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15話
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ミサのあと、僕は礼拝堂をこっそり抜け出し物置部屋に行った。中には退屈そうに懐中時計を眺めているヴァルア様が待っていた。
「お待たせしました」
「遅いね。こんなに待たされたのは初めてだよ」
「すみません」
言葉には少し棘があったが、表情からして全く怒っていないようだった。ヴァルア様はぱちんと懐中時計の蓋を閉じ、僕に近寄って来たかと思えば、顔を近づける。
まだ記憶に残っている香水とは違う香りを身に纏っている。これは何の香りだろう。バラ? いや、スズランかな……。なんにせよ良い香りだ――
いや、そうじゃなくて。
「いてっ」
唇が触れ合いそうになったところで正気に戻り、ヴァルア様の頬をはたいた。
「おい。何をするんだい」
「僕はあなたを恨んでいます」
「恨む? 俺を? 司祭じゃなくて?」
「はい」
「どうして? って、あー……」
ハッとしたヴァルア様は、気まずそうに尋ねた。
「もしかしてバレちゃった? 俺とセックスしたこと……」
「いいえ、バレませんでした」
バレていた方がどれほど良かったか。
「バレませんでしたよ。それどころか、あの日の夜『聖なる力に満ちている』とまで言われました」
「ぷーっ! あははは!! ほらみたことか!!」
「笑いごとじゃありませんよ。やめてください」
腹を抱えて笑っていたヴァルア様も、僕が泣くのを堪えていることに気付き静かになった。
「えーっと……。ま、まあ。そういうことだよ。司祭は君のことをただ――」
「男娼としか思っていないんでしょう?」
「あ、ああ……」
「……」
我慢していたけれど、涙が一粒落ちてしまった。それからは止まらなくなり、声を殺すのに精一杯になる。
ヴァルア様はそんな僕を前にして少し狼狽えた。励まそうか、笑わそうか、なんて考えたあとに、どれも意味がないと思ったようだ。彼は何も言わずに僕を抱きしめた。
「……離れてください」
「どうして?」
「……」
「もう分かっただろう? 君は、誰と触れても穢れないよ」
嗚咽が漏れた。僕は一体何を求めているんだろう。あんな真実知りたくなかったと思っているのに、ヴァルア様の言葉がひどく心に響いてしまう。
気付けば僕は、ヴァルア様にしがみついて大声で泣いていた。
「……」
「あ、起きた」
「!」
ヴァルア様の腕の中で目が覚めた。いつの間にか寝てしまっていたようだ。体を起こすと肩からジャケットが落ちた。
ヴァルア様は、壁にもたれかかり、汚れた床にそのまま腰を下ろしている。
「えっと、僕……眠って……?」
「泣き疲れたようだね。ああ、腰が痛い」
文句を言いながらヴァルア様が立ち上がる。そして懐中時計を開いた。
「もうこんな時間か。君、戻った方がいいんじゃない?」
「あの、どのくらい経ちましたか……?」
「君がここに来てから一時間くらいかな」
ということは、ほぼ一時間、僕はヴァルア様を枕にして眠っていたわけだ。
「す、すみません……」
「かまわないよ。最近眠れていなかったんだろう」
「……」
僕は、帰り支度を始めたヴァルア様を見上げた。どうして寝てしまったんだろう。ヴァルア様に言いたいことも、聞きたいこともたくさんあるのに。
僕の視線に気付いたのか、ヴァルア様は動きを止めた。困ったように笑ったかと思えば、「仕方ないなあ」とでも言いたげに、僕の前でしゃがんだ。
「また来るよ」
「……どうして?」
「今日は〝どうして〟が多いなあ……」
「どうしてまた来るんですか? あなたは先ほど、僕と関わったら面倒なことに巻き込まれると考えて、僕を避けていたと言っていたじゃないですか」
「ああ、そうだよ」
「ならどうして……」
ヴァルア様は目を泳がせ、頬を掻いた。そのまま口を開く。
「あー……。どうしてかな。泣いている君を見たら、放っておけなくなったのかな」
「じゃあ、どうして今日教会に来たんですか?」
「そ、れは、だね……。えー……」
「……」
