首のない死体は生者を招く

新藤悟

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第拾四節(その1)

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-拾四-



 五分後、識也は良太に連れられる形で特別教室棟の廊下を歩いていた。

「陽向とは去年同じクラスでな。二年に上がる時に文系と理系のクラス分けで、あいつは理系の方を選んだから俺とは別になったんだよ。なんつってたっけなぁ……ああ、そうだ、確かアイツ、医者になりたいんだと」
「医者に、か……」ポケットに手を突っ込んで歩きながら識也は、相槌を打つ。「という事は成績はいいのか?」
「良いっていうか、学年で大体一位か二位だよ。いっつもみーちゃんとトップ争いしてるぜ? 知らなかったのか?」
「いや、全く。っていうか未来の奴、そんなに頭良かったのか」
「おいおい、いっつもテスト終わった後にみーちゃんがいの一番にお前に報告に来てんじゃねぇかよ。ったく、冷てぇ野郎だな」
「……面目ないな」

 言われてみれば確かにいつも未来が「今回は一位だった」「二位だった」とか、そんな事を言ってたような気がする。だが識也は特に未来の成績に興味が無く、いつも適当に聞き流しているばかりだった。

(昨日の事といい……俺はアイツの事を知らないな)

 小学生時代の事は識也が一番良く知っている自信はある。だが、中学・高校とどうだろうか。両親の死をきっかけに死体以外の全てに興味を失って以来、ちゃんと未来の事を見てやっていなかった、と今更ながらに深く反省して自然と頭が垂れた。
 そんな常とは違う識也の様子に、良太は怪訝に眉を潜めた。

「どうしたんだよ、識也。何かお前も今日は変だぞ?」
「ちょっと自分を省みる機会があってな。少しずつ悪いところを直していく事を始めたんだよ」
「うげ、気持ちワリィ。そんな殊勝なキャラじゃねーだろ」
「俺の事はいいんだよ」識也は良太から顔を逸らした。「それで、その向島って奴はもしかしなくとも生物部とか化学部とかなのか?」

 通り過ぎる教室に掲げられている室名札を眺めながら尋ねる。識也の記憶が確かであれば、この先にある教室は生物室や物理、化学室といった理学系教室が並んでいるはずだ。

「いんや。確かアイツはどの部にも入ってねーはずだぜ?」
「なのに化学室とかに居るのか?」
「部には入ってねーんだけどな。医者になるのが目標って言っただろ? だからアイツ、部には正式に所属してなくて、化学部と物理部と生物部を掛け持ちしてる様な形になってるはずなんだよ。部もみんな部員が少ないからな。陽向は熱心だし、どの部からも歓迎されてんだと」
「なるほどな」

 確かに医者になるのであれば、物理・化学・生物のいずれもの知識が必要になるだろう。だが医学部の受験にはその内の二科目で十分のはずで、それでも三科目の知識を貪欲に吸収しようという姿勢は立派だ。向上心が強いタイプの人間か、と識也は向島 陽向の人物像を修正していく。

「……ここか」
「まずは化学室からだな。一発で見つかりゃ良いんだが――」
「藤巻くん?」

 化学室、と書かれたプレートを見上げ扉を開けようと良太がドアに手を掛けたのと同時に、部屋の中からでは無く向かって左側から、声変わりした男性としてはやや高めの声が掛けられた。

「よう、陽向」
「お疲れ様、藤巻くん。珍しいね。どうしたの、こんな所に? 何か化学部に用だった?」

 ニッと口を横に開いてガキ大将みたいな笑顔を作ってみせる良太に対して向島 陽向も柔らかい笑顔で応じ、それから化学室と良太を見比べて疑問を口にした。
 対する良太はチッチッチ、と舌を鳴らしながら人差し指を顔の前で左右に振り、次いで親指で識也を指してみせる。

「俺がこんな所に用があるわけねーだろ。用があるのはコッチ。水崎 識也っつって、俺の中学ン時からのダチだ。お前に聞きたい事があるんだと。
 識也、コイツが向島 陽向だ」
「水崎です、宜しく」
「あ、どうも。はじめまして」

 識也が他所行きの笑みを浮かべてみせ、爽やかに笑いながら陽向に向かって手を差し出す。陽向は差し出された手に一瞬だけ戸惑ったものの、素直に手を取って微笑んだ。だが少しだけぎこちなさがあるようにも思えた。
 人好きのしそうな笑みだ。それが向島 陽向に対する第一印象だ。識也は眼差しの奥から眼の前の人物を注意深く確認していく。
 やや丸顔で童顔。顔だけを見ると未だ中学生のようだ。だがよくよく観察していけばその瞳には深い知性と年齢に似合わない落ち着きがある。幼い顔に似合わず背も識也を超えている事から一八〇センチはありそうだ。

「格好良いですね。女性からモテるでしょう?」
「え、い、いや、そんな事ないですよ。からかわないでください」
「いえいえ、からかってなんか居ないですよ。なあ、良太? お前もそう思わないか?」
「ん? ああ、そうだな。陽向は十分にカッコいいと思うぞ?」
「藤巻くんまで……」
「いや、カッコいいとはちょっと違うな。どっちかっつーと可愛いか?」
「……それは男としてあんまり嬉しくないなぁ」
「いやいや、それも男として立派な魅力だっての。その気になってお前が微笑めばそこらの女子なんざソッコーで落ちると思うぜ?」
「そ、そうかな? だとしたら嬉しいな」

