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よし、とにかく早くここから出ていこう。

そうと決まれば、まず見た目を変えよう。今までは変える方法もわからないからそのままで居たけど、今日の私はひと味違う。

使用人さんの会話を盗み聞きして知った、カコの実とやらを手に入れたのだ。
「そういえば、カロンの話聞いた?カコの実で髪の毛染めちゃったみたいよ」「えっ!あれ全然落ちないのに」「カリの実と間違えたらしいわ。たしかに似てるものねぇ」「デートだからおしゃれするって言ってたものねぇ」
ちなみに城の庭を散歩しているときに拝借した。それは許してほしい。つまり、これで髪の色が変えられるってことだ。どうやって使うかは正直分からない。


「…とりあえずー…やってみるか」


とりあえず、実を小さく千切って、絞った。コップにどろっとした果汁が貯まっていく。この状態で髪に塗ればいいのかな。コップをお風呂場に持っていって、服も全部脱いでしまう。果汁を手のひらに乗せてみて、髪にペタペタとつけてみる。これでいいのか、不安になってきたけど、後には戻れない。たしか、カラー剤は塗ってから、少し時間を置いてた気がする。時間が経ってから、シャワーで流してみた。流し切ってから、鏡を見てみると、髪色が茶色になっていた。


「やった!いけてた…!」


あとは、これで髪を切れば、かなり見た目は変わるはず。伸びた髪を切るのは勿体ないけど、背に腹は代えられない。ささっと体をふいて、服を着る。部屋にあった鋏を持って、ごみ箱の前に立つ。そこに髪を垂らしながら、鋏を入れた。ジャキンッ、ジャキンッ、髪を切り進めて、全体を顎近くまで短く切った。すごい頭が軽い気がする。鏡の前に立った。今までの姿とは、全然違っていた。茶色のショートカットに、黒目の女性が鏡に映し出されている。

出ていくなら、変わった姿を見られていない、今だ。鋏を置いて、ごみ袋を縛る。切った髪を見られれば、変装していることがバレるかもしれない。部屋に唯一ある窓を開けた。下に誰もいないことを確認して、下の生垣にごみ袋を投げ、窓を閉めた。そして、扉の外から音がしないか耳をすませる。たぶん、今なら人がいない。そっと、扉を開ける。やっぱり、そこには誰もいなかった。

護衛の人たちは普段扉の外に立っているとかはないというのは、散歩のとき知り得た情報だ。基本的に使用人さんが来るとき以外とか、有事以外は、ここに近寄ることは禁じられているらしい。忍び足で部屋から出る。前に脱走した時、庭まで出る道は覚えている。その道を、足音を立てないように、速足で通る。早めにこの服装も変えないと。


誰にも見つかることなく、庭までたどり着いた。
庭から城壁がすぐ近くに見える。を面から出るわけにはいかない。使用人さんが使ってそうな裏口を探しに歩き始めた。

これだけ手薄だと、聖女様と呼ばれてたのも本当なのかなと思えてくる。建物に沿って、城壁を目指して歩く。城壁にほど近くまで着くと、人の話し声やカンッカンッという何かが当たる音がする。足音を立てないように、よりゆっくり歩く。庭の草に隠れながら、音の方を覗いた。

そこでは、ガルシア団長たちと同じように、耳と尻尾がある人たちが、木刀で戦っていた。端っこで話している人の中に、白い猫の人もいる。第二騎士団の人が訓練しているのだろうか。たぶん一番見つかったらダメな人たちだ。なるべく離れたところを通るように、庭の植物に隠れながら、訓練場らしきところを迂回する。

迂回した先に、扉があった。使用人さんが出入りしている。あそこからなら、出られるかもしれない。周りを見回して、誰もいないことを確認してから、扉に走った。急いで扉を開ける。そこからはまだ道が続いていて、すこし先の門には、騎士らしき人が立っていた。ぎくり、と身がすくむ。外を向いて立っているから、こちらにはまだ気づいていない。走って通れば、たぶん大丈夫。ふぅ、息を整えて、門に向かって走り出した。


