンクリートだって強い酸には溶かされるものです。
しかし今起こったのは、ごく自然な塩害に似ています。
それに、あれを見て」
真祈が示したのは、帝雨荼の上陸した軌道上にある、
踏まれて潰れたコンテナとその中身だったであろうタンクの残骸。
「帝雨荼が壊して中身を吸収していったのでしょう。
あれはおそらく過酸化水素水だ。
コンクリートに染み込んだ海水や塩水が鉄筋を守っている膜を破壊することで鉄筋は剥き出しになり、
錆びることで体積が増えると周囲のコンクリートを内側から割る、というのが塩害のメカニズムです。
塩そのものには腐食の作用は無く、ただ誘発するだけ。
つまり、海たる女神、帝雨荼!
彼女の能力は、塩分や塩水を操る力!
錆びの進行が異常に速いのは、塩水と共に過酸化水素水を送り込んでいるからだと思います。
そして見たところ、直接触れたものにしか能力を叩き込むことは出来ないらしい」
吾宸子としての勤めのためにとく通る声で、
地上に居る与半たちにも聞こえるよう、真祈は語った。
与半が、は、とした表情をする。
「この港の地面も、中に鉄筋が通されていたはずだ!
同じ原理で脆くなった地面を掘り進んで地下に身を隠していたとすれば納得はいく」
「確かに塩を操る能力ならば、その方が集落をどかすよりも帝雨荼にとっては容易だったのでしょう」
与半と路加も口々に賛同した。
すかさず真祈が指令を出す。
「鎮神はアルミ……船や車、ガードレールやその辺の屋根なんかを集めて、電線で鉄筋に突き刺して!
それが済んだら路加さんは灯台に復元能力をかけて!」
訳は分からないが、真祈の推理を信じようと腹を括り、鎮神は辺りを見回す。
すると与半が船舶用の蛍光塗料を開封し、液体念動で上空へ浮かせた。
「エポカドーロ!」
その隣で団が唱えると、塗料は港のあらゆる所に散って行った。
よく見ると、色を付けられた物は全てアルミニウム製の物だ。
「防食電流ってわけでしょう? 安心してください、絶縁塗料ではありませんから」
与半は真祈の意図を理解しているようだった。
「ぼくはよく分からないけど、頑張って、鎮神!」
団はこんな状況でも明るさを失わず手を振っている。
「ありがとう、鷲本さん、団!」
鎮神は暗闇の中に点在する蛍光に力を込め、念動で引き寄せる。
そうして集めた物を、各所から引き千切って来た電線で貫いて灯台に取り付ける。
視界の端で真祈が何やら動いている。
指から発した雷で、髪を一房切っていたのだ。
「これを各電線に巻き付けてください」
髪を渡され、迷わず念を込める。
銀色の髪は鎮神の手中から散っていき、眼下に巡らされた電線の元へ届けられる。
帝雨荼はずるずると地中から這い出しつつある。
無数の歯を持つ深淵が、徐々に近付いてきている。
「路加さん、今です!」
真祈が声をあげると、路加は瓦礫に向けて加護を振るう。
「アパリシオンレーヌ!」
砕けた建材は帝雨荼を巻き込みながら、在るべき所に戻って行く。
逃げようとする素振りを見せたが、その腕は元の姿を取り戻した灯台の外壁に融合し、手枷を嵌められたようになる。
帝雨荼の鬣が俄かに逆立った。
能力で再び灯台を破壊しようとしているのかもしれない。
しかし灯台は崩れない。
「私の髪が電流を流しています。
これで鉄筋の代わりにアルミニウムが犠牲となり、少しは時間が稼げるでしょう」
軽く言いながら、真祈は腕を突き出す。
落ち着き払った呼気が海鳴りの間に微かに感じられた。
真祈の腕が暗闇と星々に彩られる。
人智の及ばぬ深淵へと通じる、加護の現れだ。
「帝雨荼の解放、忌風雷の顕現などにより、神々の領域の大気が周囲に流れ出している。
私が雷と共に原始の元素を射出し、それが地球と異界二つの大気が混じった所で生長したならば……
果たして何が生まれるのか」
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