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章間
Ⅰ
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「少年二名、女一名処分してきました」
赤い髪を肩まで伸ばした男が報告した。
しかし、これは虚偽の報告だ。三人は、生きているかどうかまでは分からないが、少なくともノイックは殺していない。
「ご苦労だった、ノイック。他の二人は」
ぼろい灰色の天幕の中で椅子に見立てた板切れに腰かけたサンバルド将軍は尚もしかめつらのままだ。
「二人とも、自分で放った炎によって起きた火事により焼死。浅はかな判断でした。私は止めたのですが……」
これだから、火族は短気で困るだなんてぼやきをノイックはしない。彼らが自滅しなければ、ノイックが殺していたのだから。
「時間もそうだが、ずいぶんと手こずったな」
「ここの近くで争っては、もしものとき不都合かと。あと、風族の少年が思いのほか厄介でした」
あの風族の少年が、もう少し早くあの部屋に入っていれば、また違ったことになっていたかもしれない。
「もういい、下がれ」
「はっ」
ノイックは、サンバルドに言われるままに天幕を後にした。
向かう先は、宿営地から少し外れた森の奥。誰にも見られていないことを確認しながら、歩みを進めた。
しばらく歩いて、ノイックは、木の幹に背を持たれかけている女性を見つけた。お目当ての女性だ。
「調子はどうですか、モナさん」
報告とやらが終わったらしい。ノクが戻ってきた。火族に扮するために染めているのは理屈では分かっているが、やっぱり、小さい頃のノクを知っている身としては、赤髪をしている彼は違和感がある。それに、赤という色もいけないのだろう。火族を連想してしまう自分がいる。
「そこそこ」
モナはノクの質問に素っ気ない口調で応じた。
「助けてあげたのに、つれないですね」
「……ノク君は、兄としてタック君を助けてあげるべきだった」
「たまたまですよ、モナさんの方が近くにいたからたまたま」
「冷たいのね」
ノイックは応える代わりに大げさに肩をすくめて見せた。モナの隣に腰かけてくる。モナもそれにつられて腰を落とした。
「たまたまですよ、ほんとたまたま」
ノクは人畜無害そうな笑顔で同じ言葉を重ねると、星空を見上げた。
「この後はどうするつもりですか?」
「リンを見つけないと。あと、タック君のこと頼まれてるから」
モナは村を出るとき、村長であり、タックの祖父でもあるジウに、タックを頼まれている。それこそ、彼はこっそり村を抜けたつもりだったかもしれないが、それもすべて、ジウの想定内だったわけだ。ジウのよみ通り勝手に村を抜け出してリンを探しに来たタックだが、三日共に山道を歩いてみて分かったことは、彼は本当に勢いだけだということだ。村を出てからのことは何も考えていなかったらしい。ほぼ丸腰で火族の男二人に飛び掛かったときは肝が冷えた。たまたまモナがいたからよかったようなものを。
「リンちゃんは捕えられた後、北へ運ばれました。グルタグに連れていかれたのは、まず間違いないでしょう」
「じゃぁ……」
「グルタグでどんな処遇になってるかまでは知りません。ただまぁ、少なくとも、ここで殺された事実はありません」
よかった……。
聞きたくないと思いながらも、つい求めてしまう。リンは、あの子は今どこで何をしているだろう。今はただあの子の笑顔を信じるしかない。たとえ敵地に連れ去られたという絶望的な状況であってもだ。希望があるうちはまだ立つことができる。
「ありがとう」
「僕は何もしていませんよ、ただスパイとして当然のことをしたまでです」
どうだろうか、スパイは、雇い主以外にこんなにいろいろ話していいものなのだろうか、見方によっては、これはノクのモナに対する優しさとも言えるのではないだろうか。
「ノク君……」
「今はノイックです」
「ノイック君」
「なんですか?」
手伝って……とは言えなかった。
彼はもう十分手伝ってくれている。彼のできる範囲で最善を尽くしてくれている。
「もう行く」
「どちらへ?」
「グルタグ」
決まっている。モナが行くべき場所は一つしかないのだ。リンのところ。それがグルタグだというのなら、モナには休んでいる暇はない。
「それは、ちょっと待った方がいいかもしれません」
ノイックはどこから取り出したのか、一枚の紙を差し出してきた。水が少ない地域や、技術を持たない国では、紙は高級品だ。月の光が紙の繊維に反射してモナの顔を照らした。
