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番外
ある冒険者は語る
しおりを挟む「おいっ! 大丈夫か!?」
「……ここは?」
「聖霊樹の森の外だ。よく無事に帰ってきてくれた」
俺は確か……。
そうか。やはりあれは夢ではなかったか。
俺はニルフの街の冒険者だ。
聖霊樹の森にある聖樹という木の枝が最上級の霊薬の素材になるらしい。
それを知ったある貴族からの依頼で聖霊樹の森にやってきたんだったな。
聖霊樹の森を挟んだ反対にはガッフという街があるそうだが本当なのだろうか。
何百年もこの森を抜けて反対側に到達したものはいないと聞く。
そんなことより、俺ははぐれていた仲間たちに状況を教えてもらわなければ。
どうやら皆無事なようだが、あれからどうしていたか知りたい。
「お前たちも無事で何よりだ。あれからどうしたんだ?」
「……すまない。魔物の囮となったお前をおいて一度森を出たんだ。怪我をしたやつもいたし、街で癒してもらっていた。そのあとはすぐにお前を助けるためにギルドで仲間を募っていた。しかし、結果としてお前を見捨てる形になってしまった。本当にすまない」
そう言って皆が俺に頭を下げた。
「気にすることはない。あれは見たこともない魔物だったし、怪我人もいた。誰かがおいつを引き付けないといけなかった。お前の判断は間違ってないよ。こうして俺も戻ってこれたんだ。そういうのはやめてくれ」
「ああ……。ありがとう。本当に、無事でよかった」
涙を流しながらそう言う仲間に苦笑する。
誰よりも責任感が強く仲間想いの奴だ。仕方ないか。
「それはそうと、お前はどうやって戻ってきたんだ? なんだかこの森に来た時よりもいい顔をしているし、俺たちよりもきれいになっている気がする。何があったんだ?」
「……それを話すのは少し長くなる。一度ニルフに戻ろう。そこでゆっくりと聞かせてやるよ。俺が見た美しい女神さまの話をな」
何を言っているんだ? そんな表情を浮かべる仲間を見て、自嘲する。
自分でも何を言っているんだと思う。
しかし、そうとし表現できないのだから仕方ない。
ニルフに戻り、仲間たちと宿に戻った俺は、不思議そうな顔をして待っている仲間たちに俺が体験したことを話す。
……そうだな。こう前置きするとしよう。
――これは何よりも穏やかで平和で不思議な時間。金髪紅眼の女神さまと出会った話だ。
◇◇◇
「クソっ」
俺はひたすら走り続けていた。
見たこともない魔物から逃げ、生き延びるために。
あれは俺の手に余る。恐怖・絶望・死を体現した何かだ。
ただ生きるために走った。足が砕けようとも心臓が張り裂けようとも、走り続けた。
気が付くと魔物の気配は感じられなくなっていた。
どうやら逃げ切ったらしい。
しかし、俺の体はボロボロだった。
右腕の骨は砕け、足は酷使したせいか血管が破裂し血があふれ出していた。
全身の筋肉は千切れ、息をするのも苦しいことを自覚した。
よく見ると俺がいた場所は鮮やかな花畑だった。
その景色を見た瞬間、俺は死を悟った。
こんな体ではもう生きられないだろう。それを意識したとき立っていることもままならなかった。
そのまま倒れこみ、意識も保てなくなってきた。
(こんな道半ばで死ぬのか。しかし、こんなきれいな場所で死ねるなら、悪くはないかもな)
そう思った俺はこの景色を焼き付けようと最後の力を振り絞り、顔を上げた。
朦朧とした意識の中、俺の目に映ったのは――たくさんの動物に囲まれた美しい少女だった。
輝く金の髪が風で靡き、かろうじて見えた紅の瞳を持ったその少女は、死ぬ間際に見た女神の幻覚だと思った。
(最後にこんな美しい女を見れるなんてな)
そこで俺の意識は途絶えた。
次に目を覚ましてみたものは知らない天井だった。
木組みの家。うっすらと香るコーヒーの匂い。それと誰かの話声。
天国はこんなにも現実的な場所なのかと思い、体を起こそうとしたが動かなかった。
「っ!?」
「あら? ミシェル、起きたみたいですよ」
声がした方に顔を向けると、そこには花畑で見た女神さまがいた。
ここは一体。どうしてあの女神がここにいるのだろうか。
やはり天国で間違いないのか。
「大丈夫ですか? 酷い怪我をなさっていたのでここまで運んだのですが。ご自分のことは分かりますか?」
「……あ、ああ」
「なら、良かったです。応急処置はしましたけど、完全には治っていません。今ミシェルとティアがお薬を作っているので少々お待ちください。それを飲めば完治するそうですよ」
聞きたいことはいろいろあるが、あの大怪我が薬一つで完治するというのか?
