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二学期の始まり

71話 9月1日:新学期

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 ◆◆◆

 夏休みが終わり、学校が始まった。俺と怜は時間をズラして電車に乗り、学校へ向かった。
 俺が教室に入ると、すでに席に座っている怜と目が合った。今の俺にはボサ頭眼鏡の怜も可愛く見えるので、他のヤツらに目を付けられないのか無性に不安になった。

 怜はぺこっと頭を下げ、すぐに顔を背けた。ぐぅぅ……俺が決めたこととはいえ、目の前に怜がいるのに言葉を交わせないのが苦しい。
 離れがたくて怜の席の前で突っ立っていると、怜に足を蹴られた。俺は泣く泣く自分の席にとぼとぼと歩いて行った。

「おー! 朱鷺~! お前このー!!」

 席に着くやいなや、クラスメイトアルファに囲まれた。菊池なんて俺を羽交い絞めしやがった。

「夏休みなにしてたんだよ!! 俺らの誘い全部蹴ってよぉ!!」
「うるせえなあ。いろいろ忙しかったんだよ」
「嘘つけ! もしかして大学生に売ったことまだ根に持ってんのかぁ!?」
「ああ、それは根に持ってるな」

 あれのせいで怜とヤバイ雰囲気になったんだからな、クソ野郎。……ま、そのおかげで怜にオメガの友だちができたんだけど。

「それで!? 結局高浜のことは抱けたのか!?」

 抱けた!! 抱けたぞ、抱けたからあいつはもう俺のものだからな。お前ら絶対に手出すなよ。
 と口を大にして叫びたかったが、俺はぐっとこらえて首を横に振った。

「抱けなかったっつってんだろ」
「はぁぁぁ……っ。イケるかもーって言ってたのに。陰キャオメガも抱けないとか……お前ダサ」
「うるせえな!?」

 そんなやりとりをしていた俺と菊池の肩を、他のアルファが叩いた。

「おい……。高浜、首輪してないぞ」
「わ、まじだ」
「しかもさ……オメガの匂い、しなくね?」
「まじだ……もともと薄かったけど……今じゃ無臭……」
「つまり……?」

 と、クラスメイトアルファがヒソヒソと囁き合っている。当然俺は知らんふりだ。

「あいつ、番できた!?」
「はぁ!? 誰があんなオメガ番にすんだよ!?」

 ガハハ、とクラスメイトアルファが爆笑する。俺だよ。

「そのアルファ、誰でもいいから番欲しかったんだろうなー」
「ひぇー。俺、あんなオメガ番にするくらいなら絶対にいらねえ」

 耐えきれず俺は机を叩き、立ち上がった、教室が静まり返る。

「お前らさ、何様なの?」
「は……? なんでお前が怒ってんの……?」
「アルファ様はそんなに偉いのか、え?」
「いや、朱鷺落ち着けって……」
「相手がオメガだからって何言ってもいいと思うなよ」
「と、朱鷺……」
「アルファはオメガなしには生きていけねえんだから、大切にしろ」

 キャーッと歓声が沸き起こり、俺は我に返った。教室を見回すと、オメガのクラスメイトたちが俺をトロットロの目で見つめていた。夏休み前にフッたうしろの席の片岡も、完全に恋に落ちた目で俺を見上げている。

 おそるおそる怜の方に目をやると、不機嫌そうな顔で俺を睨んでいた。

 俺の発言はそこにいたオメガを全員惚れさせてしまうほどには名言だったみたいだが、アルファからは非難轟々だった。

「いや朱鷺!? お前ほんとどうしたんだよ!? まるで別人だぞ!?」
「ただの心境の変化だ」
「一カ月半でここまで心境が変わるか!? 夏休みの間に何があったんだよお前ぇぇ!!」
「別に」
「嘘を吐くな嘘をぉぉぉぉ!!」

 チャイムが鳴ると、クラスメイトアルファがはけていった。一人になると、うしろの席の片岡に椅子を蹴られる。

「おん?」
「なあ、朱鷺」
「なに」
「お前……」

 片岡はニッと笑い、もう一度俺の椅子を蹴った。

「好きなヤツ、できただろ」
「へっ!?」
「オメガの」
「ひょっ……」
「丸わかり」

 ダラダラ冷や汗を流している俺に、片岡が冗談交じりに言った。

「俺の気持ちが分かったかあ?」
「……」

 片岡と最後にヤッた日、俺はこいつに「どうして俺を好きになったんだよ」と文句を言った。

『仕方ねえだろ、自分じゃどうしようもできねえんだから……っ』

 俺は小さく笑い、片岡に背を向けた。

「おう。分かった」
「そっか。……よかったな、朱鷺」
「あん?」

 それ以上、片岡が俺に話しかけることはなかった。

 HRが終わると、担任の先生にこっそり話しかけられた。

「朱鷺、今晩空いてるか?」
「なんで?」
「……家、行っていいか?」
「ダメ」

 俺のことを哀れだと思っているこの先生には言っていいと思った。言って、安心させてやりたいと思ったのかもしれない。

「俺、両親と仲直りした」
「本当か!?」
「おう。あと、恋人できた」
「はっ!?」
「だからもう先生は俺んちに来なくていいから」

 それを聞いた先生は、クソデカいため息をついてしゃがみこんだ。

「そうか……そうかぁ……」

 そして立ち上がり、俺の背中を強く叩く。

「よかったなあ~……!」

 片岡といい先生といい、どうしてそんな嬉しそうな顔をして「よかったな」なんて言うんだ。意味が分からん。

「そりゃ、お前のことが好きだからだよ」

 可愛い生徒としてな、と先生は付け加えたが、それでもちょっと意味が分からなかった。
 それにしても、どうして俺のことを好きになるオメガはみんなこうもあったけえんだ。

