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名を捨てて

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王子から婚約破棄されました。濡れ衣で死を賜るかもしれないので斬りました。
追手の兵士に捕まりそうになりました。捕まらないために斬りました。
盗賊のアジトに連れて来られました。逃げ出すために斬りました。
峠で盗賊に遭遇しました。馬から下りるよう脅されたので斬りました。
盗賊から仲間にならないかと誘われました。…………。
何故、ここで今まで通りに斬るという選択肢が頭に浮かばなかったのか、シャルロッテは動揺していた。
たとえあの場でエリーゼの短剣を奪うことが難しくても、一旦は従順なふりをして隙をうかがえば良かったではないか。
エリーゼの誘いに乗らなくても、シャルロッテの剣才をもってすれば一人で充分やっていける。
そんなことはエリーゼの方も承知の上だろう。
その証拠に、誘いに乗らなければ他の盗賊に襲われるぞなどという脅しは一切しなかった。
(盗賊……)
盗賊、とシャルロッテは心の中で繰り返した。
ここまでのことをやらかしておいて今更、侯爵令嬢の身分に返り咲けるとは思っていない。
無論、自分のことを無償で匿ってくれる都合の良い庇護者が現れるとも思っていない。
この峠で一人、襲ってくる者を倒して食料等を調達しながら暮らす。
それで良いではないか。わざわざ盗賊の仲間になる必要など無い。
そう思っているのに、エリーゼの真剣な金色の瞳がどうしても脳裏にちらつく。
彼女と剣をぶつけあった時に感じた、心が沸き立つような高揚感。
シャルロッテは今初めて、自分と同等の剣才の持ち主に逢ったのである。

「お頭ぁ、あのお客人どうすんの?」
情報収集から帰り、短剣を磨いていた斥候がそう訊ねる。
「侯爵家のお姫様でしょ? うちらの仲間になるとは到底思えない」
コップを片づけていた雑用係がそう言ってうんうんと頷く。
「うるさいぞ、口を動かす前に手を動かしな」
「「はいはい」」
斥候と雑用係は揃って答え、自分の仕事に戻った。
その時、不意にドアが開き、シャルロッテが姿を現す。
斥候は彼女に見えない位置でさりげなく短剣を構え、雑用係は机の下に潜る体勢をとった。
エリーゼは特に動きを見せず、目線だけをシャルロッテの方に向ける。
「何か、髪を縛るものをいただける?」
三人の視線を受けながら、シャルロッテは口を開いた。
「盗賊をやるなら、髪を束ねていないと邪魔だから」

この後、念願かなって大喜びのエリーゼが手ずから髪を結んでやろうというのを断り、シャルロッテは地味な色のリボンを受け取ってうなじのあたりで髪をきつく縛った。
「マントや剣も好きなのを選ぶと良い」
「ありがとう」
いささか硬い声音でシャルロッテは礼を言い、そして付け加えた。
「これから、私のことはシャルで結構よ」
「わかった。よろしくな、シャル」
こうして、シャルロッテ・フォン・オツェアン侯爵令嬢は、盗賊のシャルとなったのだった。
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