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第二部
*カナリア視点 (4)
しおりを挟む「……何よ、その犬。そんなのが一体なんだって言うのよっ!」
自分でもわかるくらい動揺している。
それくらいあの犬の正体はまずい。
しかし、聞きたくないとは思っても聞かないといけない気がする。
周囲もようやく気が付いたのか、それとも私の動揺が伝播しているのか、ざわめきが大きくなっていった。
「いい加減目を逸らすのはやめなさい。自分でもわかっているのでしょう?」
「うるさいっ! そんなはずはない。お姉様がそんな……。ありえない!」
「現実を受け入れなさい。あなたの目の前にあるものが真実よ。それでも認めたくないというのなら教えてあげる。この子は――」
「いやっ! 聞きたくない! そんなものあたしは知らない!」
「……。この子はヴィル。まだ小さくて子供だけど歴とした神獣ヴィトニルよ。違う国ではフェンリルと呼ばれているそうよ。私はこの子と契約した。もうあなたの呪いは効かない。諦めて罰を受けなさい」
あの女が神獣と言ったことで、周囲の兵士たちは顔を青くした。
そうよね。神獣なんて遭遇するような存在ではないもの。
それがこんな目の前にいるなんて。しかもこれから自分たちが捕縛しようとした相手と契約しているなんて。
そして神獣は魂の綺麗な人間としか契約しない。
そう言われている。ここ数百年契約者なんていなかったから想像でしかない。
しかし、こうして目の前にいるんだ。ここにいる全員理解したことだろう。
どちらが正しかったのか。誰の言葉を信じるべきなのかを。
そうなると兵士たちの中では疑問の声が上がる。
私を見る目には猜疑心がたっぷりと込められている。
――ある一人を除いて。
「何をバカなことを言っている。神獣だと? 貴様がそのようなものと契約などできるはずもないだろう。そんなことより、兵士たちよ。あそこにいる偽聖女を捕らえよ。無防備にも我らの前に現れたのだ。今が好機だ」
本当にこの無能は。
あれを見て何も感じないとか無能にもほどがある。
どうしてこんなのが王子なんてやっているのだろうか。
兵士たちは王子の命令だとしても動かない。
彼らはもうあの女を捕らえることはない。むしろ捕まるのは私たちの方だ。
無能がバカやっている間にここから逃げる方法を考えなくては。
魔導士も同じことを考えているみたいだ。
「何をしている。私の命令に背く気か。不敬で罰するぞ!」
「……殿下。馬鹿なことはおやめください。あれは本物です。あの存在感と神聖な気配、まさしく神獣です。我らは膝をつき祈るのが先決です」
「……貴様もか、将軍。あれが神獣などとそのようなことを申すか。馬鹿馬鹿しい。神獣など本当に存在するはずがない。あのような世迷言に惑わされるなんてな。もうよい。私自ら手を下そう」
そう言うとあの無能は懐から金の笛を取り出した。
あれは王家の秘宝。また持ち出してきたのか。
笛の音によってサンドリオンを囲む砂漠に生息する魔獣ワームを操ることができる。
これがあるからこそ、サンドリオンは砂漠に大国を築くことができたと言える。
「覚悟せよ、偽聖女。今さら後悔してももう遅いぞ」
王子が笛を吹いた。音は聞こえない。
この笛はワームにしか聞こえない音を発する。
少しして、地揺れが起こった。だんだんと大きくなり何かが近づいてくる気配。
あの女たちの周囲が山のように盛り上がり、十数匹のワームが現れた。
さすがにこれは呼びすぎではないかしら。私たちにも被害が出る恐れがある。
それをあの無能王子は分かっていない。
「……殿下。王家の秘宝の無断使用、前回もそうですがこれはさすがにまずいですよ。それをわかっていらっしゃいますか?」
「何を言っている。王族の私が秘宝を使用して何が悪いものか。そのような言葉で惑わされる私ではないぞ」
「……はぁ」
さすがにあちらも呆れている。
あの女も王子がここまで無能だとは思っていなかったらしい。
「もう命乞いをしても遅いからな!」
「……さすがにこの数は。周囲の被害を考慮しなければ俺が」
「いえ、それはダメです。彼らはある意味被害者です。彼らに危害を加えることは認められません」
自分を捕縛しようとしていた連中に対して言う言葉じゃない。
そういうところが嫌いなのよ。
まあ、このままワームに食われるのであればそれはそれで。
私としては悪くはないかも。
――突然強い風が吹いた。
巻き上がった砂のせいで目を開けられない。
急に何が。この国でこんな風が吹くなんて今までは。
「――――随分と面白いことをなさっていますね。私も混ぜていただけないでしょうか」
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