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42話
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フラスト様も部屋を去り、ヴァルア様と僕の二人きりになった。
沈黙が僕たちを包む。ヴァルア様になんと声をかけていいのか分からない。
僕に背を向けていたヴァルア様が、ゆっくりと振り返った。彼は頬や服に返り血を浴びていた。手なんて血でべったりと濡れている。
「俺のこと、怖くなった?」
消え入りそうな声でヴァルア様が言った。
正直、怖かった。悪魔のようだと思ったほどに。
「……怖かったら、俺から離れていいよ。生活は保障する」
僕は眉をひそめた。それだと約束が違う。
「なぜそんなことを言うんですか? 先ほどの僕の姿を見て嫌になりましたか?」
「ん……? え、いや……」
「僕があなたの約束を破り、司祭様にペニスを挿入させたからですか」
「あれ……? いや、そうじゃなくて、さっきの俺が――」
「それなら謝りますから。それにこちらにも事情があってですね――」
「だから違う。俺がそのことについて怒っているのは司祭にであって、君にでは――」
「誰もあなた以外とセックスしたいなんて思っていませんよ!! 謝るので許してください」
「ナスト!! 一回静かに俺の話を聞いてくれるかな!?」
大声に驚いて僕は口を閉じた。
ヴァルア様は「やっぱり会話が成り立たないなあ」とぼやき、ベッドに腰掛けた。
「実は、君が知らない俺が、俺の中にはたくさんいるんだ」
「そうですね。先ほどのあなたは知りませんでした」
「怖かっただろう? 俺、仕事では時々ああなってしまうんだ」
「はい。それは先ほど知りました」
ヴァルア様が首を傾げたので、つられて僕も同じことをした。
「あれを見ても、君は俺のことを嫌にならなかったのかい?」
「はい」
「なぜ?」
なぜと聞かれても、なんと答えればいいのか分からない。
「では逆に聞きますが、先ほどの僕を見ても、あなたは僕のことを嫌にならなかったのですか?」
「そうだね。ならなかったよ、もちろん」
「なぜ?」
「なぜと聞かれてもなあ」
「なら、そういうことです」
「……そうか。分かった。これ以上野暮なことは聞かないことにする」
「ええ。とても野暮でした」
僕は唇を尖らせ、ヴァルア様の手を握る。
「だから、離れるなんてそんなこと、言わないでください」
「……そうだね。すまなかった。……手、汚れるよ」
「ああ本当だ。血が」
ヴァルア様が司祭様を折檻していたのと同時刻、教会監視団体が教会を一斉強制捜査していた。
牢獄に閉じ込められていたアリスと、彼女の息子は無事救出され、今は教会の外で保護されているらしい。
司祭様だけでなく、司祭様の悪事に関わっていた人たちも教会監視団体の拠点に連行された。司祭様以外の処遇は、それぞれの罪の重さによって決定されるそうだ。
また、悪い人たちがいなくなったファリスティア教会に、大公家が信を置いているメヌーレ教会――国内最大の教会の聖職者たちが数人派遣され、正しい教義と立ち振る舞いを再教育する方針に決まった。
そして僕はあの日、ヴァルア様と共に教会をあとにした。最後に一度だけファリスティア教会の聖堂を見上げたが、そこまで深い感情は湧かなかった。もう二度と来ることはないだろう。
「僕、これからどうしたらいいんでしょう」
「え? 俺と一緒になるんだろう?」
「そうなんですが。アコライトという職位を失い、なんだか空っぽになってしまった気もして」
「だったら別の仕事を探せばいいだけさ。この世には聖職者以外にも、たくさんの仕事がある」
「……そうですね。うん」
これから何をしよう。何になろう。
ヴァルア様とどこに行こう。何をしよう。
教会の外は、考えることがいっぱいだ。
沈黙が僕たちを包む。ヴァルア様になんと声をかけていいのか分からない。
僕に背を向けていたヴァルア様が、ゆっくりと振り返った。彼は頬や服に返り血を浴びていた。手なんて血でべったりと濡れている。
「俺のこと、怖くなった?」
消え入りそうな声でヴァルア様が言った。
正直、怖かった。悪魔のようだと思ったほどに。
「……怖かったら、俺から離れていいよ。生活は保障する」
僕は眉をひそめた。それだと約束が違う。
「なぜそんなことを言うんですか? 先ほどの僕の姿を見て嫌になりましたか?」
「ん……? え、いや……」
「僕があなたの約束を破り、司祭様にペニスを挿入させたからですか」
「あれ……? いや、そうじゃなくて、さっきの俺が――」
「それなら謝りますから。それにこちらにも事情があってですね――」
「だから違う。俺がそのことについて怒っているのは司祭にであって、君にでは――」
「誰もあなた以外とセックスしたいなんて思っていませんよ!! 謝るので許してください」
「ナスト!! 一回静かに俺の話を聞いてくれるかな!?」
大声に驚いて僕は口を閉じた。
ヴァルア様は「やっぱり会話が成り立たないなあ」とぼやき、ベッドに腰掛けた。
「実は、君が知らない俺が、俺の中にはたくさんいるんだ」
「そうですね。先ほどのあなたは知りませんでした」
「怖かっただろう? 俺、仕事では時々ああなってしまうんだ」
「はい。それは先ほど知りました」
ヴァルア様が首を傾げたので、つられて僕も同じことをした。
「あれを見ても、君は俺のことを嫌にならなかったのかい?」
「はい」
「なぜ?」
なぜと聞かれても、なんと答えればいいのか分からない。
「では逆に聞きますが、先ほどの僕を見ても、あなたは僕のことを嫌にならなかったのですか?」
「そうだね。ならなかったよ、もちろん」
「なぜ?」
「なぜと聞かれてもなあ」
「なら、そういうことです」
「……そうか。分かった。これ以上野暮なことは聞かないことにする」
「ええ。とても野暮でした」
僕は唇を尖らせ、ヴァルア様の手を握る。
「だから、離れるなんてそんなこと、言わないでください」
「……そうだね。すまなかった。……手、汚れるよ」
「ああ本当だ。血が」
ヴァルア様が司祭様を折檻していたのと同時刻、教会監視団体が教会を一斉強制捜査していた。
牢獄に閉じ込められていたアリスと、彼女の息子は無事救出され、今は教会の外で保護されているらしい。
司祭様だけでなく、司祭様の悪事に関わっていた人たちも教会監視団体の拠点に連行された。司祭様以外の処遇は、それぞれの罪の重さによって決定されるそうだ。
また、悪い人たちがいなくなったファリスティア教会に、大公家が信を置いているメヌーレ教会――国内最大の教会の聖職者たちが数人派遣され、正しい教義と立ち振る舞いを再教育する方針に決まった。
そして僕はあの日、ヴァルア様と共に教会をあとにした。最後に一度だけファリスティア教会の聖堂を見上げたが、そこまで深い感情は湧かなかった。もう二度と来ることはないだろう。
「僕、これからどうしたらいいんでしょう」
「え? 俺と一緒になるんだろう?」
「そうなんですが。アコライトという職位を失い、なんだか空っぽになってしまった気もして」
「だったら別の仕事を探せばいいだけさ。この世には聖職者以外にも、たくさんの仕事がある」
「……そうですね。うん」
これから何をしよう。何になろう。
ヴァルア様とどこに行こう。何をしよう。
教会の外は、考えることがいっぱいだ。
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