むしょうのあい

１３話「むしょうのあい」

　よっちゃんの遺品を片付けながら押入れの中を見ると、算数ドリルに数学の参考書、漢字練習帳が
きちんと種類別に山のように残っていた。

　その中で一際ボロボロになった2冊の本。
　かなり古い「子供の育て方」と、まだ新しい一冊は「幼児の指導法」中を見ると赤い線がいっぱい引かれ、
漢字にはルビが打たれ、わかりやすく文章を直し、何度も何度も見て学んだ跡がそこにはあった。

　更に、パラパラと漢字練習帳をめくって、楽しさと驚きと、あの当時のことを思い出す。
　練習帳をめくっているうちに、「かとうさち、加藤幸、加藤幸、こうださち、幸田幸、幸田幸」の
漢字の練習のところに封筒が貼り付けてあり、中に加藤幸名義の通帳が２冊と印鑑と、

　「サッチャンへ　たいして入っていないけど困ったときに使ってください」
　たどたどしい字で書かれた手紙が入っていた。
　通帳の金額は、大した額どころか４１８４万２７９円、よっちゃんの所に来てから連れ出されていなかった
7年間も含め17年間休まず、毎月コツコツ貯めた跡がわかる。

　漢字練習帳をめくって見ていると、連絡事項の後、二人の交換日記、その時の
よっちゃんの気持ちも書いてあった。
　読むうちに、ポタ、ポタポタ、私の涙で練習帳の文字がにじみ始める。

　最後のページには、震える文字で

　「ノにー横棒に縦棒4本点４つ”無”、　にんべん亻に賞”償”、つめかんむりに心・久しい”愛”」どの字もバランスが取れず何度も練習するうちに、ひらがなで

　「む、む、しょう、しょう、のあい、あい、むしょうのあい　むしょうのあい、むしょうのあい、
むしょうのあ」
　よっちゃんが気に入った言葉を痛みを抑えながら、何度も何度も練習した跡。
　最後は”むしょうのあ”で、字が終わっていた。

　１５年後、私達は相変わらずこのアパートに住みつつ、仏壇のよっちゃんと初子さん達の位牌と写真に
手を合わせる。

　窓の外から幸良が、
　「お母・・先生早くしてください。時間ですよ。
　”障害者支援サポート”の発議案を出すんでしょう。急いでください」

　「分かりましたよ。ユッキー秘書さん！今行きます。
　よっちゃんお母さん、初子さん、違った意味で私は”先生”になりました。
　市議会議員”むしょうのあい”党の代表として発議案を出してきます。
　今日も一日ユッキーと私を見守ってね」 　　　　了