「あっ、おい!」


門を通り過ぎると、背中に声がかけられた。けど、それを無視して、そのまま走り続けた。履きなれていない靴で、足がずきずきと痛む。それでも、街が見える方向に向かって、走り続けた。













街が近づいてきて、走る足を緩めた。後ろを見ても、誰も追ってきてはいない。やっと、あの部屋から出られたんだ。


「よかった、」


初めて見る街を見回す。屋台のような店が立ち並び、人々が行き交う。たくさんの生活している人がいた。それに、ほっとした。あの部屋にいると、自分ひとりしかいないように思えていたけど、ちゃんと生活している人がいることに、息を吐いた。

さて、それで、これからどうしよう。

部屋を出た時はまだ日が高かったのに、もう暗くなり始めていた。立ち話をしていた人たちも、帰ろうとしていたのか、それぞれの方向に歩き出している。ちらほらと店も、閉め始めている。思った以上に、城から出るのに時間がかかってしまったらしい。お店の人とかに行く宛てがない人が住めるところがないのかとか、孤児院みたいなところはないのかとか、聞こうと思っていたけれど、これじゃあ聞けそうにない。夜に空いているのであれば、お酒を提供するところだろう。16歳の私には、入れないだろうし、すこし怖い。


「どうしようかな……」


とりあえず今日は野宿になるかなぁ。繁華街のような場所とは、反対方向に歩き始めた。だんだんと街灯が灯り始める。住宅街に見えるところが見え始めた。時々足早に歩く人がいるだけで、そこにはもう、ほとんど人がいなかった。アパートや一軒家には明かりが灯っている。

さくさく進めていた足を止めた。


「大丈夫か?」


後ろから聞こえた声に、勢いよく振り返った。そこには、シンと呼ばれていた銀色の人が立っていた。移送で、顔を伏せる。まずい、顔を見られたかもしれない。


「おい、大丈夫か?」
「大丈夫、です……」


声を掛けながら、私にだんだんと近づいてくる。じりじりと後ろに下がる。ざり、足元で音が鳴る。私のすぐ前に、黒い靴が見えた。


「子どもが夜に何をしてるんだ?もう暗くなるから、帰った方がいいぞ」


声音に嫌悪の感情はなく、ただ私を心配しているように聞こえた。おそるおそる顔を上げて、顔を伺った。それでも、きょとんとした顔をしていて、首をかしげている。


「どうした?」


もしかして、気づいていない?

黒髪黒目としか認識していないのかもしれない。だから、顔を見ても誰か分からないんだ。髪型を変えていて良かった。内心、ほっと息をついた。


「迷子か?」
「あー……そんな、感じです」
「そうか、それなら家まで送ろう。家はどこだ?」
「いえ、あの……」


まずい、家なんて聞かれてもどこにもない。視線を地面に落として、彷徨わせる。このままやっぱりいいやとかって、どこかに行ってくれないかな…。いや、行くわけないよね…。
心配そうに私を見ていた表情に、だんだんと訝しげに眉根が寄っていく。帯刀している剣に手をかける。


「…………もしかして、家の者に置いて行かれたのか?」
「えっ……」


さきほどの訝しげな表情が、心配そうな表情に戻っていた。この人の中で、どんな考えの変化があったかは分からない。でも、その表情に、付け入るなら今しかないと思った。


「はい!そうなんです…!」


そうか、と顎に手を当て、考え込み始めた。思ったより元気に返事をしてしまったけど、勘違いしてくれたのならラッキーだ。無事になんとか誤魔化せたことにほっとした。これ、このまま行かせてくれないかな。考え終わったのか、私の方に顔を上げた。


「じゃあ、着いてくるか?」
「……どこに、ですか?」
「俺が暮らしている第二騎士団の騎士寮だ」
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