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第拾参節
しおりを挟む-拾参-
十月七日(三回目)
再び過去に戻って二日目のこの日、識也は朝から学校へ登校した。
もう一日部屋にこもって思考を巡らせるべきか、とも悩んだが、ベッドに寝転んで登校という選択肢を並べて考えた結果、この日は学校に行くべきと判断を下した。
それは、主に伊藤 しずるに関する二つの理由からだ。
今日、彼女は殺される。だが朝の時点ではまだ生きていて登校しているはずである。ここまで集めた情報から判断するにこの日の放課後に行方が分からなくなるはずであるが、識也自身の眼でそれを確認していない。万が一、しずるが昨日以前から行方不明になっているとすると何か重大な見落としがあるかもしれない。それを埋めるために、登校している彼女を実際に識也自身で確かめるというのがまず一つ。
そして二点目が大きな理由だ。識也は白紙のノートの上をシャープペンシルで突いた。
(あの手紙……)
初めて過去に遡った日、未来と良太と三人で見た伊藤しずるの告白現場。教室棟の三階から特別棟の二階を見下ろす形で目撃したため相手の顔は確認できなかったが、その相手を確認するというのが今日登校した一番大きな理由である。
犯人が(世間一般から見て)まともな感性をしていないという識也の推理が正しいとして、しかし犯行に及ぶきっかけはあるはずだ。単なる好みで犠牲者を選んでいるとしても、人気のない場所に誘い易い難いもあるだろう。そういう観点で考えてみた時に、しずるが告白をした相手というのは容疑者の候補として挙げるべき人物である。
あの時しずるは振られたようだったが、その後にその相手から「もう一度会いたい」などと告げられれば夜中であっても家を抜け出したりすることは十分に考えられる。男女の仲ともなれば尚更だろう。もっとも、識也自身にそこまでの強烈な感情を抱いたことがないためにあくまでも想像にすぎないが。
なのでこの日、識也は昼休みを目一杯使って、告白相手になりそうな人を訪ねてみたのだが――
(全員ハズレ、とは思わなかった……)
識也は教室の窓から外を見て溜息を吐いた。
あの日に目撃した、伊藤しずるの告白相手の特徴は多くは無いが絞り込めなくはない。
伊藤しずるよりも遥かに長身でかつ、放課後に白衣を着ている男性。良太によれば伊藤 しずるの身長は一五四センチ。識也の記憶にある位置関係からすると一七五センチを超える長身で、それは男子生徒としても背が高い部類に入る。白衣を着ていたとすると、生物部か化学部か物理部。それは間違いないはずだ。
休憩時間を使ってクラスメートや先生たちから情報を集め、昼休みに該当する生徒六人に直撃してみたが、結果は全員否定。伊藤しずるが年上好みの可能性も考慮して化学教師にも変な眼で見られながら尋ねてみたが、告白を受けた事実は無いと否定された。
当然、質問内容が内容なので彼らが嘘を吐いた可能性もあるが、識也の目から見て動揺したり眼が泳いだりといった不自然な挙動は見られなかった。
(となると、パッと浮かぶ可能性は二つ。一つは告白相手が、俺が見抜けなかったくらいに嘘を吐くのが上手い。もしくはこの時間軸では伊藤しずるは誰にも告白をしていないとなるが……)
二つ目である事は無いだろうと識也は思っている。
異性への告白はその人にとって一大事である。これまで識也が過ごしてきた過去を振り返ってみても、識也と直接関連の無い過去の出来事は多少の時間の前後はあれどもキチンと発生している。確定は出来ないが、識也が特にそれを妨げるような行動をしていないし、しずるが告白をしていない可能性は低いだろう。
識也はノートの空白に二つの可能性を書き出して横線で消し、そして新たな可能性を書き記す。
(相手は普段は白衣を着ていなくて、たまたまあの日だけ着ていた……?)
偶然あの日に何らかの理由で白衣を着ていただけなのか。だとすると、容疑者は学内に限っても全男性数百人に上ってしまう。更には第一の容疑者である、学校の周囲に出没しているという不審者だっている。先が中々見えないのと時間が無いという両方のストレスに気が重くなる。眉間に皺を寄せて髪を軽く掻き上げると識也は深く息を吐いた。
(何か他にヒントになりそうなものは……)
「おっす、識也」
もう一度記憶の中の映像を再生しようと眼を閉じたところで、教室に入ってきた良太の声でそれは遮られた。
ノートに向かっていた視線を上げれば、時刻は十六時を回っている。授業も終わって、クラスメートたちも帰宅準備を始めていた。
「メッチャ集中してたけど、何してたんだ? まさかお前に限って真面目に勉強してたって事はねぇんだろ?」
「お前と一緒にするな。それなりに俺は真面目だ」
「へいへい。んで、何やってたんだ?」
「別に。ちょっと考え事してただけだ」
そう言いながら識也は不自然にならないようノートや筆記具を鞄の中に詰め込んでいく。その最中、チラリと良太の顔を横目で眺めてみる。その表情は識也の知るもので、陰りや怒りといった含むものは見て取れない。
(当たり前だ)
良太は未来に惚れている。だがそれはまだ、この世界では良太は識也に対して露わにしていない。識也に自分の気持ちを知られているとは思いもしていないだろう。
果たして良太はどういう気持ちで識也と接しているのだろうか。どんな感情を抱きながら、識也に抱きついてくる未来を見つめているのだろうか。
「……何だよ、お前が俺を好きなのは知ってるけどよ、そんなに見つめられたって想いには応えてやれねぇぞ?」
