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夏休み下旬
70話 8月31日:夏休み最後の
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◆◆◆
朱鷺。君、気付いてないの? 僕は君を試そうとしたんだよ。
そう、ただ試したかっただけなんだ。
朱鷺が首輪を外すって言ったとき、朱鷺の気持ちが僕から離れてった気持ちになった。
もう朱鷺は僕のものじゃないんだって思ってしまって、寂しかった。
たとえそれが僕のことを思っての行動だったとしても、単純なことしか考えられない僕には、そう思えて仕方なかったんだ。
朱鷺は本当にこれからも僕のことを好きでいてくれる?
僕をずっとそばにおいといてくれる?
そんな言葉が口を突いて出てしまいそうで、下手に口を開けなかった。
朱鷺の気持ちを確かめたくて、「嚙んで」なんてこと、言ってしまった。
それを聞いて狼狽える朱鷺を見て、どんどん自信がなくなっていった。
今まで惜しげもなく与えてきた甘く都合の良い言葉は全部口先だけで、本心では僕とずっと一緒にいるつもりなんてなかったんだ、って思った。
でも、それでもいいやって思った。
朱鷺との思い出は、やっぱりひと夏が見せた夢だったんだ。
僕の願いが見せた、あまりにも幸せすぎた夢。
「……噛むぞ」
それなのに、朱鷺は噛んでくれた。
本当に僕を番にしてくれた。
「ねえ、どうして?」
「どうしてって?」
「どうして噛んだの?」
義父は僕にずっと愛を囁いていたけれど、僕を番にすることはなかった。なぜなら僕の体に利用価値があったから。自分一人だけのものにするには、あまりにももったいなかったから。
朱鷺だって、いつかは大企業の社長さんになるんでしょ。だったら、ずっと僕をそばにおいとく気にしても、僕を番にしない方がよかったんじゃない? きっと僕の体は君の将来に役立つよ。
そんなこと、僕よりずっと頭の回転が速い朱鷺なら分かっているでしょ。君、ツヨツヨアルファなんだからさ。
「いや、お前が噛めって言ったんじゃん。……えっ、ダメだった!?」
「僕のこと、番にしないほうがよかったんじゃない?」
「なんで?」
逆に、と朱鷺が頬をポリポリ掻く。
「お前こそ、ほんとに俺の番になってよかったのか……?」
朱鷺にはいつも、毒気を抜かれる。
自分の利益のことを考えるより先に、僕のことを気遣ってくれる朱鷺。
こんなアルファ、君しかいない。
僕は朱鷺に抱きつき、呟いた。
「朱鷺と番になれたんだ、僕」
「怜、ほんとに俺と番になってよかったのか……?」
「僕、朱鷺と番に……」
「俺だけのものになったんだぞ、いいのか……?」
「うれしい……」
僕の言葉に、朱鷺は泣き崩れた。
「怜が……俺と番に……っ」
そして嗚咽と共に、僕に言う。
「ありがとう……っ」
ありがとうなんて、なんで朱鷺が言うの。僕が言いたい言葉なのに。
朱鷺と出会って二カ月くらい。付き合ってたったの一カ月半。
そんな短い間に、朱鷺はほの暗くただれた檻の中にいた僕を助け出してくれて、僕が今まで生きてきた十六年間を百回繰り返しても得られないものをたくさん与えてくれた。
それはしあわせとか、たのしさとか、やきもちとか、そういった普通の人たちが抱く感情。僕にとってはそんな、道端に咲いている野花のようなささやかな日々の彩りが、とっても眩しくて、あたたかかった。
「ありがとう、朱鷺」
この人に人生を捧げたいと願うのは、とても自然なことだと思う。
そして番になった今、朱鷺は僕と番になれてこんなにも泣いて喜んでくれる。やっぱりこの人と番になれてよかったと思えた。
「朱鷺……」
キスをすると、朱鷺は優しく応えてくれた。
「抱いて……」
そうお願いすると、朱鷺はポッと頬を赤らめ、あたりを見回した。そして口に人差し指を当てて小声で言った。
「サクラさんいるんだから、声抑えろよな」
「朱鷺もね」
僕たちは布団に潜り込んで、お互いの体に触れ合った。朱鷺の体、熱い。お風呂に入ったあとなのに汗ばんでいる。布団の中だと余計にアルファの匂いが充満する。
狭苦しそうに朱鷺の手が僕の体をまさぐった。僕のズボンと下着を下ろし、脚を開かせる。
「あっ……」
そっと指を愛液が滴るところに添えられ、思わず声が漏れてしまった。
「シッ」
「ご、ごめん」
「入れるぞ」
「ん……っ、んん……」
朱鷺の指が中に入ってくる。太くて骨ばった、男らしい指。僕に会うときは几帳面に爪を切って、爪やすりで先を丸めてくれる、優しい指。
朱鷺は、子どもらしい、雑で荒っぽい手つきで僕の中を掻きまわす。あ、惜しい。もうちょっと右。そこじゃない。……けど、気持ちいい。
コソコソしないといけないから、今日はちょっと前戯が軽めだ。おしりから指を抜いた朱鷺は、僕の耳元で囁いた。
