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37話
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◇◇◇
ファリスティア教会に馬車が停まる。使用人に出迎えられ、僕とアリスは教会に足を踏み入れた。
七日ぶりに見上げる教会は、いつもと何も変わりなかった。それなのに胸がざわつくのは、この教会を待ち受ける運命を知っているからなのだろう。
使用人がアリスに耳打ちした。アリスはサッと顔を青くして、消え入るような声で返事をする。僕の手を引いて速足で歩き始めた彼女は、唇を動かさずに言った。
「司祭様がお呼びです。おそらく――」
儀式がおこなわれるのだろう。それに勘づいた僕は立ち止まり、踏ん張った。
アリスが振り返った。手を引っ張っても動こうとしない僕に、苦しそうな表情を向ける。
「ナスト様……」
「い、いやだ……行きたくない……」
「……い、行かなければ、怪しまれます。大公家が動くにはあと数日かかるので、それまで悟られないようにしなければ……」
「ヴァ、ヴァルア様と約束したんだ……。ヴァルア様以外の人とは、もう……」
「……っ」
アリスは唇を噛み、そっと僕の手を放した。
「……分かりました。私がなんとかします」
「い、いいの……?」
「ええ……。どの程度もつか分かりませんが、できうる限りのことをします。ナスト様は自室でお休みください」
そう言って、アリスは小走りで司祭館に入っていった。
僕は極力誰の目にも入らないよう、身を縮めて私室に戻った。扉の鍵をかけたのははじめてだ。それからベッドに潜り込み、体を丸くした。
そばに司祭様がいるというだけで体が震える。
「ヴァルア様……早く……」
ここは牢獄だ。自由も平和もひとつもない。あるのは僕を縛る鎖と無意味な掟だけ。
布団の隙間から部屋に目をやった。窓から見える空は青いのに、どうしてこんなに寒いんだ。
その夜、廊下から怒鳴り声が聞こえてきた。続けて耳に入ったのは、アリスの悲痛な叫び声だった。
「司祭様!! ナスト様はお体を壊されていて……!!」
「やかましい!! それがどうした!! 夜まで待ってやったんだ、これ以上待てるか!!」
僕は顔面蒼白でベッドから飛び出し、クローゼットの中に逃げ込んだ。
激しくドアを叩かれる。
「ナスト!! いるんだろう!! でてきなさい!! わしに挨拶もなしとはなんだ!!」
「司祭様……!! ナスト様は悪くありません……!! 体調が悪い中でも司祭様に挨拶しに伺おうとした彼を、私が無理に止めたんです……!!」
「だったらなぜ今顔を出さない!?」
ドアノブが音を立てて揺れる。
「……なぜ鍵がかかっている。おい!! ナスト!! 開けなさい!!」
恐怖で震えが止まらない。僕は殺されてしまうのではないか。
「アリス!! 鍵を!!」
「……っ」
「……何をしておる、アリス。そこをどけ!!」
「きゃっ……!!」
激しくドアが揺れてから、鈍い音が聞こえた。それからも何度か鈍い音がして、そのたびにアリスの呻き声がした。アリスが暴行を受けている気がして、全身がざわついた。
外が静かになった。ほどなくして、カチリと開錠された音がした。
僕はクローゼットの隙間から室内の様子を覗き見た。不気味なほどゆっくりドアノブが回る。音を立ててドアが開き、司祭様が入って来た。
僕は音を立てないよう、クローゼットの隅に移動した。掛けられた衣服で必死に姿を隠す。
「ナスト。どこに隠れておる? どうしてわしから隠れるんだ?」
司祭様の声が近くなったり遠くなったりする。
「ほら。出てきなさいナスト。教会の外に出たお前は穢れに満ちておる。わしが清めてやらんことには、アコライトとしての職務が果たせんだろう? それともお前は、またスラムに戻りたいというのかな?」
クローゼットの扉が開いた。僕は口を手で塞ぎ、恐怖で漏れる声を抑え込んだ。
「おや? ふふ」
司祭様が笑った。衣服をかき分け、隅で座り込んでいる僕に影を伸ばす。
見下ろす司祭様と目が合った。司祭様は僕を見つけて、気味の悪い笑みをこぼす。
「みぃつけた」
「ひっ……」
「隠れてもにおいで分かる。ナストは赤ちゃんのにおいがするからね。ふふ」
逃げ場もないのに後ずさりする僕。司祭様はそんな僕の腕を掴み、クローゼットから引きずり出した。
「いやっ……いやぁっ!!」
「何を怖がっておるんだ、ナスト。さては大公家にくだらぬことを吹き込まれたな。だから外に出したくなかったんだ。全く。教会の外は、穢れと偽りで満ちておる」