 夕陽の中でも分かるくらいに陽向は顔を赤らめた。その様子を見て識也は「おや」と思った。
 良太が言う通り、陽向の容姿は良い。少なくとも識也や良太よりはよっぽど女性の人気はあると思われた。更に背も高く、医師を目指すほどに賢いし、その目標に対して努力を惜しまない。柔らかい人当たりも、人によっては頼りないという印象を持つかもしれないが、優しそうという見方をすれば高評価だ。女性に人気が出ないわけがない。
 にもかかわらず陽向の反応は女性に対して初心で奥手な印象だ。それに褒められる事に慣れていないようで、照れながらも嬉しさを隠しきれていない。心の底から喜んでいるようだ。
 識也は首をひねった。別の時間軸で向島 陽向は未来にラブレターを送っている。この事からも描いていた陽向の人物像はもう少し女性慣れしていると思っていたのだが――

(いや、今時ラブレターを送るって行為自体がやや奥手な行動か)

 女性に慣れていれば直接告白なりデートに誘うなりしているだろう。いつだったか未来に告白したナルシストの男のように。
 識也は陽向の人物像を再び修正した。

「え、えっと、それでお話ってなんですか?」
「ああ、すみません。幾つか質問したいことがありまして」そう前置きして最初の質問を口にした。「伊藤 しずる、という方をご存知ですか?」
「伊藤さんって……あの伊藤さん? 三年生の」
「ええ、そうです」識也は頷いた。「実は彼女、昨晩から行方不明になってるそうなんです」
「ええ!? そうなの!?」
「はぁ!? マジかっ!?」

 今日の時点ではまだしずるは健在だった。だが識也は堂々と嘘を吐いて、あたかもそれが真実であるように深刻な顔で頷いた。

「そうなんです。昨日、学校帰りに行方不明になって帰ってこなかったようでして。それで、個人的に僕は彼女にお世話になっているところがありまして、彼女の行方を探してるんです」
「け、警察には?」
「まだ一日しか経ってないからでしょうね。警察には連絡は行っていない様です。ですが、こういう事はなるべく早めに動くのが鉄則だと思うんです。時間が掛かれば掛かるほどに安否は怪しくなってきます。もちろんただ単に彼女が一晩夜遊びをしただとか、単に家出をしただけだというのであればそれはそれで安心ですけれど」
「そう、そうですか……」
「なので勝手ではあるんですけれど、何か事情を知ってそうな人をこうして訪ねて回ってるんです」
「……事情は分かりました」

 識也の話を聞いて陽向は下唇を噛んだ。やや俯き気味のその表情は事態の重さを噛み締めている様で、純粋にしずるの安否を心配しているように思える。

「分かりましたけど、どうして僕の所に? 伊藤さんは有名だから知ってますけど、多分伊藤さんは僕の事を知らないでしょうし、だから彼女と接点は無いですよ?」
「え、そうなんですか?」

 識也は驚いた顔をしてみせる。元々しずるのことを聞きたかった訳ではない。それでも陽向が化学部や生物部と関係があると知って「よもや」とも思ったが、彼の様子を見る限りしずる関係でも外れのようだ。

「はい。だって、彼女は美人ですし頭もいいし人気者です。比べて僕は冴えないし、ドン臭いし、学年だって違います。彼女とお近づきになんてなれませんよ。伊藤さんが化学部や生物部だったら話す機会もあるんでしょうけど」
「いや、お前も十分ハイスペックだかんな?」
「僕も良太に同意ですけど、確かに彼女はどの部活にも所属してません。ですが、昨日彼女が化学部か生物部、或いは物理部か……ともかくもそういった部のどなたかに告白を行った様なんですよ」
「ちょっ! 識也、それマジ!? マジ情報!?」
「あ、ああ……相手の顔は分からないが、どうやら白衣を着た長身の男子らしい」

 識也のもたらした情報に陽向ではなく良太が強く食いついた。そんな良太の態度に若干引きながら識也は肩を掴んだ腕を振り払って制服の乱れを正した。

「なるほど、それで僕の所に来たわけですね」得心した様子で頷く陽向に、識也は曖昧に笑った。「ですけれど、先程も言った様に僕と彼女は全然関わりはありません。残念なことではありますけど」
「では彼女が告白した相手は向島君ではないと?」
「僕だったら非常に嬉しいんですけどね」

 肩を竦めてみせる陽向を識也はじっと見た。仕草や態度に不自然な様子は無い。
 識也は溜息を一つ吐くと、小さく頭を振ると陽向に向かって頭を下げた。

「そうですか。疑ってすみません」
「いえ。伊藤さん、早く見つかるといいですね。それで、その、質問は以上ですか?」
「すみません。もう一つだけ良いですか?」

 そう言うと陽向は困ったような表情を浮かべ、しかしすぐに笑みを浮かべて「いいですよ」と答えた。
 識也は問うた。

「都月、未来について」

 陽向の表情が変わった。




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