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第三部
悪意
しおりを挟む「――――ミチヒコ様! ミチヒコ様!」
騒々しく私を呼ぶ声がする。
やかましいにもほどがある。
優雅に茶を嗜んでいるというのに。
アケチ家の当主というのは存外忙しいものだ。
休む間もないとはな。
「何事だ」
「はっ。聖魔の森侵攻準備、整いつつあります」
「その程度の事で騒ぎ立てるでない」
「失礼いたしました。しかし、早急にお伝えせねばならぬことがございます」
「なんだ」
「……聖魔の森にて、オダ家の残党を目にしたと魔法士部隊からの報告がありました。聖樹を監視している老魔導士様の言では、オダ家が集結しているとのこと。いかがいたしましょう?」
「オダ家だと? 今さら何をしているか知らんが、侵攻計画に変更はない。我々は聖魔の森を越え、世界へと進出するのだ。敗者に構っている暇はない。……そんなことより、新魔法の方はどうだ?」
此度の計画に欠かせない、支配魔法の完成。
それ如何によって計画の成否が大きく変化するのだ。
何せ、あの神獣を完全に支配下に置くための魔法であるからな。
「はっ……それなのですが、9割方完成してはおりますが……」
「はっきりとせよ」
「孤児院にいたヒデヨシという少年を主軸に据え、魔法は完成するはずでした。しかし、何者かによってヒデヨシが連れ去られてしまい……不完全ではありますが、魔法が使えないことはありません」
「ふむ……我らの計画を邪魔する何者かの仕業か。その連れ去った人間を見たものは?」
「ヒデヨシの捕獲に向かった部下が数名見たそうですが、何とも曖昧な記憶で……メイド服を着ていたとしか……」
「メイド服だと? 使用人如きにしてやられたと言うのか!?」
「も、申し訳ありません!」
「もうよい。下がれ」
「はっ!」
まったく使えない奴らだ。
いっそ今すぐその首を落としてやらないだけ、感謝してほしいものだな。
「これはこれは。荒れておるなぁ」
「老魔導士殿。いかがされた?」
「少し話に来ただけよ。先ほども報告があったように支配魔法は完成寸前で止まっておる」
「そのようですね。計画に支障はありませんが、それでも成功率に影響は及ぶでしょう」
「少年が確保できなかったことにそう問題あるまい。主軸に据えるに丁度良かったというだけの事。いないのであれば他で賄えばよい」
「可能なのですか?」
「もちろん。ただあの少年が都合が良かっただけじゃ。魔力を持つ者であればだれでもよい」
「それはそれは。では、誰か魔力持ちの人間を手配しましょう」
「うむ。魔力量の多いものを頼む」
「かしこまりました」
話が終わると早々に消える。
かの老魔導士は相変わらず神出鬼没である。
しかし、我らがこうして生きていられるのもかの方のおかげだ。
その恩に報いるのは当然である。
私は人から受けた恩を忘れたことはない。そしてそれを返すこともな。
――――育ててやった恩を忘れた、どこぞの娘と違って、な。
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