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17話
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◇◇◇
翌日、約束の時間に物置部屋のドアを開けると、姿が見えないほど大きなバラの花束を持ったヴァルア様がひざまずいて待っていた。
「……」
僕は言葉を失い、ただ胡乱な目を花束に向けるのみ。
無反応なことが不思議だったのか、花束の奥からヴァルア様がひょこっと顔を出した。
「あれ? 感動しすぎて声も出ない?」
「なんですか、これは」
「愛の象徴、バラの花束だよ」
「……」
僕はそっとドアを閉め、物置部屋から去った。本当の愛がバラの花束? もしそうならバカらしいにもほどがある。
「おい! どこへ行く!!」
ヴァルア様が追いかけてきた。
「花束は好みじゃなかったかい? だったらこれはどうかな」
そう言って僕に見せたのは、宝石が埋め込まれた指輪だった。
僕はその指輪を受け取り、すぐに投げ捨てた。
「あー!! なんてことをするんだ!! わざわざ昨日宝石商を呼びつけて用意したものなんだぞ!?」
「あれがあなたの言う愛なんですか? 大貴族様であれば、あんなものいくらでも用意できるじゃないですか」
「ええ……? 気に入らなかったかな……?」
「僕、物はいりません」
「ええー……。そんなこと言う子初めてだ……」
ヴァルア様が無意識に呟いた発言に、戸惑うほどの苛立ちを覚えた。
僕はそのまま礼拝堂に戻り、蝋燭灯しの作業に戻った。
その夜、僕はヴァルア様にしてしまったことを悔いて眠れなくなっていた。
「……」
ベッドに腰掛け項垂れている僕に、アリスが温かい飲み物を渡す。
「考え事ですか?」
「……アリス。あのさ、えっと」
「どうしましたか?」
「た、たとえばの話なんだけど、ある人がアリスにバラの花束や指輪を渡してきたら、どうする?」
「……誰かに渡されたのですか?」
「ううん!? 違うけどね!?」
アリスは疑わしげな目をしながらも、少し考えてから答えた。
「相手にもよりますね。私が好意を寄せている人だったなら、ありがたく受け取りますよ」
「じゃあ、アリスが花束や指輪を愛する人に渡したとして、相手に目の前で投げ捨てられたらどうする?」
「ええ……? そんなひどい人とは今後一生付き合いません」
「~~!! だってただの物だよ!? いらないでしょう!?」
「……大切なのは物そのものではなくて、相手の好意です。その人がどんな思いでその贈り物を選んだのか、あなたはちゃんと考えましたか?」
「えっと……えっと……。考えなかった……」
アリスは呆れた様子で僕を見た。
「相手の好意が迷惑で、嫌われたいと思っているなら、百歩譲ってそうしてもいいでしょうが……。仮にあなたも好意を寄せているのであれば、早いうちに謝った方がいいかと思いますよ」
「……ちょっと待って、アリス。僕は自分の話をしているなんて言っていないよ」
「もう遅いです」
「んあぁ……。こ、これ、司祭様には……」
「言いません。ですが……やめておいたほうがいいと思います。あなたにとっても、相手にとっても」
「……」
「ちょうど良かったんじゃないでしょうか。贈り物を投げ捨てるという、非人道的な行為をされたならば、百年の恋も冷めるでしょうし」
「うぅぅ……」
そこでアリスは思い出したかのように言った。
「そもそも、聖職者は神に人生を捧げる者。性行為も結婚も許されていません」
「うーん?」
司祭とアコライトが毎夜性行為をしているんだが? と目で訴えると、アリスは慌てて弁解した。
「えっと、司祭様は神の依り代……つまり神様と同義と言っても過言ではないので、司祭様との儀式は例外です」
「ふーん」
「……」
「……」
「寝ましょうか、ナスト様」
「そうだね。おやすみ、アリス」
「おやすみなさい」
蝋燭の灯が消える。暗くなった天井を見上げ、僕はまだ考えていた。
ヴァルア様は、どんな思いであの贈り物を選んでくれたんだろう。
……考えてももう遅いかもしれない。だって、アリスがいうには、僕は〝今後一生付き合わない〟ような〝非人道的な行為〟をしてしまったみたいだし。
明日、ヴァルア様は物置部屋に来てくれるだろうか。