「例えゲイだったとしてもお前には応えて貰いたくないな」
軽口で返しながら、そんな事を考えても仕方ないと思考から外した。他人の気持ちなど、推し量ることができても正解なんて分かるはずがないし、識也自身が良太の気持ちを考えてどうなるというのか。推察して分かったような気になって、きっとそれは良太に対する侮辱だろう。
「ところで良太。ちょっと小耳に挟んだんだが、学校の周りに不審者が居るんだって?」
「え? おお、そうだけど……識也にしちゃ耳が早いな。こりゃ明日は雨か?」
「残念ながら汗ばむくらいの陽気だとさ。なに、偶々先生たちが話してるのが聞こえただけだ。それで、どんな奴か知ってるか?」
「んー、とは言われてもな」良太はオレンジの髪をポリポリと掻いた。「俺もそんな知ってるわけじゃねぇんだよなぁ」
「別に詳しくなくてもいいさ。お前が知ってる事で十分だ」
「んと、そうだなぁ……俺が知ってんのは、その不審者が下校時と部活生が帰る時間帯によく見つかってるってことと、若い男っぽいってことくらいか? あ、そうそう、まだ暑いってのにパーカーのフード被ってるってのもあったな」
「なるほど、そりゃ見事なまでに不審者だな」
「まあな。だからたぶん覗きじゃねぇかって話。とりあえず先生たちも女子更衣室とかの戸締まりとか教室のカーテンを引くとか、そういうところから始めるみたいだぜ」
「なるほどな」
詳しくないと言いながらも十分詳しいな、と識也はマジマジと眼の前の友人を見上げた。見た目のせいで友達も少ないはずなのに、いったいこの男はどこからそんな情報を手に入れてくるのだろうか。
いや、あくまで敬遠されているのは見た目だけで良太自身は気さくで物怖じしない性格だ。いざ話し始めてみればスッと相手の懐に潜り込めるくらいにはコミュニケーション能力は高い。世間話のついでにそういった話を引き出すのはお手の物なのかもしれない。識也と違って。
「しっかしお前がこの手の話に興味を持つとは珍しいな? どういう風の吹き回しだよ?」
「別に。知らなきゃ知らないで過ごしたさ。ただそんな怪しい奴がいるって聞いたからには未来にもちょっと教えておこうと思っただけだ」
「お? そりゃいい考えだ。識也にしちゃ気が利くじゃんか。
あー、でもそういやみーちゃん帰っちまったしな。くそ、もうちょっと早くお前んトコに来ときゃ良かった」
「まあ急を要する状況じゃないからな。明日にでも伝えといてくれ」
その不審者が犯人だとしても、少なくとも今日中に未来に危害が及ばないことは、過去二回とも明日未来と学校で出会うことからも確定だろう。
「そこは、自分から伝えるとは言わないんだよなぁ……
ま、いいぜ。後でみーちゃんに電話しといてやるよ。
お、そうだそうだ。みーちゃんと言えばお前に聞きたいんだけどよ」
良太はずい、と顔を識也に近づけると尋ねた。
「顔が近い……で、なんだ、聞きたいことって?」
「さっきみーちゃんに会ったんだけどよ、随分と機嫌が良かったんだよな。何かあったのか?」
「あー……」
識也はすぐに原因に思い当たる。昨夜、未来を自分の家に招き入れた事だ。だがそれを良太に伝えても良いものか、と瞬時には答えを出せず曖昧な返事に留まってしまった。当然、良太の眼差しが怪訝なものに変わっていく。
「何だよ、やっぱ何かあったのか?」
「まあな。大したことじゃないから気にするな」
「へーへー、そうですかそうですか。俺との仲なのに隠し事か。そっかそっか、そうだよな、お前って昔からそうだもんな」
腕組みしてむくれてみせる良太に識也は呆れるが、すぐに良太の機嫌を取る――機嫌を取る必要性は一切無いはずだが――妙案を思いついてクク、と喉を鳴らした。
「まあそう拗ねるなって。今度俺んちに来ていいから」
そう告げた途端、良太の表情が激変した。バンッ! と識也の机に勢い良く手を突き、ガシッと識也の肩をつかんだ。
「いつだ?」
「え、え?」
「いつ? いつ? いつ行ってもいいんだ?」
それまで口を尖らせてねちっこかった視線が一変し、急に遠足前のおやつを選ぶ小学生みたいにキラキラと輝かせる。
「え、あ、ああ……えっとだな……」
「今日か? 明日か? 明後日か?」
「じ、じゃあ来週の休みで……」
「嘘じゃないな? 絶対だな? 絶対だぞ? 後で『うっそぴょーん!』とか無しだかんな?」
「仮に嘘だとしてもそんな愉快な騙しはしないけどな……分かった。絶対に呼んでやるから、だからちょっと離れろって」
招待を確約してやると良太は机から飛び退いて一人ガッツポーズをして拳を天に向かって突き上げて歓喜に咽び泣き始めた。未来といい良太といい大袈裟だな、と思うがここまで喜ばれるならもっと呼んでやっても良かったかもしれないな、とこれまでの拒絶感を忘れて何故か思えてしまうから不思議だ。
と、そこに思考が至った時、識也はある事を思い出した。ずっと伊藤しずるについてばかり思考が巡っていたが、未来についても重要な手がかりと成り得るものがあったのをすっかり忘れていた。
「なあ、良太。俺からもちょっと聞きたい事があるんだが」
「――っしゃ! ゲーム山ほど持ち込んで、埃被ってる『識也んちお泊りセット』を引っ張り出して……ってなんだよ、聞きたい事って?」
「なんかツッコミたいところがあったが……まあいい」
全身で表現していた喜びから帰ってきた良太に呆れながらも、識也は尋ねた。
「――向島 陽向ってお前知ってるか?」
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