23 / 23
第弐拾節
しおりを挟む-弐拾-
十月十五日
十月も半ばになれば夏の名残も大分薄れ、昼間でも長袖でちょうどよい気候となる。瑞々しかった木々の葉も心なし元気を失い、地面に落ちた枯れ葉も目立つようになってきた。
識也はその落ち葉を踏みしめながら帰路についていた。その隣では良太が歩いている。相変わらず学生像には馴染まない派手な装いだが、良太にいつもの元気は無い。目元は隈ができ、瞳も何処か虚ろ。常に視線は下に向けられて足取りは重く、今は識也が歩調を合わせているが、気を抜けばあっという間に置いていってしまいそうだった。
「みーちゃん……何処行っちまったんだろ……?」
「……そうだな」
ポツリと力のない言葉が良太から零れ落ちた。それに応じる識也の声も風で遮られてしまう程に小さなものだった。
不意に良太の脚が止まった。苦しそうに息を吐き出し空を仰ぐ。ダラリと下がった両腕が震えた。
「やっぱ……やっぱそうなのかよ……?」じわ、と良太の両眼に涙が滲んだ。「しずる先輩も殺されちまったし、みーちゃんも――」
「止めろ、良太」
どうしても思い浮かべてしまう想像を口にし、だがそれも識也の鋭い声で遮られた。
「未来は……未来は音無先生に殺されてなんてない。絶対だ」
「識也……」
「そんな事……絶対にない」
「……そう、だよな」
「ああ。だって未来だからな」
言葉の中身を噛みしめるように識也は話し、良太は口を噤んだ。識也の目つきは鋭く、微かに目元に皺が寄っている様子は何かを堪えているようだ。少なくとも良太にはそう見え、不安を押し殺しながら未来の無事を信じる識也と比べて狼狽えている自分を恥ずかしく思った。
「……ワリィ。ちょっと弱気になっちまった」良太は目元を制服の袖で乱暴に拭い、パチンと強く自分の頬を叩いた。「そうだよな。みーちゃんだもんな。きっとヒョイって出てきて何事も無かったみたいにまた俺らの隣で笑ってんだろうな」
「……ああ」
「お前の方が辛いんだもんな。せっかくみーちゃんと両想いになったのによ。
気を遣わせちまってワリィ!」
「気にするな。アイツを大切に思う気持ちはお前だって同じだしな」
両手のひらを打ち鳴らして良太は識也に謝罪し、識也も微かな笑みを浮かべて見せて緩々と首を横に振る。
識也の言葉に少し恥ずかしそうに良太は頬を掻き、やがて強い決意に満ちた眼で前を見据えた。
「よしっ、ンなら俺は俺のできる事をすっかな」
「……何をする気だ?」
「決まってんだろ、警察だけじゃなくて俺もみーちゃんを探すんだよ。このまんま黙って待ってるなんて俺にはできねぇからな」
ここ数日鳴りを潜めていた良太らしさが戻ってきた。識也は一瞬驚いたような表情を浮かべた後で少しだけ口元を緩めた。
「いい考えだ。お前らしいな」
「だろっ?