「これは?」
差し出された紙を受け取りながらも、ノイックにその内容を尋ねたのは、モナにはその紙に書かれている文字が読めなかったからだ。世間一般で使われているルトー文字じゃない。
「ナゴタ王ガジータからの命令書です」
「なぜそんなものを?」
「そろそろくる頃だろうと思って、グルタグからの使者を待ち伏せしていたんです」
ノイックは自然な笑みを浮かべる。でも、その笑みが作り笑いであることが、幼い頃の彼を知るモナには分かってしまう。しかし、モナに分かるのはそこまでだ。ノイックがどんな気持ちで、どんな事を考えて、何をしようとしているのかまでは分かってあげることができない。
「そこには、もう一度ナリ村を攻めろと書いてあります」
「!」
もう一度火族は攻めてくる、頭のどこかでは確信していた。それでも、三日四日と過ぎていくうちに、もしかしたらもう攻めてこないんじゃないかと淡い希望も芽生え始めていた。
「今、この文書は僕の手元にありますから、ここの軍隊が腰を上げることはないでしょう」
そうだ。命令が伝わらなければ、大丈夫ではないか。ここにいる軍隊から判断を仰ぐ催促の手紙さえグルタグに送らなければ、このことがばれることもない。
「そして、こうも書いてあります。ナゴタ国王ガジータ直々に戦地に赴くと」
「それってどういう……」
「言葉通りの意味ですよ。国王がこっちに到着する 日後にはいやがおうにも戦は始まってしまいます」
「そんな……」
村人のみんなに知らせなければいけない。 日後に攻めてくると、知らせたところでどうにもならないかもしれないが、それでも、何かしらの、主に心の準備ができるかもしれなじゃないか。それに、村にはナナとルルもいる。
「分かった、村に戻る」
村に戻って、このことを知らせて、で、そこから再度出発したらグルタグに到着するのはいつになってしまうんだろう。村に戻らずこのままリンを探しに行った方がいいんじゃないのだろうか。いや、でも……。でも、もしモナが村に戻ってナゴタの再襲撃を伝えることで一つでも救われる命があるのなら。もしそれが、ルルやナナ、巨木の命だとしたら。
「大丈夫ですよ、モナさん」
ノクはモナの葛藤を知ってか知らずか、優しい声で言った。
「村へは僕の仲間が行ってくれています。だから」
小さな葉が寄りかかっている木からひらひらと舞い落ちてきた。
「だから、僕に協力してください」
赤い髪を肩まで伸ばした男が報告した。
しかし、これは虚偽の報告だ。三人は、生きているかどうかまでは分からないが、少なくともノイックは殺していない。
「ご苦労だった、ノイック。他の二人は」
ぼろい灰色の天幕の中で椅子に見立てた板切れに腰かけたサンバルド将軍は尚もしかめつらのままだ。
「二人とも、自分で放った炎によって起きた火事により焼死。浅はかな判断でした。私は止めたのですが……」
これだから、火族は短気で困るだなんてぼやきをノイックはしない。彼らが自滅しなければ、ノイックが殺していたのだから。
「時間もそうだが、ずいぶんと手こずったな」
「ここの近くで争っては、もしものとき不都合かと。あと、風族の少年が思いのほか厄介でした」
あの風族の少年が、もう少し早くあの部屋に入っていれば、また違ったことになっていたかもしれない。
「もういい、下がれ」
「はっ」
ノイックは、サンバルドに言われるままに天幕を後にした。
向かう先は、宿営地から少し外れた森の奥。誰にも見られていないことを確認しながら、歩みを進めた。
しばらく歩いて、ノイックは、木の幹に背を持たれかけている女性を見つけた。お目当ての女性だ。
「調子はどうですか、モナさん」
報告とやらが終わったらしい。ノクが戻ってきた。火族に扮するために染めているのは理屈では分かっているが、やっぱり、小さい頃のノクを知っている身としては、赤髪をしている彼は違和感がある。それに、赤という色もいけないのだろう。火族を連想してしまう自分がいる。
「そこそこ」
モナはノクの質問に素っ気ない口調で応じた。
「助けてあげたのに、つれないですね」
「……ノク君は、兄としてタック君を助けてあげるべきだった」
「たまたまですよ、モナさんの方が近くにいたからたまたま」
「冷たいのね」
ノイックは応える代わりに大げさに肩をすくめて見せた。モナの隣に腰かけてくる。モナもそれにつられて腰を落とした。
「たまたまですよ、ほんとたまたま」
ノクは人畜無害そうな笑顔で同じ言葉を重ねると、星空を見上げた。
「この後はどうするつもりですか?」
