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第拾壱節(その2)
しおりを挟む「……」
灰が流しに落ち、ジュッと小さく音を奏でる。だが識也はそちらに意識を割かない。
識也は死体の頭にこそ普遍的な美しさを感じ、鑑賞し、価値を感じ取る。それは常識からすれば頭のネジが外れて何処かへ蹴飛ばされて無くしてしまったような考えだろう。しかし世の中にはそんな人間が確かに存在する。そう社会不適合者は居るのだ。
(現に、ここにね……)
自嘲し、頭を振って思考の方向を元へ戻す。
識也の興味は頭部。だが犯人は、物言わぬ女性の肉体にこそ普遍的な美を、いや、美では無くていい、何かしらの、殺してでも手にしたいほどの精神的な面で強い価値を見出しているとすれば。持ち去る意味は何か。
「鑑賞か、或いは収集か……」
いずれにせよ、その考えは識也の中でストンと腑に落ちた。同じ異常な趣味嗜好、そして思考回路を持つ識也だから理解できた。
犯人が肉体――つまり識也が頭部を収集するなら、鑑賞するならどうするか。一度では足りない。何日も、何年でも死んだ時のまま気が向いた時に、心がざわついた時に鑑賞して心を落ち着かせたい。
であれば、死体は持ち帰っているはず。丁寧に血を抜き、薬品処理をし、低温で安定的に保管しようとする。
「なるほど……だから『血抜き』なのか」
しずるの遺体を逆さに吊るしていたのは、首の切断面から体内の血を抜いてしまうため。ただの血抜きとしては少々大掛かりのような気がするが、肉体にこそ価値を置いているのであれば血を抜く場所としては首以外には考えられない。
そして未来の肉体が不明なのは犯人が自宅で大切に保管しているから。更に肉体に執着している反面で頭部の扱いが酷いのは恐らく――
「犯人にとって『顔』は価値を損なうからだ」
或いは、損なう以上の憎悪か。未来の顔が傷つけられてはいなかったが、しずるは酷い有様だった。顔についてトラウマでもあるのかもしれない。
しかしそうなると犯人は薬品や人体に理解が深い職業の人間か。
「……いや、そうとも限らないな」
自らもそうだがこうした人種は、自分の興味についてはとことん追求するクセがある。全く関係のない職業についていてもその知識は本職の人間真っ青な程であることだって珍しくない。例え学生であってもだ。
それに単独犯とも限らない。取り扱っているような職業でなければ薬品の購入は難しいかもしれないが、そういった人間と犯人が懇意にしていれば不可能とも言い切れない。もっとも、何にせよそれなりの財力は必要であるだろうが。
「何にせよ――」
犯人が「顔」を邪魔だと思っているのであれば、肉体を収集しているのであれば――
「っと」
突然震えだしたスマホに、識也はビクリと肩を跳ね上げた。思考を遮られ、一体誰だ、とスマホを手に取る。画面に表示されている名前は――未来からだ。
「っ……、はぁ……」
再び未来の死に顔が頭にフラッシュバックする。この世界ではまだ彼女が生きている事は確実だったが、どうしても彼女を意識する度にあの絶望感が過ってしまう。
記憶力が良すぎるのも困りものだな、と額にうっすら浮かんだ汗を拭い取り、震える指で通話ボタンを押した。
「……もしもし? 未来か?」
『あ、しーちゃん? しーちゃんだよね?』
「そうだよ。俺のスマホに掛けてきたんなら俺以外に誰が出るんだよ」
『あははっ、そうだよね。何となく声がいつもと違う気がして、つい聞いちゃった。うん、そんな言い方するのは確かにしーちゃんしか居ないよね』
「どういう意味だよ、それ」
『あは、自分の胸に聞いてみてよ』
軽口を交わしながら、識也の気持ちは落ち着きへと向かう。こうして声を聴くと本当に戻ってきたのだという実感と安心感が湧き上がってくる。意図せず熱いものが喉元まで込み上げてきて、目元がジワリと湿ってきてしまう。
はて、自分はこんなにも涙もろい人間だっただろうか。もっと冷徹だと思っていたが――。
『しーちゃん?』
「……ああ、悪い。少しボーッとしてた」
電話越しの未来の声に識也は我に返った。気が緩んでしまっているのを自覚し、頭を掻きむしると俯いていた顔を上げて、声が震えてしまわないよう喉に力を入れた。