さて、そうと決めたらこうしちゃいられねぇ! ワリィけど俺は先に帰るわ! お前も気持ちが落ち着いたら一緒に探しに行こうぜ!」
そう言って良太は識也の返事も待たず走り出した。一度振り返って手を上げ、すぐにその速度を上げていく。
小さくなっていく良太。識也は何処か呆れた様な、微笑ましい様な笑みで彼の後ろ姿に手を振り見送った。
やがて雑踏の中に紛れ、完全に見えなくなる。識也は良太が去っていった方向をしばらく立ち止まって見つめていたが、ポツリと一言だけ残して背を向けた。
「ゴメンな、良太」
カチャリ、と音を立てて鍵が開く。識也は靴を丁寧に脱ぎ揃え、自宅であるアパートの部屋へ上がった。
簡素なキッチンを抜け、部屋へ入る。机に置かれたデスクトップPCのスイッチを押しかけて、しかしその手を止めた。代わりにラジオのスイッチをONにした。
ラジオからは軽快な音楽が流れてくる。流行りの歌なのだろうが識也には分からないし、もう興味も無い。ただ聞き流すだけだ。
ラジオをBGMにして制服を脱いでいく。黒い喪服のような学生服をハンガーに掛けて部屋着に着替え、乾いた喉を潤そうとキッチンへ向かう。
「――はい、ではここで一旦最新のニュースになります。報道フロアの筧さーん!」
音楽が小さくなり、DJの陽気な声が響く。次いで真面目さの伝わってくる落ち着いた女性の声がスピーカーから流れ始めた。
「はい、報道フロアの筧です。最新のニュースをお伝えします。
――まず、横浜市で起きた変死事件の続報です。横浜市内の、建設途中のまま放置されていた廃ビル内で今月十一日に三人の遺体が見つかった事件で、身元の確認作業を行っていた二人の身元が新たに明らかになりました。
神奈川県警の発表によりますと、頭部を切断された状態で見つかった二名の内、一人は四年前から行方不明になっていた一ノ瀬 薫さん――当時十七歳――であり、もう一人は遺留品などから今月八日の下校途中で行方が分からなくなっていた高校生の都筑 未来さんである可能性が高いとの事です。警察では今後、DNA鑑定を行い身元を確定させる予定です」
冷蔵庫から識也は冷やしておいたコーヒーを取り出し、マグカップに注いでいく。その間にもニュースは淡々と状況を伝えていく。
「残りの一人で、首から血を流して死亡していた都筑さんと同じ高校の教師、音無 望容疑者の自宅を家宅捜索したところ、二人とは異なる数名の遺体が新たに発見されました。
遺体を切断するための工具や、遺体の保存状態を維持するためとみられる化学薬品等も見つかったこと、また音無容疑者の傍に落ちていた刃物から音無容疑者の指紋が見つかった事などから、警察は音無容疑者が一ノ瀬さん、都筑さんを殺害し、首を切断したと断定。二人を殺害した後にその場で自殺を図ったものと思われます。警察は今後、殺人、および死体損壊容疑などで容疑者死亡のまま書類送検する見通しです。
またその他にも多くの余罪があると見て引き続き捜査を続行し、過去の近辺での行方不明者の情報を洗い直し、全容の解明に全力を尽くすと警察は述べています。なお、見つかった遺体はいずれも首から上が無い状態で発見されており、音無容疑者が何らかの目的で頭部のみを切断・破棄したものとみてそちらの捜索も続ける予定ですが――」
ラジオに耳を傾けながらカップを傾け、飲み干すと簡単に水で濯いでそのままシンクに置く。そして部屋に戻ると、キッチンにあるものとは違う真新しい冷蔵庫から栗毛色をした何かを取り出した。
識也は立ったままそれを愛おしそうにギュッと抱きしめた。そしてラジオのスイッチを切ってベッドへと潜り込んだ。
シャツ一枚で過ごすには少々肌寒い季節。布団を肩まで被り、体を丸めて横を向いた。
「ニュースを聞いてたか? これで俺らを邪魔する人はもう居なくなったよ」
冷蔵庫から取り出したものを、識也は自分の枕元に並べた。優しく微笑み、慈しむ。それに口付け、柔らかい手つきでそっと撫でた。
「これからずっと、ずっと一緒だからな。
――愛してるよ、未来」
識也は眼を閉じ、夢の世界でたゆたい始める。穏やかな寝顔で、幸せな時間を甘受する。
彼の横では、未来が優しく微笑んでいた。
完
0
お気に入りに追加
10
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/mystery.png?id=41ccf9169edbe4e853c8)
それは奇妙な町でした
ねこしゃけ日和
ミステリー
売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。
バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。
猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。
隠れた君と殻の僕
カギノカッコ
ミステリー
適正テストの結果、勇と仁は超能力者であると診断された。中学卒業後、二人は国の命令により超能力者養成学校のある島へと移送される。だが入学したその日に、仁は忽然と姿を消してしまう。学校側は「彼は再検査の結果、適性がないことが判明したため島を出た」というが、精神感応能力のある勇は、仁が島内にいると感じていた。仁はなぜ消えたのか。学校はなぜ隠すのか。親友を探すミステリー。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/mystery.png?id=41ccf9169edbe4e853c8)
「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」
百門一新
ミステリー
雪弥は、自身も知らない「蒼緋蔵家」の特殊性により、驚異的な戦闘能力を持っていた。正妻の子ではない彼は家族とは距離を置き、国家特殊機動部隊総本部のエージェント【ナンバー4】として活動している。
彼はある日「高校三年生として」学園への潜入調査を命令される。24歳の自分が未成年に……頭を抱える彼に追い打ちをかけるように、美貌の仏頂面な兄が「副当主」にすると案を出したと新たな実家問題も浮上し――!?