言葉に詰まるヴァルア様を、僕はじーっと見つめ続けた。すると、観念したヴァルア様が白状する。
「分かった! 正直に言うよ」
「初めからそうしてください」
「君のことが忘れられなかったからだよ」
正直、その理由にあまりピンと来なかった。
「な、なるほど……? なぜですか?」
「あれ? 思っていた反応と違うな……? まあそれも君らしいか……」
「それで? なぜ?」
ヴァルア様が僕のあごに指を添え、上向かせる。彼とは目は合わなかった。なぜなら、ヴァルア様は僕の顔をまじまじと見つめていたからだ。
「抽象的で現実的でない言葉で操られている哀れなアコライト君は、果たして呪縛から解き放たれたのだろうかと、夜になると思い出していた」
「……」
「あの時も君は泣いていたから、君の泣き顔が頭から離れなくてね。泣いていないだろうかと心配になって。それを考え始めると、空が明らむまで眠れなかったりしてね」
結局、僕はまたヴァルア様の前で泣いてしまった。それまでは泣いてなんていなかったのに。
「それになにより――」
ヴァルア様と唇が触れ合う。あのときと同じ、ミントの味がした。
「君に触れたくて仕方なかった」
「あっ……?」
驚いたことに、ヴァルア様とキスをしただけでペニスが反応してしまった。
「わ、え、どうして……」
「あのさあ。俺がちょっと良い感じのことを言う度に雰囲気を壊すのはなぜかな? もしかして遠回しにフッてるのかい?」
「だ、だって。ペニスが思わぬ時に反応してしまって……」
「君にとっては勃起なんて日常茶飯事だろう」
「いえ。最近はめっきりで……」
「へえ?」
とたんにヴァルア様が上機嫌になった。
「最近は不能気味だったのに、俺とキスしただけで勃起したって言いたいの?」
「言いたいのではなくて、事実なんです」
「そっか。ふうん」
「それで……なんの話をしていましたっけ。キスと勃起のせいで話が頭に入ってきませんでした」
「いや、もう解決したから気にしなくていいよ」
「?」
ヴァルア様は立ち上がり、ドアノブに手をかけた。
「明日も来るよ。この前と同じ時間に、ここで待ち合わせね」
「は、はあ」
ヴァルア様のうしろ姿を眺めながら、大貴族って暇なんだなあ、と僕は思った。
「お待たせしました」
「遅いね。こんなに待たされたのは初めてだよ」
「すみません」
言葉には少し棘があったが、表情からして全く怒っていないようだった。ヴァルア様はぱちんと懐中時計の蓋を閉じ、僕に近寄って来たかと思えば、顔を近づける。
まだ記憶に残っている香水とは違う香りを身に纏っている。これは何の香りだろう。バラ? いや、スズランかな……。なんにせよ良い香りだ――
いや、そうじゃなくて。
「いてっ」
唇が触れ合いそうになったところで正気に戻り、ヴァルア様の頬をはたいた。
「おい。何をするんだい」
「僕はあなたを恨んでいます」
「恨む? 俺を? 司祭じゃなくて?」
「はい」
「どうして? って、あー……」
ハッとしたヴァルア様は、気まずそうに尋ねた。
「もしかしてバレちゃった? 俺とセックスしたこと……」
「いいえ、バレませんでした」
バレていた方がどれほど良かったか。
「バレませんでしたよ。それどころか、あの日の夜『聖なる力に満ちている』とまで言われました」
「ぷーっ! あははは!! ほらみたことか!!」
「笑いごとじゃありませんよ。やめてください」
腹を抱えて笑っていたヴァルア様も、僕が泣くのを堪えていることに気付き静かになった。
「えーっと……。ま、まあ。そういうことだよ。司祭は君のことをただ――」
「男娼としか思っていないんでしょう?」
「あ、ああ……」
「……」
我慢していたけれど、涙が一粒落ちてしまった。それからは止まらなくなり、声を殺すのに精一杯になる。
ヴァルア様はそんな僕を前にして少し狼狽えた。励まそうか、笑わそうか、なんて考えたあとに、どれも意味がないと思ったようだ。彼は何も言わずに僕を抱きしめた。
「……離れてください」
「どうして?」
「……」
「もう分かっただろう? 君は、誰と触れても穢れないよ」
嗚咽が漏れた。僕は一体何を求めているんだろう。あんな真実知りたくなかったと思っているのに、ヴァルア様の言葉がひどく心に響いてしまう。