「それで、急に電話してきて何の用だ?」
『うん、その、ね? 特に用は無いんだけどしーちゃんさ、今日休んでたから大丈夫かなーって思って』
「別に風邪で休んだわけじゃないからな。体は問題ない」
『ぶー、サボりはいけないんだよっ! 天国のおじさんもおばさんも悲しんでるよー』
「立て篭もり犯かよ俺は。そういうお前こそ授業はどうしたんだよ?」
『何言ってるの、しーちゃん? もうとっくに授業は終わってるよ?』
言われて識也は時計を見た。時刻は既に五時前になっていた。どうやら思いの外、時間を忘れて集中していたらしい。バツが悪そうに識也は頭を掻いた。
『……ねえ、しーちゃん。本当に大丈夫かな? やっぱりどっか悪いんじゃ……』
「いや、本当に何ともない。ちょっとやることがあってそれに集中しすぎてたみたいだ」
『ほんとー? 風邪引いたりしてなぁい?』
「ああ、本当だ。何処も悪いところは無い」
『ならいっかな? しーちゃんはいつも冷たいけど、嘘だけは吐かないもんね』
未来の言葉にそんなに俺は冷たかっただろうか、と識也は自分に問い、悩む間もなく冷たかったな、という当たり前の結論にたどり着いた。特段未来に対してだけでなく全員に冷淡だった。いや、本当にどうでもいい相手には社交的な生徒の仮面を被っていただけに、未来や良太に対しては人一倍冷たい反応しかしていなかっただろう、と識也は自身の行いを振り返った。
(今更『俺』という人間の本質など、変えられはしないし変えるつもりも無いが……)
知らず識也は一人拳を握りしめて、目的を頭の中で繰り返す。もう、誰にも譲らない。
『……ねぇねぇ、しーちゃん。風邪じゃないんならお願いがあるんだけどね』
「何だ?」
『その、今日ね、葉月さんが夕飯のおかずの量を間違えちゃったみたいでね、余ったおかずをどうしようか悩んでるみたいなんだけどさ。今からね、しーちゃんのウチに余った分持って行ってもいいかなー、なんて、思っちゃったり……』
尻すぼみに未来の声が小さくなっていく。そしてすぐにワタワタと否定の言葉を口にした。
『や、やっぱ今のナシっ! ばつ、ばつ! ばってん! 何でも無い! 何でもないから忘れてっ! しーちゃん、自分の部屋を見られたくない人だったし私だって人に自分の部屋見られたくないし、でもしーちゃんにだったらいつだって私の部屋も心の部屋もオープンでベッドの下に隠してるしーちゃん隠し撮りアルバムや気持ちが溢れて止まらなくてどうしようもない時に書いた『もうそうラブラブ日記』まで見せてもいいかなって……』
「お前……そんな事してんの?」
『ハッ! しまった! ちがっ! 違うのっ! いや違わないんだけどね、んっとね、んっとね――ゴメンナサイ』
「いや、別にいいけどさ……」
識也は電話の向こうでスマホに向かって土下座する未来の姿を幻視した。想像の中の未来の姿が余りにもハッキリとイメージ出来てしまい、それが嬉しくて思わずクスリ、と笑い声を漏らした。
「いいよ、持って来てくれよ」
『その件に関しては何とお詫び申し上げまして……へっ?』
「『へっ?』じゃねえよ。余った料理持って来てくれるんだろ? ちょうど夕飯をどうしようかと思ってたんだ。有り難く頂くよ」
『…………』
「どうした? 来ないなら適当にコンビニで買ってくるけど」
『だ、ダメダメダメダメダメぇ~! すぐ行く今行く五秒で行くからそのまま待っててっ!』
「お、おう……んじゃ茶でも準備して待ってるから。
言っとくが別に急いでないからな? ゆっくり来いよ? ドジなんだから途中でズッコケるんじゃないぞ?」
『分かってる! ぶー、私だっていつまでも子供じゃないんだからね!? そんな事言うとお料理あげないんだから!』
「はいはい、分かった分かった。んじゃ気をつけてな」
スマートフォンを切り、識也は溜息を吐くとそれをベッドの上へ放り投げた。そして未来に告げたように茶の一杯でも用意しておいてやろうと戸棚を開ける。
すると――そこには見事なまでの空洞が広がっていたのだった。
「……とりあえず、コンビニで茶でも買ってくるか」
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