日本人なのに、青い目。灰色かかった髪――彼の「爪」はあらゆるもの、そして怪異さえも切り裂いた。
『蒼緋蔵家の番犬』
彼の知らないところで『エージェントナンバー4』ではなく、その実家の奇妙なキーワードが、彼自身の秘密と共に、雪弥と、雪弥の大切な家族も巻き込んでいく――。
※「小説家になろう」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
SP警護と強気な華【完】
氷萌
ミステリー
『遺産10億の相続は
20歳の成人を迎えた孫娘”冬月カトレア”へ譲り渡す』
祖父の遺した遺書が波乱を呼び
美しい媛は欲に塗れた大人達から
大金を賭けて命を狙われる―――
彼女を護るは
たった1人のボディガード
金持ち強気な美人媛
冬月カトレア(20)-Katorea Fuyuduki-
×××
性悪専属護衛SP
柊ナツメ(27)-Nathume Hiragi-
過去と現在
複雑に絡み合う人間関係
金か仕事か
それとも愛か―――
***注意事項***
警察SPが民間人の護衛をする事は
基本的にはあり得ません。
ですがストーリー上、必要とする為
別物として捉えて頂ければ幸いです。
様々な意見はあるとは思いますが
今後の展開で明らかになりますので
お付き合いの程、宜しくお願い致します。
みんなみたいに上手に生きられない君へ
春音優月
ライト文芸
特別なことなんて何もいらないし、望まない。
みんなみたいに「普通」に生きていきたいだけなのに、私は、小さな頃からみんなみたいに上手に生きられないダメな人間だった。
どうしたら、みんなみたいに上手に生きられますか……?
一言でいい、嘘でもいい。
「がんばったね」
「大丈夫、そのままの君でいいんだよ」
誰かにそう言ってもらいたい、認めてもらいたいだけなのに。
私も、彼も、彼女も、それから君も、
みんなみたいに上手に生きられない。
「普通に生きる」って、簡単なようで、実はすごく難しいね。
2020.04.30〜2020.05.15 完結
どこにでもいる普通の高校生、であろうとする女の子と男の子の物語です。
絵:子兎。さま
ヘリオポリスー九柱の神々ー
soltydog369
ミステリー
古代エジプト
名君オシリスが治めるその国は長らく平和な日々が続いていた——。
しかし「ある事件」によってその均衡は突如崩れた。
突如奪われた王の命。
取り残された兄弟は父の無念を晴らすべく熾烈な争いに身を投じていく。
それぞれの思いが交錯する中、2人が選ぶ未来とは——。
バトル×ミステリー
新感覚叙事詩、2人の復讐劇が幕を開ける。
死に行く前に
yasi84
ミステリー
死に行く前に、寄る所
穏やかな町に住む人々にも死にたくなるほどの悩みがある。そんな人たちの悩み相談を請け負う、動物を愛する秋山。その手伝いとして働く私。そんな時、山中で見つかる2人の遺体。その遺体が巻き起こす謎が秋山と私を大きく動かしていく。
一話はだいたい1500文字前後が目安で
一応連作短編みたいな感じです。
7月からは毎日更新、休日は二話更新くらいを予定しています。
楽しんでくれると泣いて喜びます。
どうぞよろしく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる