婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ

第三部

王としての資格

「なぜだ……なぜ、私たちの邪魔をする！？」

　首元に刀を当てられた状態で奴は叫んだ。
　それを御館様はただ冷たい眼で見ています。

「なぜも何もなかろう。貴様らが触れたのは竜よりも恐ろしい者の逆鱗。故に、こうして地に伏しているのだろう」

「何が竜よりも恐ろしいだ！　ただの小娘ごときに怯えるなどおかしいだろ！　奴はいつも、いつも俺の邪魔をする！」

　誰のことを言っているのでしょう？　
　此度の戦争を止めようとしているのは姫君の平穏を守るため。
　けしかけてきたのはそちらではないでしょうか。

「いい加減現実を見ろ。与えられた力を過信し己を鍛えることすらなかった貴様が、何かを成し遂げられるわけがないだろう」

「黙れ黙れ黙れ黙れ！」

「それよりもだ。もう良いだろう。貴様らのような過去の存在が未練がましく何かを為そうなど、そもそもが無理だったのだ」

「なっ！？　なぜそれをっ！？」

「全て聞き及んでいる。かの姫の兄だったのだろう。貴様の時代でも、姫は変わらず誰かのために行動していたと聞く。常に周囲のことを考え、誰よりも高潔であったと。その点、貴様はおそらくそのころから無能だったのだろうな。全てを姫に押し付け、豪遊三昧。姫がいなくなれば何もできないくせに、姫の力を認めようとはせず、何もかもを姫のせいとし、逃げるばかり。そのような人間が世界を支配？　人間の頂点？　ははっ、反吐が出るわ！」

　御館様が一喝。
　声が響き兵士たちの動きが止まりました。
　注目が二人へと集まります。
　誰もが御館様の声に耳を傾けました。

「たかが矮小な人間ごときに世界が支配などできるはずもない。だからこそ我ら人間は互いに手を取り、互いを尊重し、互いを守るのだ。その上に立つのが王だ。国を守り民を守る。その志の下、我らは常に強くあらねばならん。弱者が上に立つなどそんなバカげた話が許されるものか。弱者のままであるのならば、そのまま這いつくばっていろ。王が誰かに責を擦り付けるのも言語道断。自らの犯した罪は自らの手で贖わねばならん。だからこそ、俺も貴様のような弱者に負けた責を償うのだ。そのために俺は王になる。民を守るために、国を統治する。王としてあるために、そのために俺は常に強者であり続けるのだ」

　御館様の覚悟が伝わってきます。
　気づくと私の目からは涙が溢れてきていました。
　私は知っています。御館様がこれまでどれだけ血反吐を吐いてきたのか。
　やるせない思いを胸に抱え、これまで歩み続けてきたのかを。
　だからこそ、我らオダ家に仕える志士はシンジロウ様をお支えするのです。
　彼の方の側で、彼の方が作る景色を見せてもらうために。

「俺は……俺は……」

「貴様の始末は俺に任されている。最後に姫から伝言を預かっている。それだけ伝えよう」

「奴が、今さら何を」

「『お兄様、私たちは過去の人間。今の時代には不要な存在です。彼らの行く末を見届けることが私たちの最後のお仕事です。さようなら。安らかにお眠りください』とな」

「はっ。いかにもあいつの言いそうなことだ」

　御館様が刀を振り下ろしました。
　彼が最後に見せた表情は、とても穏やかでした……。