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三章

3 蔓延るカルトと路加の罪

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 辺りに人が居ないことを確かめるように首を振ってから、有沙は話しだした。


宇津僚うつのつかさ家は大昔から二ツ河ふたつがわ島に居ついてた一族らしい。
 その他の家は皆、移住者だ。
 そいつらは紀元前うん千年って頃に、二ツ河島に攻め込んで宇津僚家に戦争ふっかけたけど負けて、そこからはなぜか罪人として島に留められ、宇津僚にこき使われてる。

 今も網元業として宇津僚が漁を仕切ってたり、
 これはさすがに無くなったが、島の土地は全て宇津僚の物だから貸してやってる以上金は取る、とかな。
 とにかく、宇津僚の方が立場が上で、その他はみんな下々の者、みたいな体制が続いてる」


「近いようなことは真祈さんに聞いたんですけど、その時は神話として話してくれました」
 鎮神しずかが言うと、有沙は少し驚いたといった表情を見せた。
「なんだ、もう真祈から聞いてたのか。
 それがあんたの選択なら、私は何も言わないけど」

 島の者になる決定をして初めて、その秘密は伝えられる。
 有沙が驚いたのはそのことだろう。

「でも、神話は神話だろ?
 あんたら一族の妙な能力は実際に感じてるから信じてやってもいいけど、神の存在とかはなあ……。
 それに、日本が縄文時代ぐらいって時に、王とか戦とか、矛盾してるだろ。
 そりゃ教科書が全てとも思わねえけどさ」

 有沙は、普通の人間なのだ。
 人間に馴染めず、とうとうカルーの民という人外であることを知らされた自分とは違い、人間であることを彼女は後にも先にも疑わない。

「私はあんまりその手のぶっとんだ話は信じてないが……私の両親は神を信じてた。
 宇津僚の信じる神でも、世界のどこかで信じられてる神でもないものを」

 過去形に、有沙の親は既に遠い所にいるのだろう、と何となく察する。

「二人の幻覚じみた妄想の産物とはいえ、それなりに信者を集めてたんだよ。
 私は、そういう抽象的な話の分からない馬鹿な餓鬼で、周りも同じような馬鹿だらけだったから、
 喧嘩で実力さえ示してやれば、親が変な宗教やってるからって避けられることもなく、高校生の時までは能天気に暮らしてた。
 だけど、うちの親は宇津僚の信仰にケチつけて、喧嘩売った。
 異教徒ってだけでも気に入らないのに、宇津僚淳一――あんたと真祈の父親が本土で愛人囲ってるって情報を聞きつけて、
 そんな男が長をしている宗教を信じている二ツ河島の人々を救わなくてはならない、と……そういうつもりだったらしい」

 淳一の名に、少し身が竦んだ。
 その名も知らぬ時から、鎮神に性嫌悪を植え付けるには十分すぎた男。
 二ツ河島とほぼ関係のない人々をも憤らせる存在であったらしい。

「だけど艶子つやこさんと真祈まきからの答えは、二ツ河島では淳一の行いは罪ではない、の一点張りだった。
 島民たちも淳一を庇った。
 まあ、庇うしかないんだろうけどさ。
 そこから抗争は激化して、お互いいかに不利な情報を握って社会的に葬るかって戦いになった。
 結果は、私の親の負け。
 和解のために、親父と母親は数人の幹部と私を連れて二ツ河島に来た。
 だけど、皆が宇津僚家に辿り着くことはなかった。
 狂信的な真祈信者の島民が数人、武器を持って待ち伏せしてやがったんだ」
「真祈信者?」
「神よりも真祈個人を崇拝する、ちょっとしたグループがあるんだ。
 真祈は感情がちょっと欠けてるから、自分がそいつらからどういう想いを向けられてるのか分かってないらしいが。
 そのリーダー格が、今朝あんたが車に乗せてもらってた潮って看護士とその家族。
 私の家族はそいつらに殺された」
 
 潮路加ろかが、有沙の家族を殺した。
 和解のことを知ってか知らずか、ただそれが真祈のためになると信じて。
 無理して悲しみを堪えているというわけでもなく、なおも飄々とした態度で有沙は川岸に根を張っている。

「潮たちから必死こいて逃げて、私だけが逃げ切って、真祈に助けられた。
 だけど潮たちは敵の娘である私の引き渡しを要求して……。
 笑えるよな、真祈のためってほざいてた奴らが、いつの間にか真祈に口汚く喚き散らしてさ。
 見かねた真祈が、私を妻にするって宣言して潮たちに手を引かせた。
 いくら異教徒の娘とはいえ、宇津僚家の一員になってしまえば危害は加えられないからな」

 だから真祈は、有沙は鎮神とは事情の異なる妻だと言っていたのだろう。
 二人の妙によそよそしい距離感にも納得がいく。

「全く、余計なことしてくれたわ。
 今となっては、あの時何で逃げちまったんだか……。
 あのまま潮に殺されてた方が楽だったかもしれねえな」

 難しいことを考えるのは嫌、宇津僚家と慣れ合うのも性に合わない、かといって無為に過ごすのもつまらない。
 その間を有沙は彷徨っているようだ。

「まあ、これが二ツ河島だ。
 小僧も面倒に巻き込まれないよう立ち回れよ」
 言い終えると、有沙は釣り竿に向き直って川と睨み合いはじめた。
 これ以上話すことは何もない、とあからさまに示している。

 軽く礼を述べて、鎮神は深夜美みやびの元へと戻った。
 だが俯いたまま、深夜美の顔を見れない。
 この夜のように静かで冷ややかな青年は、母の遺体を奪取するほどの激情を秘めている。
 しかし鎮神は、深夜美や有沙が望んでも手に入らない存在を、この手で壊した。

 利益でものを見る故に鎮神を赦した真祈とは違い、彼らは不定形の感情を持つ『人間』だ。
 真っ当に、人間らしい道理で以て彼らは自分のような怪物を憎むだろう。
 真祈に救われて、母との因縁を洗い流した気でいたが、それはやはり悪なのだろうか。

 急に深夜美は手を伸べてきて、おとがいを軽く上向けられる。
 目前に、彼の赤い上がり目が迫った。
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