13 / 117
一章
4 殺伐ティータイム
しおりを挟む
中庭の、池に浮かんだ東屋の上で、真祈は優雅に食事している。
机上にはタルトタタンやエクレア、チョコテリーヌに酒粕入りのチーズケーキなど高級感あるスイーツが並んでいて、それを楽しげに次々と平らげていく真祈は、ファミレスの小ぶりなティラミス一つで気分の悪くなる鎮神から見れば、胃の凭れそうな眺めであった。
与半と宮守が畔連町のアパートから持ってきた荷を解いている間、鎮神は真祈と二人で外に出ているよう言われてこの東屋に追いやられた。
これから夫婦になる者同士で今のうちに親睦を深めておけという意味かもしれないが、率直に言って無理だ。
腹違いの姉というだけでどう接して良いか分からないのに、その上彼女が婚約者だなんて。
朝靄が晴れてきて、より強く地表に届くようになった太陽の光は、真祈の髪を萌黄に輝かせる。
東洋人どころか、人間にしても珍しい奇妙すぎる髪だが、本人はそれを誇るでも恥じるでもない。
神々しい真祈の姿に見惚れていたが、ふと真祈がケーキから顔を上げて目が合いそうになったので、軽く視線を外し、庭を見ていたふうを装った。
家の周りは高い塀に囲われていて、その外は見えない。ただ、海鳴りが響いている。
畔連町では決して聞こえなかったそれが、ここが二ツ河島という一種の異界なのだと歌っている。
「その服に描いてある猫ちゃん、可愛いですね。お名前はあるの?」
甘い声が耳を衝いた。
今まで出会ったどの女よりも低くて可愛げの無い声だが、骨まで痺れさせるような迫力があった。
服というのは、昨日から着たままのルームウェアのことだ。
パンク系の店で棺型バッグと蜘蛛の巣柄のアシンメトリーな巻きスカートを買ったときに付いてきた記念品と記憶している。
柔らかい生地のパーカーと半ズボンで、腹のところにブランドのマスコットである「プルートにゃん」という、腹の皮膚をまくりあげて内臓を見せつけるモヒカンヘアーとアイパッチが特徴の漫画チックな黒猫がプリントされている。
真祈はケーキを食べる手を止めて、それをしげしげと見つめていた。
「……プルートにゃんってキャラです」
「プルートにゃん、かあ。由来はやっぱり、ポーの黒猫?」
そう言われて、鎮神は少し面食らった。真祈は島や自分の都合しか見えていない人だと思っていたが、ちゃんと島の外で育まれた文化を知っているらしい。
そういうアンビバレントさで言えば、さっきまで人を殺すなどと本気で宣っていたのが、今は大量のスイーツや愛らしいキャラクターに興味を示しているというのも落差が激しい。
「そうみたいです……あの、本とかよく読むんですか」
「読みますよ。学校に行かないぶん、何代か前の好事家な先祖が集めた書物で文字やものの名前を覚えるようにしていますから」
言葉の端々から分かったのは、真祈が好奇心旺盛ということと、その好奇心が無ければ真祈が読み書きできなかったかもしれないこと、その可能性を宇津僚家は良しとしているということだ。
宇津僚家とは一体、何なのだろう――鎮神の考えていることを察したのか、真祈は微笑したまま言う。
「宇津僚家の者に必要なのは、『空磯』を求める働きのみなのです。
それ以外の知識や技能は、何一つ要りません。
神話は口承で伝授するものだから、字を扱えなくても問題は無い。
花の名前を知らなくても、神の名を知っていればそれで良い。
野菜を切ったことが無くても、ハウスキーパーを雇うお金なら信徒から施される」
「……空磯……?」
机上にはタルトタタンやエクレア、チョコテリーヌに酒粕入りのチーズケーキなど高級感あるスイーツが並んでいて、それを楽しげに次々と平らげていく真祈は、ファミレスの小ぶりなティラミス一つで気分の悪くなる鎮神から見れば、胃の凭れそうな眺めであった。
与半と宮守が畔連町のアパートから持ってきた荷を解いている間、鎮神は真祈と二人で外に出ているよう言われてこの東屋に追いやられた。
これから夫婦になる者同士で今のうちに親睦を深めておけという意味かもしれないが、率直に言って無理だ。
腹違いの姉というだけでどう接して良いか分からないのに、その上彼女が婚約者だなんて。
朝靄が晴れてきて、より強く地表に届くようになった太陽の光は、真祈の髪を萌黄に輝かせる。
東洋人どころか、人間にしても珍しい奇妙すぎる髪だが、本人はそれを誇るでも恥じるでもない。
神々しい真祈の姿に見惚れていたが、ふと真祈がケーキから顔を上げて目が合いそうになったので、軽く視線を外し、庭を見ていたふうを装った。
家の周りは高い塀に囲われていて、その外は見えない。ただ、海鳴りが響いている。
畔連町では決して聞こえなかったそれが、ここが二ツ河島という一種の異界なのだと歌っている。
「その服に描いてある猫ちゃん、可愛いですね。お名前はあるの?」
甘い声が耳を衝いた。
今まで出会ったどの女よりも低くて可愛げの無い声だが、骨まで痺れさせるような迫力があった。
服というのは、昨日から着たままのルームウェアのことだ。
パンク系の店で棺型バッグと蜘蛛の巣柄のアシンメトリーな巻きスカートを買ったときに付いてきた記念品と記憶している。
柔らかい生地のパーカーと半ズボンで、腹のところにブランドのマスコットである「プルートにゃん」という、腹の皮膚をまくりあげて内臓を見せつけるモヒカンヘアーとアイパッチが特徴の漫画チックな黒猫がプリントされている。
真祈はケーキを食べる手を止めて、それをしげしげと見つめていた。
「……プルートにゃんってキャラです」
「プルートにゃん、かあ。由来はやっぱり、ポーの黒猫?」
そう言われて、鎮神は少し面食らった。真祈は島や自分の都合しか見えていない人だと思っていたが、ちゃんと島の外で育まれた文化を知っているらしい。
そういうアンビバレントさで言えば、さっきまで人を殺すなどと本気で宣っていたのが、今は大量のスイーツや愛らしいキャラクターに興味を示しているというのも落差が激しい。
「そうみたいです……あの、本とかよく読むんですか」
「読みますよ。学校に行かないぶん、何代か前の好事家な先祖が集めた書物で文字やものの名前を覚えるようにしていますから」
言葉の端々から分かったのは、真祈が好奇心旺盛ということと、その好奇心が無ければ真祈が読み書きできなかったかもしれないこと、その可能性を宇津僚家は良しとしているということだ。
宇津僚家とは一体、何なのだろう――鎮神の考えていることを察したのか、真祈は微笑したまま言う。
「宇津僚家の者に必要なのは、『空磯』を求める働きのみなのです。
それ以外の知識や技能は、何一つ要りません。
神話は口承で伝授するものだから、字を扱えなくても問題は無い。
花の名前を知らなくても、神の名を知っていればそれで良い。
野菜を切ったことが無くても、ハウスキーパーを雇うお金なら信徒から施される」
「……空磯……?」
20
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる