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31話
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あてがわれた個室には、窓際に丸いテーブルが用意されていた。テーブルの上には、ケーキや焼き菓子などがたっぷり載せられた三段のケーキスタンドがあった。
僕はそこに座り、焼き菓子をつまんだ。すぐに使用人がやって来て、良い香りのする紅茶を入れてくれた。
窓の外からは庭が見える。きれいに剪定された木々や、色とりどりの花が咲き乱れる花畑などが美しい。初めて来たところなのに、心が安ら――
「ナストォォォォッ!!」
穏やかな時間を過ごせたのも束の間、廊下から叫び声が聞こえ、ノックもなしにドアが開いた。
驚いて硬直している僕の前に鼻息荒く現れたのは、髪を乱し、鬼のように険しい顔をしているヴァルア様だった。
僕は食べかけの焼き菓子を手に持ったまま、ヴァルア様を見上げる。
「ど、どうされましたか? そんな恐ろしい顔をして」
「君には貞操観念というものがないのか痴れ者め!!」
「痴れ者って……なんと失礼な」
ヴァルア様のすぐあとに、大公様とフラスト様がやって来た。
「ヴァルア。落ち着かんか」
「これが落ち着いていられるか!? 自分の親父がナストとセックスしたのに!?」
とんだ誤解だ。僕は首を横に振った。
「セックスじゃありません。調査です」
「ペニスをアナルに挿入することがセックスじゃないと!? 君はそう言いたいのかい!?」
「はい。セックスはヴァルア様としかしたことがありません」
「先ほど親父としたばかりなのによく言う!! それに司祭とも毎晩していただろう!! 分かり切った嘘をつくんじゃないよ!!」
「だから大公様の調査に協力しただけです。それに、司祭様としていたのは儀式です」
「ああ! この子とはいつも会話が成り立たない!! 頭がどうにかなりそうだ!!」
ヴァルア様はなぜこんなに取り乱しているのだろうか。働きづめで疲れているのかもしれない。
僕は焼き菓子をヴァルア様に差し出した。
「まあまあ。これを食べて落ち着いてください。美味しいですよ」
「よくこんなに怒っている俺に何食わぬ顔で焼き菓子を差し出せるね!?」
「きっと疲れているんでしょう? 甘いものを食べると疲れも幾分マシになるはずです」
「ダメだこいつ!!」
髪を搔き乱すヴァルア様に、大公様は呆れて物も言えない様子だった。ほどなく、フラスト様が口を開いた。嫌悪感たっぷりの目でヴァルア様を睨みつけている。
「……やはりお前もこの子にご執心か」
しかしヴァルア様は兄の言葉を無視して大公様に詰め寄る。
「おい親父!! なぁにが調査だ!! ただナストを抱きたかっただけだろう!! 調査にかこつけてナストをいたぶりやがって!! この子は御覧の通り言葉が通じない上にチョロチョロのチョロでコロッと尻を差し出すような危うい存在なんだぞ!!」
なんて言われようだ。
ヴァルア様に怒鳴られても、大公様は眉一つ動かさない。
「そう言うお前も、調査の一環でナストを抱いたのだろう?」
「ちがっ……」
「違う? 違うのか? ならば一層タチが悪いが」
「ぐぅぅ……」
言葉に詰まるヴァルア様に、僕は恨めしげな目を向けた。
「僕を抱いたのって調査のためだったんですか?」
「ち、ちがっ……」
「ひどい。僕はあなたとのセックスで愛を感じていたのに」
「ふぐぁぁ……っ」
ヴァルア様が追い詰められているサマが愉快なのか、フラスト様はニヤニヤ笑っている。
「おいヴァルア。どちらなんだ。はっきりしろ。じゃないともっと、おもしろ……厄介なことになるぞ」
「ぐぅぅ……」
「ま、どちらにせよ、おもしろ……泥沼になりそうだがな」
そこに、ひょこっとドアから顔を覗かせたアリスが口を挟んだ。
「ナスト様を弄んだとあらば、末代まで呪います」
続いてキルティアさんが一言。
「腐っても教会監視役長ですよね、ヴァルア様は。ね? そうですよね?」
それだけ言って、二人はどこかへ去って行った。
訪れる沈黙。みなの視線がヴァルア様に注がれる。
