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平和な日常
1話
しおりを挟むひらひらと桜の舞う道をたくさんの学生が歩いていた。その中でもひときわ目を引く少女が一人、歩いていた。風が一際強くピュウ、と吹くと桜並木を歩くふわふわとした髪の長い少年の格好をした少女の高く結んだ髪を揺らした。その少女の顔はうつむいているせいでよく見えないものの、口元の唇をきつく結んでいる。細く華奢な肩に、普通より小さめな身長、膝裏まである長く伸ばした髪を一つに束ねポニーテイルにしている。顔の横だけは肩につくかつかないかの長さで、制服に身を包んでいるがその隙間からかすかに見えるうなじ────。周りの男の人の目を奪うには十分すぎたのだった。しかし誰一人として少女に声をかける者はいなかった。みんながみんな、というわけでもないが、どこか遠巻きに見ている人のほうが多い。それもそのはずだ。彼女の纏っている空気は話しかけるな、という雰囲気そのものだ。
その少女が校門に近づくと賑やかだった辺りはひそひそ話で、一層賑やかなものになる。中には、あまりいいとは言えないひそひそ話も紛れていたが、それに耳を傾ける事なく、少女は校門を潜る。そんな時だった。一人の真面目そうな少年が少女に声をかける。
「おい、地雷」
「……んだよ、和也」
地雷、と呼ばれた少女は風紀委員という腕章をつけた少年が話しかけると怪訝そうにその少年の名前を呼びながら振り返る。声はどちらかと言えばどこかに冷たさを秘めていて、口調と言い、声といい、顔からのイメージとはかけ離れていた。そして彼女たちはどうやら知り合いらしい。和也、と呼ばれた幼年の名前は坂崎 和也という名前で、少女の一つ上の先輩に値する人だ。少女の名前は地雷 千里、と言う名前でこの春から高校生になったばかりの女の子だった。その時かすかに風が吹き、千里の髪を揺らす。前髪の隙間から見えたのは何もかもをあきらめきったような、光のともっていない瞳だった。しかし顔つきはほんの少し幼さを残したような、そんな顔つきで瞳の色からのイメージとはかけ離れていた。
「“んだよ、和也”じゃないだろう?いい加減に制服を直せ。リボンにするか、ネクタイをもう少しきつく締めろ!スカートの下にズボンをはくな!それからちゃんとブレザーのボタンをだな……」
「えぇ……俺そんながっちかちなのやだよ和也。俺にはスカートやリボンなんてもん似合わない。それからネクタイを緩めに占めるのは俺のポリシーだからヤダ」
「似合う、似合わないだとかポリシーの問題じゃ……制服はきちんと着るためにあるもので……。ブレザーのボタンぐらいは締めろ。そもそも、校則にも書いてあるだろう。ルールとは守るためにあるもので……」
「あーあ、ま~た和也の長い説教が始まったよ。ともかく誰になんて言われようと制服はきちんとは着ないですぅー。似合わないし、ガラじゃねぇーもん。じゃあ俺教室に行くねー」
千里は和也から制服をきちんと着ろ、との注意を受けるも、少しむっとしながら、似合わないし、自分のポリシーに反するから着たくないと返す。翔也はその返しに呆れながら言葉を出すも、肝心の千里はというと、注意も話半分に千里は制服の端を若干翻しながら校舎へと入っていく。呆れ交じりで翔也が溜息を吐いた、そんな時だった。やや後方から平均より背の低い男の子が話しかけてくる。
「千里おはよ、今日も朝から風紀委員とバトルかよ。元気だな」
「なんだよ、翔太。おはよ。お前も朝から元気だなぁ。声でかいんだよ、うるせぇな。てか本当うるせえから一回黙れ。……ところでお前伊織は?伊織と一緒じゃないなんて珍しいじゃねぇか」
