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41話

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 これから起こることを見たくないとでも言うように、フラスト様と教会監視団体の部下が部屋から出て行った。ドアを閉めた向こう側から声が漏れ聞こえるところから、ドアの外で待機しているようだ。
 部屋に取り残されたのは、ヴァルア様と司祭様、そして僕の三人だ。
 ヴァルア様は冷たい表情のまま僕を一瞥し、強く歯を噛みしめた。無言でベッドに片脚をかけ、黙々と僕の拘束を外していく。

「ありがとうございます……」
「……」

 礼を言っても、ヴァルア様は無表情で黙ったままだった。僕と目が合わないどころか、焦点がどこにも合っていない。彼のがらんどうの瞳に恐怖を覚え、僕は目を背けてしまった。
 ヴァルア様は司祭様に背を向けたまま口を開いた。

「……こんな言葉がありますね」
「……?」
「『目には目を、歯には歯を』……ご存じですか?」

 司祭様は硬直して声すら出ないようだった。

「あなたの処遇、どうしようかとても悩んだんですよ」
「だっ……だから私は罪を犯してなんぞ――」

 ヴァルア様が司祭様を蹴り飛ばした。司祭様がベッドから転がり落ちる。

「ぐぁっ、……ぐぁぁぁっ!?」

 間髪入れず、ヴァルア様は、司祭様の手の甲に剣を突き刺した。痛みに悶えている司祭様を見下ろす彼は、眉一つ動かさない。

「今、あなたの話は聞いていません」
「あぁぁぁっ、ぐぅぅぅっ、うぅうぅっ」

 まるで司祭様の叫び声が聞こえないかのように、ヴァルア様は淡々と話し続ける。

「しかし困ったことに、あなたは男娼としての需要がなさそうでね。ほんと、どうしたものかと」
「いだいぃぃぃっ!! 抜いてくれぇぇぇ!! あぁあぁぁっ!!」
「それで、良い案を思いついたんです。友人に優秀な外科医がいましてね。彼は常に解剖素材を求めているんです。それならば、あなたでも世の役に立つことができますし、生きたままの解剖素材に友人も大喜びするでしょう。どうです? なかなかの名案かな、と」

 泣き叫んでいる中でもヴァルア様の声が聞こえていたのか、司祭様が「ヒッ……!?」と息を呑み静かになった。
 ヴァルア様は司祭様の前でしゃがみ、ニコッと笑う。

「生きたままなら解剖より実験されますかね。彼、今は性病の研究に熱中しているようで、性病患者の膿を塗りたくれる活きのいいペニスを探していたんですよ。ほら、あなたにぴったりでしょう」

 もちろん実験のあとは解剖の役に立てますよ、とヴァルア様が言ったが、当然それで司祭様が喜ぶわけがない。
 ヴァルア様は足元に転がっていた使用済みの注射器を拾い、司祭様に見せつけた。

「ああそうだ。彼はコレにも興味を持っていましたよ。きっとあなたにも打ってくれます。毎晩、毎晩、毎晩ね」
「ひぃぃっ……! な、なんだあんた……!! くっ……狂ってる……っ!!」
「そうですか。あなたもそう言うんですね。よく言われるんですよ。兄と、狂った人たちに限ってですけど」
「わしはっ……! わしは何もしておらん……!! この一度だけだっ!! それだけでどうして――」

 司祭様のもう片方の手の甲にナイフが突き刺さった。

「あぁぁぁぁっ!!」
「かまいませんよ。吐くまで痛めつけるだけですから。どうぞ好きなだけ無罪を主張してください。ちなみに私たちは、あなたの犯した罪全ての裏を取ってあります」

 ヴァルア様がポケットからもう一本のナイフを取り出した。司祭様の目の前でチラチラと揺らし、それを耳の裏に当てた。

「ひっ……!」
「さあ、それでは始めましょうか。私たちが掴んだあなたの悪事とは――」

 アコライトへの性犯罪、禁薬の違法入手、使用人への性犯罪と脅迫、教会と反する独自の思想の布教、賄賂の受け取りや献金の横領――
 その他数々の犯罪を、ヴァルア様は無感情で並べた。

「――以上です。あなたはこれらの罪を認めますか?」
「……っ」
「そうですか。耳はいらないんですね。分かりました」
「あぁぁぁぁっ――みっ、認めるっ!! 認める!!」

 耳が半分体から離れたところで、司祭様は罪を認めた。
 ヴァルア様は、初めて司祭様に同情的な目を向ける。

「そうですか。では、これからは性病の実験体として人の役に立ち、罪を贖ってください」
「っ、っ、~~、ヴァ、ヴァルア様っ……!! 私は素直に罪を認めました!! 人は誰でも罪を犯すものです!! それをっ、そんなっ、実験体だなんてそんなのあんまりだ!!」
「おっと」
「うわぁぁぁぁっ!!」

 ヴァルア様の手が滑り、司祭様の耳が完全に切り離された。

「すみません。今のは完全に私怨です」
「あぁぁぁぁっ!! わしのっ、わしの耳がぁぁっ!!」
「長年にわたり純粋無垢な少年を洗脳し、凌辱し続けてきた人に、情状酌量の余地がありますか?」

 ヴァルア様は立ち上がり、部屋のドアを開けた。
 待っていたフラスト様や教会監視団体の部下たちが一斉に中に入ってきた。皆がその場の惨状に顔を引き攣らせている。
 そんな彼らを気に留める様子もなく、ヴァルア様は言った。

「彼だけではありません。アリスや、アリスの息子、それ以外にも大勢の人々を苦しめてきたあなたに、どうして救済の手が差し伸べられるのです」

 それがヴァルア様の最後の言葉だった。
 彼が手で合図を出すと、部下たちが司祭を拘束して連行した。
 それを眺めていたフラスト様が、ヴァルア様に苦言を呈する。

「やりすぎだ。耳を落とす必要はあったのか」
「なかったね。ごめん」
「はあ。気味が悪い。帰る」

 あとから聞いた話だが、司祭様は本当に外科医者に引き渡されたらしい。生きたまま解剖される、というのはヴァルア様のでまかせだったが、媚薬の実験体にされたり、性病患者の膿をペニスに塗られたりという、苦しい経験を味わうことになったそうだ。
 彼はその後一生、治らない性病に苦しめられるハメになったらしい。
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