意を決したのか、ヴァルア様は顔を上げた。目が妙に毅然としている。
「分かった! 正直に言おう!!」
聴衆が固唾を呑み込んだ。
僕はそこに座り、焼き菓子をつまんだ。すぐに使用人がやって来て、良い香りのする紅茶を入れてくれた。
窓の外からは庭が見える。きれいに剪定された木々や、色とりどりの花が咲き乱れる花畑などが美しい。初めて来たところなのに、心が安ら――
「ナストォォォォッ!!」
穏やかな時間を過ごせたのも束の間、廊下から叫び声が聞こえ、ノックもなしにドアが開いた。
驚いて硬直している僕の前に鼻息荒く現れたのは、髪を乱し、鬼のように険しい顔をしているヴァルア様だった。
僕は食べかけの焼き菓子を手に持ったまま、ヴァルア様を見上げる。
「ど、どうされましたか? そんな恐ろしい顔をして」
「君には貞操観念というものがないのか痴れ者め!!」
「痴れ者って……なんと失礼な」
ヴァルア様のすぐあとに、大公様とフラスト様がやって来た。
「ヴァルア。落ち着かんか」
「これが落ち着いていられるか!? 自分の親父がナストとセックスしたのに!?」
とんだ誤解だ。僕は首を横に振った。
「セックスじゃありません。調査です」
「ペニスをアナルに挿入することがセックスじゃないと!? 君はそう言いたいのかい!?」
「はい。セックスはヴァルア様としかしたことがありません」
「先ほど親父としたばかりなのによく言う!! それに司祭とも毎晩していただろう!! 分かり切った嘘をつくんじゃないよ!!」
「だから大公様の調査に協力しただけです。それに、司祭様としていたのは儀式です」
「ああ! この子とはいつも会話が成り立たない!! 頭がどうにかなりそうだ!!」
ヴァルア様はなぜこんなに取り乱しているのだろうか。働きづめで疲れているのかもしれない。
僕は焼き菓子をヴァルア様に差し出した。
「まあまあ。これを食べて落ち着いてください。美味しいですよ」
「よくこんなに怒っている俺に何食わぬ顔で焼き菓子を差し出せるね!?」
「きっと疲れているんでしょう? 甘いものを食べると疲れも幾分マシになるはずです」
「ダメだこいつ!!」
髪を搔き乱すヴァルア様に、大公様は呆れて物も言えない様子だった。ほどなく、フラスト様が口を開いた。嫌悪感たっぷりの目でヴァルア様を睨みつけている。
「……やはりお前もこの子にご執心か」
しかしヴァルア様は兄の言葉を無視して大公様に詰め寄る。
「おい親父!! なぁにが調査だ!! ただナストを抱きたかっただけだろう!! 調査にかこつけてナストをいたぶりやがって!! この子は御覧の通り言葉が通じない上にチョロチョロのチョロでコロッと尻を差し出すような危うい存在なんだぞ!!」
なんて言われようだ。
ヴァルア様に怒鳴られても、大公様は眉一つ動かさない。
「そう言うお前も、調査の一環でナストを抱いたのだろう?」
「ちがっ……」
「違う? 違うのか? ならば一層タチが悪いが」
「ぐぅぅ……」
言葉に詰まるヴァルア様に、僕は恨めしげな目を向けた。
「僕を抱いたのって調査のためだったんですか?」
「ち、ちがっ……」
「ひどい。僕はあなたとのセックスで愛を感じていたのに」
「ふぐぁぁ……っ」
ヴァルア様が追い詰められているサマが愉快なのか、フラスト様はニヤニヤ笑っている。
「おいヴァルア。どちらなんだ。はっきりしろ。じゃないともっと、おもしろ……厄介なことになるぞ」
「ぐぅぅ……」
「ま、どちらにせよ、おもしろ……泥沼になりそうだがな」
そこに、ひょこっとドアから顔を覗かせたアリスが口を挟んだ。
「ナスト様を弄んだとあらば、末代まで呪います」
続いてキルティアさんが一言。
「腐っても教会監視役長ですよね、ヴァルア様は。ね? そうですよね?」
それだけ言って、二人はどこかへ去って行った。
訪れる沈黙。みなの視線がヴァルア様に注がれる。
意を決したのか、ヴァルア様は顔を上げた。目が妙に毅然としている。
「分かった! 正直に言おう!!」
聴衆が固唾を呑み込んだ。
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