紡ぐ言の葉

千里

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高校生連続バラバラ殺人事件

15話

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  あれから3日が経った。毎日2人ずつ殺害され、被害者は増える一方で犯人像は依然としてつかめずにいた。事件についてだが、進展という進展はあまりなく、唯一の進展としては、冬木家のメンバーの中で化学に詳しく、強力な助っ人で頭の回転の速い六合亜留斗の介入で判明したことは、“切り取られた遺体の一部は溶かされているかもしれない“ということのみだった。亜留斗は同い年にして、天才科学者兼探偵と、多忙な生活をしている。因みに亜留斗の通う高校は桜才高校の姉妹校である櫻井高校に在籍している。亜留斗はこの間開かれた合同体育祭には事件の調査という名目で参加していなかったが。

 それはともかくとして、千里は現在休憩室に放り込まれていた。理由は至って簡単で、この3日、誰とも連絡を取らず、睡眠時間を削りに削って捜査をしていたからだ。そんな千里を見かねたのかそれとも邪魔だと思ったのか不明だが六合亜留斗とか言うやつに休憩室に「寝ろ。休め」という命令の元にそこに居た。千里は1週間ぶりぐらいにプライベート用のスマホの充電をしながらRainを開き、連絡を確認する。プライベート用のスマホをあまりいじることがなく、たまにパスワードを忘れることもあるので、最近ではプライベート用のスマホにはパスワードをかけることを諦めている。
  そんなプライベート用のスマホのRainを適当バーっと流し見をしていると、一人のRainが目に入った。確認をすれば、忙しいことを分かっているのか、簡潔に述べられていた。しかし、有難いように見えて不親切な程度にしか書かれておらず、結局連絡をしないといけない。因みに文章は”伊織ちゃんの家の花、なんか違和感あるんだよね。事件に関係あるか分かんないけど”。それを見るなりため息をひとつ落としてから彼の連絡先に電話をかける。

「あー、楔ぃ?久しぶりぃ」
『……は?!地雷?!死んだと思ったわ』
「は~?死にません~。俺様……いや、辞めとく。とりあえず、俺は俺のこと嫌いな奴に皮肉と嫌味をたっぷり込めて長生きするンだよ」
『クソかよ』
「うるせぇよ。あー……つうかこんな下らないことやってる暇俺にゃねぇんだよ。今日連絡入れたのは理由あんだよ。伊織家の何が違和感あるんだよ、それ言わねぇと分かんねぇだろくそかよ」
『は~?あれだけて分かれよ、脳細胞生きてる?ゴミ??クソ??』
「いいから話せよ、俺だって暇じゃねぇんだよ」
 千里が楔に電話をかけると、第一声に驚きの声を上げた後、死んだかと思った。そう言われ、千里は若干キレ気味で返す。もちろんそんなくだらない事のためにわざわざ連絡を取った訳では無い。きちんとした理由もあれば、きちんと用がある。千里は一度イラついたようにあー、という声を上げると、早口で用があることを告げる。用件を軽く伝えると、あれだけで理解しろ、という返答。それに確かに苛立ったのは確かだが、特に反論や、反応を見せず、早くどう違和感を感じるのかを話すように伝える。
 
『ほんとお前いい度胸してるよね、いつかぶっ飛ばす。まぁ、変……って言うか、気になる?別に今までは特に気にはならなかったんだけどさ、伊織ちゃんの家、紫陽花咲いてるけど、なんか違和感あるんだよね……。事件に関係あるかわかんないけど……』
「は?どんな風に?」
『うわっ、なんか食いついてきた。あんまり見ない紫陽花の花が────』
「……ふーん……、ちょっと伊織の家行くわ。俺、直接見てみる」
『は?!ちょっじら────』
 
 千里の態度に微かに楔の声が怒気が含むものに変わる。しかし、おそらくこれ以上長引かせれば、自分がぶっ飛ばされかねないので、呼吸をひとつ置いてから口を開く。その内容を聞いた千里は、楔の言葉を最後まで聞くことなく電話を切った。その後折り返しで楔から連絡が来ていたが、スルーすることに決める。もちろん、楔から話を聞いたちさとは「寝ろ、休め」という医者からの命令も忘れている。休憩室に丁寧に畳まれていて、目に付いた時枕として使おうと思っていた私服に手を伸ばすと、仕事着から私服に着替える。
 もちろん、着替える時間が無いのは分かっているし、警察の服を着たまま伊織の家に向かうのは容易かった。しかし、それはしなかった。というのも、伊織の事情を聞いていたからだ。もし、自分が母親のことを裏切った組織のトップと知ったら?そんなの、友達としても捜査の協力を願い届けたところで、叶わないのは目に見えてわかっていた。
 もし、自分が伊織の立場でいきなり捜査をするから協力をしてくれ。そんなことを言われたところで信用してほしい、と言われても、信用なんか出来るわけがない。着替え終わると、亜留斗に「ちょっち気になることできたから外行くわ。なにかわかったら連絡する」と、報告をすると後ろから何やら亜留斗の声が聞こえるが、聞こえないふりをしてそのまま伊織の家まで向かう。
   
「……千里!久しぶり!元気だったの?父様に何か用でもあった?」
「久しぶりだね、伊織。ごめんな、いきなり押しかけちまって。楔から聞いたんだよね、“伊織ちゃんの家のアジサイがきれいだよぉ”って。それで、最近花でも癒しの効果を得られるって言うから参考にしようかなって思って。紫陽花、見てみたいんだけど……平気?」