空っぽの物置部屋を想像すると、胸が少し苦しくなった。
翌日、約束の時間に物置部屋のドアを開けると、姿が見えないほど大きなバラの花束を持ったヴァルア様がひざまずいて待っていた。
「……」
僕は言葉を失い、ただ胡乱な目を花束に向けるのみ。
無反応なことが不思議だったのか、花束の奥からヴァルア様がひょこっと顔を出した。
「あれ? 感動しすぎて声も出ない?」
「なんですか、これは」
「愛の象徴、バラの花束だよ」
「……」
僕はそっとドアを閉め、物置部屋から去った。本当の愛がバラの花束? もしそうならバカらしいにもほどがある。
「おい! どこへ行く!!」
ヴァルア様が追いかけてきた。
「花束は好みじゃなかったかい? だったらこれはどうかな」
そう言って僕に見せたのは、宝石が埋め込まれた指輪だった。
僕はその指輪を受け取り、すぐに投げ捨てた。
「あー!! なんてことをするんだ!! わざわざ昨日宝石商を呼びつけて用意したものなんだぞ!?」
「あれがあなたの言う愛なんですか? 大貴族様であれば、あんなものいくらでも用意できるじゃないですか」
「ええ……? 気に入らなかったかな……?」
「僕、物はいりません」
「ええー……。そんなこと言う子初めてだ……」
ヴァルア様が無意識に呟いた発言に、戸惑うほどの苛立ちを覚えた。
僕はそのまま礼拝堂に戻り、蝋燭灯しの作業に戻った。
その夜、僕はヴァルア様にしてしまったことを悔いて眠れなくなっていた。
「……」
ベッドに腰掛け項垂れている僕に、アリスが温かい飲み物を渡す。
「考え事ですか?」
「……アリス。あのさ、えっと」
「どうしましたか?」
「た、たとえばの話なんだけど、ある人がアリスにバラの花束や指輪を渡してきたら、どうする?」
「……誰かに渡されたのですか?」
「ううん!? 違うけどね!?」
アリスは疑わしげな目をしながらも、少し考えてから答えた。
「相手にもよりますね。私が好意を寄せている人だったなら、ありがたく受け取りますよ」
「じゃあ、アリスが花束や指輪を愛する人に渡したとして、相手に目の前で投げ捨てられたらどうする?」
「ええ……? そんなひどい人とは今後一生付き合いません」
「~~!! だってただの物だよ!? いらないでしょう!?」
「……大切なのは物そのものではなくて、相手の好意です。その人がどんな思いでその贈り物を選んだのか、あなたはちゃんと考えましたか?」
「えっと……えっと……。考えなかった……」
アリスは呆れた様子で僕を見た。
「相手の好意が迷惑で、嫌われたいと思っているなら、百歩譲ってそうしてもいいでしょうが……。仮にあなたも好意を寄せているのであれば、早いうちに謝った方がいいかと思いますよ」
「……ちょっと待って、アリス。僕は自分の話をしているなんて言っていないよ」
「もう遅いです」
「んあぁ……。こ、これ、司祭様には……」
「言いません。ですが……やめておいたほうがいいと思います。あなたにとっても、相手にとっても」
「……」
「ちょうど良かったんじゃないでしょうか。贈り物を投げ捨てるという、非人道的な行為をされたならば、百年の恋も冷めるでしょうし」
「うぅぅ……」
そこでアリスは思い出したかのように言った。
「そもそも、聖職者は神に人生を捧げる者。性行為も結婚も許されていません」
「うーん?」
司祭とアコライトが毎夜性行為をしているんだが? と目で訴えると、アリスは慌てて弁解した。
「えっと、司祭様は神の依り代……つまり神様と同義と言っても過言ではないので、司祭様との儀式は例外です」
「ふーん」
「……」
「……」
「寝ましょうか、ナスト様」
「そうだね。おやすみ、アリス」
「おやすみなさい」
蝋燭の灯が消える。暗くなった天井を見上げ、僕はまだ考えていた。
ヴァルア様は、どんな思いであの贈り物を選んでくれたんだろう。
……考えてももう遅いかもしれない。だって、アリスがいうには、僕は〝今後一生付き合わない〟ような〝非人道的な行為〟をしてしまったみたいだし。
明日、ヴァルア様は物置部屋に来てくれるだろうか。
空っぽの物置部屋を想像すると、胸が少し苦しくなった。
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