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第二部
狂気 *別視点
しおりを挟む「――まだ見つからないのっ!?!!」
投げられた花瓶は壁まで飛んでいき、大きな音を立てて床に散乱する。
花瓶を投げたのは陰謀を巡らせ「聖女」の座を姉から奪った女――カナリア。
その顔からは憤怒や憎悪、そして焦燥感を感じさせる。
「も、目下捜索中とのことです。しかし捜索隊の見解ではもうこの国にはいないのではないかと……」
逃げた姉を捕まえるため捜索隊として多くの騎士を動員しているが未だ影すら掴むことができていない。
カナリアはその状況に焦りを感じているのだろう。
報告に来た男はそのカナリアの八つ当たりを受けている。
そんな男の表情は恐怖と緊張感で硬い。
「……黙れ。どんな手を使ってでもあの女を見つけ出し捕まえなさい。絶対に殺してはダメよ。死ぬまであたしが飼殺すのだから」
そう言ったカナリアの表情は狂気に染まっており、どう見ても聖女とは言い難いものであった。
「はっ。しかし、なぜ逃げた偽聖女を捕らえるのでしょうか。力のない偽物を生かして捕らえたところで――」
「ねぇ。そんなことを聞いて何か意味はあるのかしら?」
「っ!? も、申し訳ございませんっ!!」
「あたしが生け捕りにしろって言っているのよ。だったらあんたは何の疑問も持たず聖女であるあたしの命令に素直に従っていればいいの。……次変なこと言ったら、その首落とすわ。わかった?」
「は、はっ!! し、失礼、します!!」
男は逃げるように部屋を飛び出していった。
部屋に残ったのはカナリア一人。
ため息を一つこぼし呟く。
「はぁ……くそっ。だんだん魔法が使えなくなってきたわ。早くあの女を見つけないとまずいことに。まったく、どこに逃げたのかしら。あんな状況で逃げられるなんて」
「――そうですなぁ。まさかあの状況で逃げられるとは思いませんでしたとも」
カナリアの後ろからしわがれた男の声。
そこには怪しげなローブを纏った小柄な男が立っていた。
カナリアは振り返ることなく男に尋ねる。
「それで? あの女は見つかったの? 騎士は役に立たないわ。あんたの魔法でどうにかしなさいよ」
「ほっほっほ。これはまた酷なことを。わしの魔法も万能ではないのですぞ」
「御託を並べている暇があったら仕事をしなさい。この計画が失敗したらあんたもただじゃすまないのよ」
「確かに、あなた様の言う通りですな。この計画に失敗は許されないのです。あなたは聖女という地位を手に入れ、私は精霊の力を手にする。お互いに利害が一致しているからこその協力関係。なれば、わしも少しは働くとしましょう」
「どうでもいいから、早くあの女を見つけなさい。これ以上時間がかかってはあたしは魔法が完全に使えなくなるわ」
「そうですな。……とは言っても、巫女の居場所であれば見当はついているのです」
「なんですって?」
ここで初めてカナリアが興味を示す。
男は魔法で大陸の簡易的な地図を投射した。
その地図には大陸に存在する国の国境線と国名、地名のみ書かれていた。
「見てわかる通りこれは地図です。そしてわしらがいるサンドリオンがこの赤い点。
ここから下、方角で言うと東に進み砂漠を越えると帝国。そしてクィンサス王国。そのさらに遥か東に行くと、かの有名な『聖魔の森』です。おそらくこの森にいるでしょう」
男が投射した地図を指さし、段々と下に動かしていくつかの国を越えた先。
実際の距離を想像してカナリアは絶句した。
「……ば、バカなこと言わないでよ。一体どれほどの距離があると思っているの? それにどうしてそんな森に」
「簡単なことです。『光の巫女』とは言い換えれば愛し子。つまり精霊に愛された存在。そしてあのとき起きたのはおそらく精霊による奇跡の行使。精霊が愛し子の願いを叶えたのです。大方、あの場にいた愛し子の仲間たちを助けてほしいと願ったのでしょう。その結果、あの森まで転移したと考えられます」
「納得いかないわ。確かにあの女ならそう願うのは想像に難くない。でも、だからと言ってどうして『聖魔の森』に転移するってことになるのよ。精霊がそこまで手を貸したって言うこと?」
「精霊が愛し子を助けるのは当然のこと。それにあの森には精霊の王が住まうという伝承があります。繋がりはあるでしょう。しかし、助けてほしいと願ってあの森に転移……確かにこれは不可解ですな」
「まあ、いいわ。あの女の居場所が分かっただけ良しとしましょう。あんたはあんたでいろいろ調べておきなさい。あたしはあたしで準備するから」
そう言い残してカナリアは部屋をでる。
薄っすらと見えた笑った顔は酷く歪んでおり、まるで悪魔のようだと男は思った。
「ふむ。相変わらず人使いの荒いお方だ。まあいいでしょう。わしも気になることがありますからな。さて、どうなることやら」
呟いた言葉は部屋の中で木霊し、男の姿は夜の闇に溶け込んでいった――――。
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