やはり俺は夢でも見ているのではないだろうか。
とにかくこの女神にいろいろと教えてもらおう。
「なあ、女神様。聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「女神様なんて……恥ずかしいです。私はただの人間ですよ。何を勘違いなさっているのかわかりませんが、私如きが女神だなんておこがましいですわ」
この照れているのか顔を赤くしている少女は女神にしか見えないのだが。
不思議に思って眺めていると、いつの間にか違う黒髪のメイドがいた。
『お嬢様の恥らいシャッターチャンス!! 逃しません!!』
『み、ミシェルっ! 戻りなさい! そんなことしている場合じゃないでしょ!』
見たことのない魔道具を持っているメイドはありえない動きをしていた。
まるで何人もいるかのように見えた。そして女神の周囲で何かをして怒られていた。
「ふう。失礼しました。それで、聞きたいことがあるそうですがまだお休みになられていた方がよろしいのでは?」
「いや、もし俺がまだ生きているのであれば、早く仲間の下に戻りたい。だからまずは状況を把握しなければならない」
「そうですか。仕方ありませんね。私が答えられるものであればお答えします」
「助かる。まずここは何処だ?」
「私の家です。一応カフェでもあります。初めてのお客様が怪我人とは思いませんでしたが」
「? よくわからんが、あんたの家ってことは聖霊樹の森を出れたのか?」
「聖霊樹の森? ああ、聖魔の森のことですね。出てませんよ。ここは聖魔の森の中心です」
「……は?」
今なんと言った? 森の中心?
そんなバカな話があるか。森の中心は誰も到達することができない聖域のはずだ。
そんな場所で人が住めるはずないだろう。やはり女神だったのか。そして俺は死んだと。納得した。
「何か納得されているみたいですけど、それは間違いですよ。あなたは死んでないですし私は女神ではありません。そしてここは森の中心、聖樹が聳え立つ聖なる地です」
「……ハハッ」
もう笑うしかないな。何も言えない。
本当にここが森の中心だというのか。まだ夢だと言われた方が信じられる。
達成不可能な依頼もお試し程度で受けたのだが、まさか辿り着くなんて。
「ここが森の中心だとして、あんたはなんでこんなところにいるんだ?」
そう聞くと、女神はここにいる理由を話した。
まさか普通の貴族令嬢が婚約破棄され人との関りを避けるためだけにここまで来るとは。
考え方のスケールがまるで違う。
そして信じられないことに神獣や精霊が実在し、ましてや契約までしているなんて。
そんなことが知られたらここに各国の軍隊が列をなして進軍してくること間違いないな。
「お嬢様~。できましたよ~」
「ご苦労様、ミシェル。冒険者さん、お薬できたみたいですよ」
「……本当に治るのか?」
「大丈夫だと思いますよ。ティアは嘘なんてつきませんから」
『そうよ。精霊王のあたしが嘘なん吐くわけないんだから!』
女神が増えた。
なんだこいつら。同じ人間とは思えない。
今までいろいろなところを冒険してきたが、こんな女は見たことない。
『ほら、とっとと飲みなさい! それで治ったら森の外に出してあげるから』
「あ、ティア。そんな無理矢理はダメですよ」
半透明の女神が俺の口に小さな丸薬を押し込んだ。
思わず飲み込んでしまったが、大変だった。
苦い。言葉にするのも憚られるほど苦い。
み、水をくれっ。この苦みは耐えきれない。
「大丈夫ですか?」
「んぐっ。だ、大丈夫だ……。って、治ってる?」
身体が軽い。
むしろ森に来る前より軽くなっている気がする。
一体何を飲まされたのか、怖くて聞けない。
怪我が治ってホッとしたのか、俺の腹が鳴った。
「ふふっ。ごはんにしましょうか。ミシェルの作るご飯は美味しいのですよ。ぜひ召しあがってください」
「し、しかし俺は」
「せっかくですから。いい機会ですし、私にあなたのこれまでの冒険のお話を聞かせていただけませんか?」
「……わかった。ごちそうになろう」
そうして俺はメイドの料理を食べながら、これまでの冒険を語った。
山でワイバーンに囲まれたこと、海で見た巨大なタコのこと、翡翠に輝く綺麗な鳥のこと、ある屋敷で幽霊退治をしたことなど。
どんな話でも楽しそうに聞いてくれる金髪の女神は満面の笑みを浮かべていた。
それを見ていたメイドはなぜか吐血して倒れたが、女神は気にしていなかった。
このどこかおかしくて穏やかな時間をとても楽しく感じていた。
俺が冒険譚を語っているといつの間にかかなりの時間が経っていたらしい。
空は暗くなっていた。
聖樹が光を放っているため、暗くなったとは感じなかった。
時間も遅いからと女神はカフェに泊めてくれた。危機感はないのだろうか。
メイドにかなり忠告を受けたからそんな気はないが。それに恩人に何かするつもりもない。
そして俺はカフェにあったソファーで瞼を閉じた――。
◇◇◇
「――目が覚めたら森の外でお前らと会ったってわけだ」
そう。
寝てる間に俺は森の外に飛ばされたそうだ。
最後に挨拶くらいしたかったんだがな。
「おいおい、冗談だろ? 変な夢でも見せられてたんじゃねぇのか?」
「俺もそう思ったけどな」
「それが本当なら聖樹の枝はどうしたんだ? もらってきたんだろ?」
「……いや、聖樹にそんな効果はないそうだ」
「なんだよ。結局死にかけただけで意味なかったな。依頼は失敗したってことか」
「そうだな……」
確かに依頼は失敗となる。
しかし、意味がなかったとは思わなかった。
仲間は俺の話を冗談半分で聞き流していたが、俺はこの体験を忘れることはない。
もう一度、あの女神に会うためにこれからさらに強くなる。そう誓いを立てた。
そして数年後には俺は冒険者の高みに到達した。
しかし、女神に再会することはできていない。だが諦めはしない。
俺は強くなる努力を続けた。
――いつかまた、会う日を夢見て。
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