 伊織の家のインターフォンを押せば、伊織が顔を見せた。千里の顔を見るなりほんの一瞬顔を顰めさせる。もちろん千里が気が付かないぐらいほんの一瞬。一瞬で笑顔に変わると嬉しそうに笑いながら何か用があったのか、と尋ねる。千里はまずいきなり訪問したことに謝罪を告げた後に、なぜここに来たのかを述べようとして、どこまで説明しようかと悩む。紫陽花が気になる。あと綺麗だったと若干余計なことも言っていたが、素直に紫陽花が綺麗だから見たい、ということを告げた。本来なら連絡を取りたかったが、慌てて出てきたため、そんなことが出来るわけもなく、この癖は直さなければ、なんて密かに思う。

「そうなんだ……。無理しすぎたらダメだからね!紫陽花ならいいよ。僕も庭の紫陽花、お気に入りなんだ」
「ありがとう。伊織」
 
 千里の言葉を聞いてそうなんだ、と言った後に無理のし過ぎは良くない、と告げられる。そんなに疲れた顔をしているのか、もっと悟られないようにしなくては……、なんてひとり反省会をしつつ、中に通されながら案内をされる。

「あれ、地雷さん……?」
「あ……射水さん。稽古の日以来ですね」
「最近学校休んでる、と伊織から聞いたが大丈夫かい?」
「えぇ……今のところまだ戻れる目途は立ってないですが近いうちに戻れるといいかなとは思ってます」
「時期が時期なせいで、千里のひどい噂、流れてて……。聞いてる?」
「ん―、蒼から何となく。気にすんなって。別に俺のひどい噂が流れてんのはいつもの事だしね。わぁ……本当にきれいだな。」

 千里と伊織が軽く談笑をしながら廊下を歩いていると顔を出した射水に声をかけられ千里は少し困ったように笑いながら稽古の日以来、と言って軽く挨拶をした。伊織の言う噂、というのは蒼から軽く聞いた話によると千里がこの事件の犯人でみんなのことを狙っているという千里からすればくだらない、しょうもない。で終わるような内容だった。まぁ、それがほかの人からしたらそうではないのかもしれないが、普段から言われている千里からしたら何をいまさら言ってんだこいつら……みたいなノリだ。
 それでもあまり、自分の話を目の前でされるのはあまり好きではない。千里はその話はそこまでだとでも言いたげに再び紫陽花へと目を向ける。庭に咲き誇っている紫陽花はとても目を奪われた。その中でも特に目を奪われたのは“赤いアジサイ”だった。
「赤いアジサイ……?」
「そう……。詩織が死んでからこの辺に咲き始めてね。綺麗だろう?」
「そう……ですね」
千里がつぶやくように発した言葉に射水が答えた。赤い紫陽花はそれはとても美しくて、人を寄せ付けないような可憐さを持ち合わせていた。千里はその紫陽花から目を離せなくなる。ふとじっと見つめていて思うことがある。この紫陽花は伊織の様だ、と。とても美しくて可憐なのに、伊織には人が寄り付かない。近寄り難い美しさを持っているからだ。もちろん楔がいるから、というのもあるが、一番は彼女自身の美しさだろう。
 それはそうと、ここから少し紫陽花の花の色について少しだけ、詳しく話したいと思う。紫陽花の花は土の成分によって花の色を変える。酸性であればあるほど花の色は青くなるし、アルカリ性であればあるほど花の色は赤くなるといわれていた。そのことを知識として蓄えていた千里は一つの嫌な予想と最悪の結末に背筋が冷える思いでいた。考えたくもない一つの予感。人間というのは体はアルカリ性。そなことを考えると、こんな最悪な結果────いや、結末が浮かんだのだ。
 一つの嫌な予想は、橘詞織の遺体はここに埋められている、という事と、それからもう一つは前々から考えてはいたし、予想はしていたことだが、できることなら当たって欲しくない、正解であって欲しくはないと願っていた事実である今回のターゲットは伊織だという事だった。この間から思っていたがこの世の中というのは実に当たって欲しくないものほど現実になるらしい。本当に嫌な世界だ。

 考えがまとまるまである程度紫陽花を眺めた後に千里は礼を告げてから、橘家を離れる。橘家の塀に持たれるとズルズルとそのまま崩れ落ちるように座り込んだ。暫くそうしていると、深い溜息が零れ、頭を軽く振った後にふっと前を向く。いつからそこに居ていつの間にか追いついて、いつから見ていたのか隣には亜留斗が立っていて、「やっと気が付いたのか」とでも言いたげに気だるげにしていた。どうやら自分よりも先にこの家を見て遺体のありかについて察していたのだろう。千里は隣を歩く亜留斗のことを軽く睨みつけながら口を開く。
「わかってたのかよ」
「まぁね。君……少し遅いんじゃないかい?」

 その言葉には少しとげが含まれていた。しかし千里としてもそれは思っていたことなので、あえてそこには何も言わずに話をすり替えるように口を開く。
「にしてもあの場所じゃ……あんなのひどすぎる」
「そこまで橘に恨みのある人間なのだろうね。犯人は」

 千里の悲痛な声を聞くなり亜留斗は呟くように、それでもしっかりと意思を持った声でそう口にする。それっきり千里も黙りこくり、口を開かないでただひたすらに警察庁までの道を歩き続けた。その心には葛藤が生まれていた。
 ────なぜ、伊織がそこまで恨まれなきゃいけないのだ────、と。
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