婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ

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 ――生まれたときから『私』という存在を自覚していた。

 この聖なる樹の下に生まれ、『私』は管理者となった。
 存在する理由も、なぜという疑問も、そうする理由も知らない。
 ただ、そうあるべき存在として『私』は理解していた。

 いや、考えることを放棄したのかもしれない。
 無限に続く時を生きる『私』にとって存在の意味など必要なかったから。
 そうすることが『私』の役目だった。
 そうあることが『私』だった。

 そんな不変の時を数百年を過ごしていた。
 寂しいなんてことはない。そんな感情は知らないから。
 そも、人間のような感情が『私』の中にはないから。
 そう思っていたある日、一人の少女が『私』の前に現れた。

 初めてだった。
『私』の下に人が来るなんて。
 どうしていいかわからなかった。
 こんなこと、『私』にとってはイレギュラーだから。

 戸惑っている『私』に彼女は言った。

『こんなところに一人で退屈じゃない? 暇なら私と遊びましょう』

 退屈? 暇? 遊ぶ? 
『私』の知らないものだ。
 そんなこと言われたって答えることはできない。
 それに『私』は管理者だから。

『知らない? 知らないのならこれから知って行けばいいじゃない! ほら、行きましょう』

 そう言って彼女は『私』の手を引いていく。
『私』を連れて自由気ままに動き回る。
『私』の知らないものを与えてくれる。

 楽しい嬉しい悲しい悔しい……『私』の中に感情が生まれる。
『私』という存在に変化が起きた。
 もっといろいろなことを知りたいと思った。自分から何かをしたいと思うようになった。

 今まではただ与えられた役目を果たすだけだった。
 今の『私』はまるで違う何かに生まれ変わったかのようだった。

 気が付けば『あたし』は彼女と契約していた。
 もっと彼女の側にいたいと、もっと彼女と一緒に居たいと願った。
『あたし』が生まれてから初めてのわがままだった。

 それからは彼女と共に多くのことを知った。
 人間の優しさや愛しさだけでなく、醜さや狡猾さなどの汚い一面も知った。
 その一面もまた人間の持ち味だと彼女は言った。
『あたし』たちにはない性質だと思った。

 それでも彼女との日々は楽しかった。
 何年たっても変わらず自由人な彼女は『あたし』にとって大切な存在になっていた。






 しかし。
 そんな日々は唐突に終わりを告げた。

 管理者である『私』がいない森で事件が起きた。
 聖なる樹の聖域を人間たちの手によって。

 彼の地を支配下に置こうとした人間がいた。
 聖なる樹を伐採して森を蹂躙していった。

『私』はすぐに戻った。
 森を守らなければならない。
 ましてや、自分の犯した過ちのせいでこうなったのだ。
『私』が何かを求めてしまったせいで起きた。
『私』がどうにかしなければならない。

 狡猾な人間たちは森に住まう生き物、精霊たちを人質にした。
 森を明け渡せと。
 従うしかなかった。彼らを守るためには言う通りにしなくてはならない。

 しかし、そこに彼女が来た。
 あの時別れたはずなのに、彼女を置いてきた『私』を追いかけてきた。
 無関係な彼女を巻き込みたくはなかったのに。
 どうして彼女は来てしまったのか。私にはわからなかった。

『そんなもの決まってるじゃない。友達を助けるのは当然よ。だから一人で背負わないで』

 彼女はそう言った。
 友達。人間たちの関係性を指す言葉。
『私』と彼女が友達。
 嬉しかった。こんな『私』をそう呼んでくれて嬉しかった。

 彼女は戦った。
 手を出せない『私』の代わりに一人で戦った。
 結果は彼女の勝ち。いや、勝ちと言っていいのかわからない。

 彼女は『私』たちを守って、『私』たちのために死んだ。

 何もできなかった。
 何もできなかった『私』が悔しかった。
 そんな『私』が――――――。

 それからまた前のように管理者として過ごす。
 退屈で憂鬱で、何よりも寂しい一人の時間。
 長い長い一人ぼっちの日々。

『私』は知ってしまったから。
 楽しいも悲しいも寂しいも嬉しいも。
 彼女がいなくなっても感情というものは『私』の中で渦巻いている。
 消えることはない。
 だから、隠すことにした。心の奥底に。
 感情を失くし、ただそうあるべき存在となった『私』は。

 ――前よりも、いや、前以上に、長い時を過ごした。

 そんな『私』の日々はまた終わりを迎えた。

『私』の前に二人の少女が現れた。
 たくさんの動物や魔物たちに囲まれながら、楽しそうな笑顔で。

 一目見てわかった。
 彼女と同じ魂のカタチ。
 彼女はまた『あたし』の前に来てくれた。

 同じように自分勝手で自由気まま。
 しかし、今度はこの森に住むと言った。

 それならずっと一緒に居られる。
 彼女の側で、離れることなく『あたし』は笑っていられる。
『あたし』はまた、感情を取り戻した。

 そして誓った。
 今度は間違えない。絶対に。

 ――彼女と共にあり続けるために。





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