ファリスティア教会に馬車が停まる。使用人に出迎えられ、僕とアリスは教会に足を踏み入れた。
七日ぶりに見上げる教会は、いつもと何も変わりなかった。それなのに胸がざわつくのは、この教会を待ち受ける運命を知っているからなのだろう。
使用人がアリスに耳打ちした。アリスはサッと顔を青くして、消え入るような声で返事をする。僕の手を引いて速足で歩き始めた彼女は、唇を動かさずに言った。
「司祭様がお呼びです。おそらく――」
儀式がおこなわれるのだろう。それに勘づいた僕は立ち止まり、踏ん張った。
アリスが振り返った。手を引っ張っても動こうとしない僕に、苦しそうな表情を向ける。
「ナスト様……」
「い、いやだ……行きたくない……」
「……い、行かなければ、怪しまれます。大公家が動くにはあと数日かかるので、それまで悟られないようにしなければ……」
「ヴァ、ヴァルア様と約束したんだ……。ヴァルア様以外の人とは、もう……」
「……っ」
アリスは唇を噛み、そっと僕の手を放した。
「……分かりました。私がなんとかします」
「い、いいの……?」
「ええ……。どの程度もつか分かりませんが、できうる限りのことをします。ナスト様は自室でお休みください」
そう言って、アリスは小走りで司祭館に入っていった。
僕は極力誰の目にも入らないよう、身を縮めて私室に戻った。扉の鍵をかけたのははじめてだ。それからベッドに潜り込み、体を丸くした。
そばに司祭様がいるというだけで体が震える。
「ヴァルア様……早く……」
ここは牢獄だ。自由も平和もひとつもない。あるのは僕を縛る鎖と無意味な掟だけ。
布団の隙間から部屋に目をやった。窓から見える空は青いのに、どうしてこんなに寒いんだ。
その夜、廊下から怒鳴り声が聞こえてきた。続けて耳に入ったのは、アリスの悲痛な叫び声だった。
「司祭様!! ナスト様はお体を壊されていて……!!」
「やかましい!! それがどうした!! 夜まで待ってやったんだ、これ以上待てるか!!」
僕は顔面蒼白でベッドから飛び出し、クローゼットの中に逃げ込んだ。
激しくドアを叩かれる。
「ナスト!! いるんだろう!! でてきなさい!! わしに挨拶もなしとはなんだ!!」
「司祭様……!! ナスト様は悪くありません……!! 体調が悪い中でも司祭様に挨拶しに伺おうとした彼を、私が無理に止めたんです……!!」
「だったらなぜ今顔を出さない!?」
ドアノブが音を立てて揺れる。
「……なぜ鍵がかかっている。おい!! ナスト!! 開けなさい!!」
恐怖で震えが止まらない。僕は殺されてしまうのではないか。
「アリス!! 鍵を!!」
「……っ」
「……何をしておる、アリス。そこをどけ!!」
「きゃっ……!!」
激しくドアが揺れてから、鈍い音が聞こえた。それからも何度か鈍い音がして、そのたびにアリスの呻き声がした。アリスが暴行を受けている気がして、全身がざわついた。
外が静かになった。ほどなくして、カチリと開錠された音がした。
僕はクローゼットの隙間から室内の様子を覗き見た。不気味なほどゆっくりドアノブが回る。音を立ててドアが開き、司祭様が入って来た。
僕は音を立てないよう、クローゼットの隅に移動した。掛けられた衣服で必死に姿を隠す。
「ナスト。どこに隠れておる? どうしてわしから隠れるんだ?」
司祭様の声が近くなったり遠くなったりする。
「ほら。出てきなさいナスト。教会の外に出たお前は穢れに満ちておる。わしが清めてやらんことには、アコライトとしての職務が果たせんだろう? それともお前は、またスラムに戻りたいというのかな?」
クローゼットの扉が開いた。僕は口を手で塞ぎ、恐怖で漏れる声を抑え込んだ。
「おや? ふふ」
司祭様が笑った。衣服をかき分け、隅で座り込んでいる僕に影を伸ばす。
見下ろす司祭様と目が合った。司祭様は僕を見つけて、気味の悪い笑みをこぼす。
「みぃつけた」
「ひっ……」
「隠れてもにおいで分かる。ナストは赤ちゃんのにおいがするからね。ふふ」
逃げ場もないのに後ずさりする僕。司祭様はそんな僕の腕を掴み、クローゼットから引きずり出した。
「いやっ……いやぁっ!!」
「何を怖がっておるんだ、ナスト。さては大公家にくだらぬことを吹き込まれたな。だから外に出したくなかったんだ。全く。教会の外は、穢れと偽りで満ちておる」
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