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第二部

アリアの事情

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「……すみませんでした。少し現実逃避を」

 アリアさんがそう言って紅茶を飲みました。
 しかしその手は震えていました。
 そんなにショックだったのでしょうか。

「お嬢様、これが普通の人間の反応なのです。転移した先が聖魔の森でしかも聖域とか。思考停止するのが普通なのです」

「むっ。それは私が変だとでも言いたいのかしら?」

「おや? 今さらですか?」

「……ミシェル、最近なんだか私の扱いが酷くなってきているのは気のせい?」

「そんなことありませんよ。これも私の深い深い愛ゆえ。……この前のあれはまさに事件でしたね」

「小声で言っているつもりだろうけど、聞こえていますよ。ちゃんと反省したじゃないですか」

 私は唇を尖らせ抗議しつつ、この前の一件を思い返します。
 特に何も事件なんて。動物さんたちがひっくり返ってたくらいじゃない。
 私何も悪いことなんて。

「反省の色が見えませんね。――――またお説教しますか?」

「! い、いえ、大丈夫よぉ……」

 今のミシェル少し怖かったですわ。
 なんだか体が一瞬震えたもの。

「――ふふっ」

 小さく笑った声が聞こえた。
 視線を向けるとアリアさんが口に手を当てて笑っていました。

「あっ。ご、ごめんなさい。つい……」

「いえ、大丈夫ですよ。思いつめたお顔よりそうして笑っている方が素敵ですよ」

「お、お嬢様!? 私以外の女性を口説くとは何事ですか! 浮気ですか!?」

「……はあ。少しは空気を読みなさいっ!」

 どうしてこんな時に限って変なことを言うのかしら。
 アリアさんはキョトンとした後にまた笑っていました。

「お二人はとても仲良しなのですね。主従関係というよりは友人のような。なんだか羨ましいです」

 そう言ってアリアさんのお顔はまた曇りました。
 何かを抱えているのは間違いないですね。

「アリアさん。不躾かもしれませんが、あなたの事情をお聞かせください」

「……そうですね。全てお話しすると言いましたし。つまらない話ですが、それでも良ければ」

「構いません」

「では――」

 一度深呼吸をしてから、アリアさんは話し始めました。



 ◇◇◇



 先ほどもお話ししていた通り、私はここより彼方西の方にある砂漠地帯。
 その地に建国された砂の大国サンドリオン侯爵令嬢として生まれ育ってきました。
 しかし、私は普通の生活をしていたわけではありません。

 幼い頃、怪我をした子犬を助けたときに無意識ですが治癒魔法を使いました。
 それが父の目に止まり、神殿に連れられてある検査を受けました。
 その結果光の治癒と結界の魔法を使えることがわかったのです。
 サンドリオンでは、この二つを使える者は聖女として扱われます。
 聖女として認定された私は、幼いながらも家を離れ神殿で教育を受けました。

 その過程で聖女としての仕事もしました。
 怪我人や病人の治癒。国を守る結界の維持。これをひたすら毎日。
 私に自由はありませんでした。

 そして聖女は王族と結婚することを義務付けられたのです。
 私も例外なく第一王子と婚約させられました。
 私が十八になったら結婚、それまでは聖女の役目を全うしろと変化のない毎日を過ごしていました。

 そんなある日、双子の妹が神殿に来ました。
 どういうわけか妹は治癒魔法と結界魔法を使うことができると言いました。
 そして実際に使っているのをこの目で見ました。
 そんなはずありません。光の治癒、結界を使うことができる聖女は一人しか生まれないはずだからです。

 神官たちもおかしいとは思っていましたが、実際に使えることができたので妹も聖女として認定されました。
 妹と二人で聖女の仕事をするのかと思ったら、妹は何をするでもなくただ遊んでいました。
 教育を受けることもなくです。なぜそれが許されているのか私には理解できませんでした。
 結局私は相変わらず一人で働き続けました。

 それからです。
 いや、妹が来てからと言った方がいいかもしれません。
 魔法が使えなくなることが増えてきました。
 魔力はある。詠唱も陣も間違っていない。なのに発動しない。
 最初は単なる不調だと思いました。
 しかし違和感は段々と大きくなり、最終的には魔法が一切使えなくなりました。

 さすがにおかしいと思い神官に相談もしましたが、聞く耳を持ってくれませんでした。
 そうして私のことが国民に広まり、その不満は全て私の元に。
 押し寄せて来る国民たち。何も言えない私。
 そんなとき妹がやってきました。
 妹は国民たちの前で私にこう言いました。

『人から奪った力で調子に乗った罰が当たったのよ。偽物は引っ込んでなさい』

 そう言って妹は治癒魔法を使い、国民たちを癒していきました。
 その事実は瞬く間に広まりました。
 妹は聖女として称えられ、私は「偽聖女」の汚名を着せられました。

 私は聖女を騙ったとされ、罪人として投獄されました。



 ◇◇◇


「――そんな私を命がけで救ってくれたのが彼らなのです。私の護衛で付き人でもあった神殿騎士たち。彼らのおかげで私は……」

 アリアさんは瞳に涙を溜めつつも最後まで話してくれました。
 投獄されていたにしてはきれいな格好をしていると思ったが、騎士たちが用意してくれたそうです。
 ち、ちょっと、破廉恥じゃないですか? 肌の露出が多いですし。
 ミシェルが言うには彼の国の民族衣装だと。踊り子風ですね、ってどういうこと?

「なかなか大変な目にあってきたようですね。私はアリアさんのお国についての知識がないのでわからないことが多いですが、それだけは分かります」

 ミシェルが後ろで何か用意していますね。
 あれは……本? タイトルには「サンドリオンの歴史」と。
 私が分からないと言ったから? 万能メイドにもほどがありますよ。

「いえ、大して有名というわけでもないですし、帝国や王国に比べれば小さい国ですので」

 そう言ってアリアさんは自嘲気味に笑う。
 その笑顔はあまり好ましくありませんね。
 これからどうするのか聞きましょう――――気の抜ける声が聞こえました。

『ふぁ~ぁあ。ミシェル~。お腹減ったから何か――あら、「」がどうしてこんなところに? それに何よそれ。気持ち悪いまでかけられて』

「「「……………………」」」

 ティア、今なんと……?





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