「あ、伊織は今日薙刀部の朝練で……俺が寝坊しちゃってさ、置いてかれた。せっかくだし、一緒に教室まで行かね……?秋良のことで相談したいこともあるし……」
「まぁ、別にいいけど。んじゃ行くか」
千里が声のした方に振り替えると翔太、と呼ばれた少年が立っていた。なお、千里に話しかけてきた男である。彼の名前は吉良津 翔太という名前だった。翔太は千里に軽く挨拶をした後、普通に会話をし始める。彼に話しかけられると、最初の話しかけるなオーラというのはすっかり消えていた。
そんな千里は男子生徒からなぜかモテる。しかし、そんなモテる彼女だが、信用の置いていない人とはあまり話さない、笑わないというのが当たり前だった。千里は黙っていれば可愛いと言われる部類で、基本的に話さないので孤高の美女と言われ、もてはやされていた。告白は日常茶飯事の事で、千里に振られ玉砕する男子が後を絶たない。その分女子からはあらぬ誤解を受け軽い嫌がらせのようなものを受けていた。まぁ、そんなものを気にして落ち込むような精神の持ち主でもないし、すでに小4のころから受けていたのでとっくの昔に慣れていた。
そもそもの話千里には過保護すぎると言っても過言ではない一人の幼馴染がいる。千里に惚れている男の中では地獄の番犬ケルベロス、と呼ばれている一人の男がいた。まずはこの人を味方につければ心強いが、その男は一筋縄ではいかないだろう。
不意に肩をたたかれ千里が振り返ると頬に人差し指が突き刺さる。千里は犯人はわかっていたので若干イラっとしながらもその手を振り払ってから、顔を上げた。顔を上げた先にあった顔はいかにもマイペースかついたずら好きそうな顔つきで、”いたずらが成功した”とでも言いたげに、にやにやとした顔をしていた。
「蒼、おはよう。毎回思うんだけど、朝に置いていくたびにこれやるのやめてくれない?」
「千里ちゃんおはよう。置いていく千里ちゃんが悪いの。……ああ、あと翔太君もおはよう。ごめんね、翔太君がうざすぎて見えなかったよ。ところで翔太君はなんで千里ちゃんの隣にいるの?早く舶来ちゃんのところに行きなよ」
「うるせえよ!お、俺だって行けたらとっくの昔に行ってるっつーの!あとおはよう!」
「あはは、翔太の意気地なしー、ヘタレー」
太田 蒼────。千里にとっては鬱陶しいほどに過保護な幼馴染でかなり嫉妬深い男だ。蒼は千里たちにあいさつを交わすと翔太には笑顔で流れるように毒舌を吐いた。まぁ、彼の毒舌は今に始まってことではない。それもその対象はは決まって大切な人のそばにいる男、だった。千里は内心「こりゃ彼女さんになる女の子は大変そうだな」なんて思いながら、蒼に挨拶を返すのだった。肝心の翔太はむすりとしながらきちんと挨拶を返す。舶来、というのは千里たちの一つ上の部活の先輩で、翔太の恋慕の情を抱いている女の子だった。
「千里ちゃんのことは僕が教室まで送っていくから翔太君はその辺の土に沈んで帰っておいでよ。てかそのまま一生沈んでて、帰ってこなくていいよ」
「はぁ?!何でだよ!」
「まぁまぁ。蒼、それは言い過ぎだって。翔太も真に受けんなって、いつもの蒼の冗談じゃん。というか二人とも仲良くしろって。ついでに蒼はちょっと過保護すぎるかなぁ」
「ちぇー。別にいいじゃん」
「うん、一瞬可愛いかなと思ったけど、最後の一言が余計だったね、可愛くない」
千里はニッコリと笑いながらスッパリと言い切ると、蒼が唇を尖らせながらちぇー、という発言にさらにすっぱりと可愛くない。そう告げたのだった────。千里が歩き出すと、蒼と翔太はその後を追うように走って千里の隣へと並ぶのだった。
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