 ◇◇◇

「つかれた……!」

 放課後、俺はひとけのないトイレの個室に逃げ込んだ。朝からずっとオメガからの誘いが止まらなかった……! なんだ? オメガの中で「二学期はじめに朱鷺くんに抱かれたら勝ち」ゲームでもやってんのか!? それともなんだ!? 朝の俺の名言のせいでオメガ全員に狙われるようになっちまったのか!? それだ! それだわ!!

「はー……」

 まじで疲れた。あらゆるオメガに代わる代わるセックスの誘いを受けるのも疲れたし、それを毎回断るのも疲れたし、なによりそのときの怜の視線が怖すぎて疲れた……!!

 あいつ絶対に怒っている……というかヘコんでいるんじゃないかな……。
 今どこにいるんだろう。あいつが放課後に行く場所といえば……

 俺はこそこそとトイレを出て図書室に向かった。あたりを見回しながら図書室を練り歩く。

(……いた!)

 図書室の一番隅の椅子に腰かけて本を読んでいる怜を見つけた俺は、本を適当に引っ掴み、隣に腰掛けた。

「……!」

 匂いで俺だと分かったのだろう。怜はハッと顔を上げたが、すぐに不機嫌な顔になり、本に目を戻した。それでもジーっと怜を見つめている俺に、うんざりした口調で言った。

「おや。オメガにモテモテのツヨツヨアルファさんじゃないですか」

 ……怒っているな。

「陰キャオメガになにかご用ですか」

 あー、怒っている怜も可愛い……

「……」

 怜は一瞬視線を落とし、顔を背けた。耳が赤い。

「……なんで勃ってんのさ」
「いや、お前が可愛すぎるから……」
「……バカ」

 ひぃぃぃんっ……。怜に「バカ」って言われてしまった。どうしてだ。どうしてこんなに嬉しいんだ俺は。

「……アルファの匂いが強くなった」
「すまん。ちょっと出た」
「どうして」

 怜は我慢できずに噴き出した。肩を震わせ笑いをこらえている。ぐあぁぁっぁぁぁっ……だ、抱きてえええええ好きだ好きだ好きだ。

 俺はまわりに人がいないことを確認してから、顔のそばで本を開いた。

「怜」
「なに。僕ちょっと怒って――」

 ちゅ、と唇を重ねると、怜の動きがぴたっと止まった。
 俺は目じりを下げて、もう一度キスをする。

「ちょ、朱鷺……見られたら――」
「大丈夫。誰も見てない」
「ダメだって――」
「キスだけだから」
「もう……」

 なんて言いながらも、怜は舌を絡めてきた。
 長いキスが終わった頃には、俺も怜も紅潮した顔で見つめ合っていた。

「……クラスメイトのアルファたちに、変わったって言われた」
「そう……」
「仲良かったオメガには、俺に好きな人ができたってすぐバレた」
「えっ」
「よかったなあって言ってもらえた」

 俺は頬杖をつき、怜に笑いかけた。

「ほんとによかった。怜と出会えて」
「……」

 怜はもぞもぞと体を揺らし、俯いた。

「……朱鷺のバカ」
「む」
「僕以外のオメガ誘惑した」
「ごめん」
「むかつく」
「ごめんって」

 怜がちらりとこっちを見て、ボソッと言った。

「……もう一回」
「あ?」
「……キス」
「~~……っ」

 くそぉぉぉぉっ。くそっ、くそっ。
 乱暴なキスだったのに、怜は嬉しそうにトロンと目を閉じた。

「……なあ」
「ん……?」
「図書室ってセックス禁止?」
「何言ってんの? ダメに決まってるでしょ」
「ですよね」

 怜は呆れたような目で俺を一瞥してから、机の下で俺の手を握った。

「……!」
「ねえ朱鷺、放課後ヒマ?」
「……ヒマ!!」

 そしてへにゃんと頬を緩め、俺を見た。

「一緒にご飯食べない?」

 はじまりは、アルファのくだらない戯れからだった。
 いや、こうして図書室で一緒に読書をしたのがはじまりだったのか。
 いつからか俺はこいつのことが好きになっていて、怜もまた、気付けば俺のことを好きになっていたという。

 夏休みに落ちた恋は、深く、深く、誰にも届かないところに俺たち二人を閉じ込めた。

【夏休みに落ちた恋 end】
(次話: おまけの10年後)
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