上 下
101 / 117
八章

8 楼夫の最期

しおりを挟む
 深夜美みやび楼夫たかおは港の倉庫の上に立ち、海を眺めていた。

 外宇宙の色に染まった黒い海原に、次第に起伏が生まれてくる。
 波が激しくなってもそこに映る星辰がぼやけないのは、その異常性を物語っている。


 傍らの灯台はヒビシュの隊列に堅固に守らせている。
 もう遊軍を仕向けておく必要も無い。
 九十八人の生ける屍と、忠実な手下、そして自身。
 深夜美の持つ総力がこの場に集結していた。


 置物のようにおとなしかったヒビシュたちの呼気が俄かに荒くなる。
 振り向くと、港に鎮神しずか真祈まき路加ろかまどか与半よはんが来ていた。
 それぞれ得物を手に深夜美を見上げている。

帝雨荼ていあまたが浮上してくるまで、まだ少し時間ありますよね? 
 深夜美さん、荒津さん。
 もう一度、お話しさせてもらえませんか」
 つかつかと歩んできた鎮神が何をするかと思いきや、そんなのんきなことを申し込んでくる。

 『絶対悪』を愚弄しているのか、と一喝しながら攻撃してやりたかった。
 しかし、少年の真っ直ぐな視線を浴びていると、そんなことが馬鹿らしくなってきて――見ていられなくて、深夜美は適当にあしらう。
「勝手にすればいい」
「どうも。
 深夜美さんはおれたちに目的とか過去のことを教えてくれましたよね。
 それで、恥ずかしながらついさっき、荒津さんが置かれてた状況のこと、知りました。
 二人とも、世界を呪うには十分すぎる想いをしてきたんですよね。
 貴方たちのやったことは酷いと思います。
 だけど、ちゃんと話しておきたかった。
 おれの目的は、大事な人と生き抜くこと。
 二人の本当の夢を、最後に聞かせてください」


 本当に『絶対悪』としてこの決戦に挑むのか――鎮神はその最後の確認をしているようだった。
 やっぱり嫌だ、私は可哀想な生い立ちのせいで狂ってしまっただけだ、許してほしい、
なんて言えば彼はきっと深夜美にさえ赦しを与えようとするだろう。
 
 路加たちも複雑そうではあるが、楼夫を悪の道に走らせてしまった罪悪感があるらしく、黙ってこちらを見守っていた。
 真祈に関して言えば、投降した者への処分という判断はするだろうが、
怒りに任せて他者を受け入れないということは有り得ない。

 今もこの血の中で響いている。父の罵声、母の寝物語、自身が漏らした嗚咽。
 深夜美を復讐へと駆り立てる呼び声。


 黙っている深夜美の隣で、楼夫がぽつりぽつりと語り始めた。
「貴方たちが赦しを美徳とするように、赦さない強さというものもあるのですよ。
 復讐に身を焦がしながら一点だけを見つめ、
手を取り合えたかもしれない出会いさえ薪にして突き進む、悪の強さ。
 その姿を見て、守りたいと思ったのです。
 私の夢は、深夜美様と共に戦うこと」

 鎮神たちは神妙な面持ちでそれを聴いていた。

 しかしすぐに、その表情は驚愕に染まっていく。


 弾力のあるものが深夜美の口の中で爆ぜて、迸る熱が喉を、臓腑を、原始の記憶を潤す。
 これこそが、闇より生まれた命の本来の姿。
 呪術を操る旧支配者の復活。


 鎮神の問いにつらつらと答えてやる代わりに、深夜美は背後から楼夫に寄り縋り、その首筋に噛みついていた。
 頸動脈に歯を突き刺し、溢れる血を飲み下す。
 血と共に酸素を失っていき、楼夫はみるみる蒼白となり意識も虚ろになる。
 深夜美が楼夫を盾にしている状態の上に、敵が敵を傷つけるという異常事態が故に、鎮神たちは手出し出来ないでいた。

「これより始まるは私たちの新たなるステージだ。
 私を『恨んで』死んでいけ、楼夫」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...