「リンを見つけないと。あと、タック君のこと頼まれてるから」
モナは村を出るとき、村長であり、タックの祖父でもあるジウに、タックを頼まれている。それこそ、彼はこっそり村を抜けたつもりだったかもしれないが、それもすべて、ジウの想定内だったわけだ。ジウのよみ通り勝手に村を抜け出してリンを探しに来たタックだが、三日共に山道を歩いてみて分かったことは、彼は本当に勢いだけだということだ。村を出てからのことは何も考えていなかったらしい。ほぼ丸腰で火族の男二人に飛び掛かったときは肝が冷えた。たまたまモナがいたからよかったようなものを。
「リンちゃんは捕えられた後、北へ運ばれました。グルタグに連れていかれたのは、まず間違いないでしょう」
「じゃぁ……」
「グルタグでどんな処遇になってるかまでは知りません。ただまぁ、少なくとも、ここで殺された事実はありません」
よかった……。
聞きたくないと思いながらも、つい求めてしまう。リンは、あの子は今どこで何をしているだろう。今はただあの子の笑顔を信じるしかない。たとえ敵地に連れ去られたという絶望的な状況であってもだ。希望があるうちはまだ立つことができる。
「ありがとう」
「僕は何もしていませんよ、ただスパイとして当然のことをしたまでです」
どうだろうか、スパイは、雇い主以外にこんなにいろいろ話していいものなのだろうか、見方によっては、これはノクのモナに対する優しさとも言えるのではないだろうか。
「ノク君……」
「今はノイックです」
「ノイック君」
「なんですか?」
手伝って……とは言えなかった。
彼はもう十分手伝ってくれている。彼のできる範囲で最善を尽くしてくれている。
「もう行く」
「どちらへ?」
「グルタグ」
決まっている。モナが行くべき場所は一つしかないのだ。リンのところ。それがグルタグだというのなら、モナには休んでいる暇はない。
「それは、ちょっと待った方がいいかもしれません」
ノイックはどこから取り出したのか、一枚の紙を差し出してきた。水が少ない地域や、技術を持たない国では、紙は高級品だ。月の光が紙の繊維に反射してモナの顔を照らした。
「これは?」
差し出された紙を受け取りながらも、ノイックにその内容を尋ねたのは、モナにはその紙に書かれている文字が読めなかったからだ。世間一般で使われているルトー文字じゃない。
「ナゴタ王ガジータからの命令書です」
「なぜそんなものを?」
「そろそろくる頃だろうと思って、グルタグからの使者を待ち伏せしていたんです」
ノイックは自然な笑みを浮かべる。でも、その笑みが作り笑いであることが、幼い頃の彼を知るモナには分かってしまう。しかし、モナに分かるのはそこまでだ。ノイックがどんな気持ちで、どんな事を考えて、何をしようとしているのかまでは分かってあげることができない。
「そこには、もう一度ナリ村を攻めろと書いてあります」
「!」
もう一度火族は攻めてくる、頭のどこかでは確信していた。それでも、三日四日と過ぎていくうちに、もしかしたらもう攻めてこないんじゃないかと淡い希望も芽生え始めていた。
「今、この文書は僕の手元にありますから、ここの軍隊が腰を上げることはないでしょう」
そうだ。命令が伝わらなければ、大丈夫ではないか。ここにいる軍隊から判断を仰ぐ催促の手紙さえグルタグに送らなければ、このことがばれることもない。
「そして、こうも書いてあります。ナゴタ国王ガジータ直々に戦地に赴くと」
「それってどういう……」
「言葉通りの意味ですよ。国王がこっちに到着する 日後にはいやがおうにも戦は始まってしまいます」
「そんな……」
村人のみんなに知らせなければいけない。 日後に攻めてくると、知らせたところでどうにもならないかもしれないが、それでも、何かしらの、主に心の準備ができるかもしれなじゃないか。それに、村にはナナとルルもいる。
「分かった、村に戻る」
村に戻って、このことを知らせて、で、そこから再度出発したらグルタグに到着するのはいつになってしまうんだろう。村に戻らずこのままリンを探しに行った方がいいんじゃないのだろうか。いや、でも……。でも、もしモナが村に戻ってナゴタの再襲撃を伝えることで一つでも救われる命があるのなら。もしそれが、ルルやナナ、巨木の命だとしたら。
「大丈夫ですよ、モナさん」
ノクはモナの葛藤を知ってか知らずか、優しい声で言った。
「村へは僕の仲間が行ってくれています。だから」
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