気付けば僕は、ヴァルア様にしがみついて大声で泣いていた。
「……」
「あ、起きた」
「!」
ヴァルア様の腕の中で目が覚めた。いつの間にか寝てしまっていたようだ。体を起こすと肩からジャケットが落ちた。
ヴァルア様は、壁にもたれかかり、汚れた床にそのまま腰を下ろしている。
「えっと、僕……眠って……?」
「泣き疲れたようだね。ああ、腰が痛い」
文句を言いながらヴァルア様が立ち上がる。そして懐中時計を開いた。
「もうこんな時間か。君、戻った方がいいんじゃない?」
「あの、どのくらい経ちましたか……?」
「君がここに来てから一時間くらいかな」
ということは、ほぼ一時間、僕はヴァルア様を枕にして眠っていたわけだ。
「す、すみません……」
「かまわないよ。最近眠れていなかったんだろう」
「……」
僕は、帰り支度を始めたヴァルア様を見上げた。どうして寝てしまったんだろう。ヴァルア様に言いたいことも、聞きたいこともたくさんあるのに。
僕の視線に気付いたのか、ヴァルア様は動きを止めた。困ったように笑ったかと思えば、「仕方ないなあ」とでも言いたげに、僕の前でしゃがんだ。
「また来るよ」
「……どうして?」
「今日は〝どうして〟が多いなあ……」
「どうしてまた来るんですか? あなたは先ほど、僕と関わったら面倒なことに巻き込まれると考えて、僕を避けていたと言っていたじゃないですか」
「ああ、そうだよ」
「ならどうして……」
ヴァルア様は目を泳がせ、頬を掻いた。そのまま口を開く。
「あー……。どうしてかな。泣いている君を見たら、放っておけなくなったのかな」
「じゃあ、どうして今日教会に来たんですか?」
「そ、れは、だね……。えー……」
「……」
言葉に詰まるヴァルア様を、僕はじーっと見つめ続けた。すると、観念したヴァルア様が白状する。
「分かった! 正直に言うよ」
「初めからそうしてください」
「君のことが忘れられなかったからだよ」
正直、その理由にあまりピンと来なかった。
「な、なるほど……? なぜですか?」
「あれ? 思っていた反応と違うな……? まあそれも君らしいか……」
「それで? なぜ?」
ヴァルア様が僕のあごに指を添え、上向かせる。彼とは目は合わなかった。なぜなら、ヴァルア様は僕の顔をまじまじと見つめていたからだ。
「抽象的で現実的でない言葉で操られている哀れなアコライト君は、果たして呪縛から解き放たれたのだろうかと、夜になると思い出していた」
「……」
「あの時も君は泣いていたから、君の泣き顔が頭から離れなくてね。泣いていないだろうかと心配になって。それを考え始めると、空が明らむまで眠れなかったりしてね」
結局、僕はまたヴァルア様の前で泣いてしまった。それまでは泣いてなんていなかったのに。
「それになにより――」
ヴァルア様と唇が触れ合う。あのときと同じ、ミントの味がした。
「君に触れたくて仕方なかった」
「あっ……?」
驚いたことに、ヴァルア様とキスをしただけでペニスが反応してしまった。
「わ、え、どうして……」
「あのさあ。俺がちょっと良い感じのことを言う度に雰囲気を壊すのはなぜかな? もしかして遠回しにフッてるのかい?」
「だ、だって。ペニスが思わぬ時に反応してしまって……」
「君にとっては勃起なんて日常茶飯事だろう」
「いえ。最近はめっきりで……」
「へえ?」
とたんにヴァルア様が上機嫌になった。
「最近は不能気味だったのに、俺とキスしただけで勃起したって言いたいの?」
「言いたいのではなくて、事実なんです」
「そっか。ふうん」
「それで……なんの話をしていましたっけ。キスと勃起のせいで話が頭に入ってきませんでした」
「いや、もう解決したから気にしなくていいよ」
「?」
ヴァルア様は立ち上がり、ドアノブに手をかけた。
「明日も来るよ。この前と同じ時間に、ここで待ち合わせね」
「は、はあ」
ヴァルア様のうしろ姿を眺めながら、大貴族って暇なんだなあ、と僕は思った。
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