「挿れていいか?」
「うん……っ、挿れて……」
僕よりずっと大きなそれは、僕の中をこじ開けて、ゆっくりと入ってくる。じわじわと体に広がる、アルファと繋がることでしか得られない快感と、朱鷺と繋がることでしか得られない多幸感で脳にふわっと霧がかかった。
このときの朱鷺の顔が好き。いつもキリッとしているのに、ふわっと表情が緩むこの瞬間。
僕のおしりと朱鷺の腰がくっつくと、朱鷺は焦点が定まらない目で僕を見つめる。僕の中が気持ちよくて仕方がないって、恥ずかしくなるほど訴えてくる。
「ああぁー……」
「朱鷺……声抑えて……」
「わ、悪い」
遠慮がちに腰が動き始める。母さんのことが気になるのか、いつもみたいに激しく腰を打ち付けてこない。いつもは下品なほど鳴る体がぶつかる音も、体液が動く音も、今日は控えめ。
「あっ、あぁ……はっ……」
朱鷺がまた声を漏らした。注意しようと思ったけれど、朱鷺の顔を見てやめた。ラットになっている。
僕はラットになった朱鷺も好き。自分勝手で、本能のままに僕を求めてくる、まさにアルファらしい朱鷺が見られるのはこのときだけだから。
「ふっ……んっ、ふ……あっ、んん~……」
激しく奥を突かれて僕からも声が漏れてしまう。隣の部屋に声が聞こえないよう、自分の口を手で押さえた。
「ふぐっ!?」
あ……っ。
朱鷺の先が、僕の閉ざした奥のさらに奥をこじ開けようとしている。
ダメ。そこはダメ。そんなことされたら、僕、声を――
「あぁぁぁぁっ!?」
抑えられない。
叫び声を上げてしまい、僕は慌てて枕に顔をうずめたけれど遅かった。
驚いたお母さんにドアをノックされる。
「怜!? どうしたの!?」
「う、ううんっ、あぁっ、あぁあぁっ、な、なんでもっ、なっ、ちょっ、ちょっと朱鷺!? 今お母さんと話してるか……らぁぁっ!! あっ、あぁぁっ、やめっ、あぁぁっ!!」
「なんだ。最中だったのね、ごめんなさい。ほほっ」
どうして僕はS字結腸を押されながらお母さんと会話をしなきゃいけないんだ。恥ずかしすぎて消えちゃいたい。
「もっ、朱鷺のバカァッ!! 朱鷺のぉぉっ、バカぁっ、あぁぁっ、あぁーっ……!」
その中に朱鷺の熱いものがたっぷり注ぎ込まれ、抗えない快感に溺れた僕も絶頂を迎えた。
そして気付けば僕は――
「朱鷺っ……あっ、もっと……そこっ……!」
なんて喘ぎながら、夢中になって朱鷺を求めていた。
◇◇◇
「はっ……俺は一体なにを……」
やっと朱鷺が正気を取り戻したのは、空が明るんでからだった。
僕は体液でべったり濡れた体をベッドに沈み込ませたまま、消え入りそうな声で悪態をつく。
「朱鷺のバカ……」
「おっ……俺、まさかラットに……?」
「はい……」
「今何時……?」
「朝の六時です……」
「え……まさか今までずっと……」
「はい……」
「俺、声出てた……?」
「出てたし、僕も出てたし、お母さんには夜中の時点でバレたし……」
「げっ……わ、悪い、怜……」
「いいよ、もう……お母さんもなんか嬉しそうだったし……」
「ひぇぇ……」
それより、と僕は朱鷺の首に腕を回す。
「ラットじゃない朱鷺と、夏休み最後のセックスしたい」
「ひょっ」
こういうとき、こういうときだけね。
朱鷺が性の強いアルファでよかったなって思う。あんなにしたのに、僕の一言でしっかり元気になってくれるんだもん。
「俺、お前のこういうとこも好き」
「どういうとこ?」
「俺のちんこについてこられるとこ」
「あはは。それは僕のセリフ」
「お前のケツ、つええよなあ」
そう言って、僕の番はもう一度僕を抱いた。今度はちゃんと、最後まで優しいセックスだった。
朱鷺。君、気付いてないの? 僕は君を試そうとしたんだよ。
そう、ただ試したかっただけなんだ。
朱鷺が首輪を外すって言ったとき、朱鷺の気持ちが僕から離れてった気持ちになった。
もう朱鷺は僕のものじゃないんだって思ってしまって、寂しかった。
たとえそれが僕のことを思っての行動だったとしても、単純なことしか考えられない僕には、そう思えて仕方なかったんだ。
朱鷺は本当にこれからも僕のことを好きでいてくれる?
僕をずっとそばにおいといてくれる?
そんな言葉が口を突いて出てしまいそうで、下手に口を開けなかった。
朱鷺の気持ちを確かめたくて、「嚙んで」なんてこと、言ってしまった。
それを聞いて狼狽える朱鷺を見て、どんどん自信がなくなっていった。
今まで惜しげもなく与えてきた甘く都合の良い言葉は全部口先だけで、本心では僕とずっと一緒にいるつもりなんてなかったんだ、って思った。
でも、それでもいいやって思った。
朱鷺との思い出は、やっぱりひと夏が見せた夢だったんだ。
僕の願いが見せた、あまりにも幸せすぎた夢。
「……噛むぞ」
それなのに、朱鷺は噛んでくれた。
本当に僕を番にしてくれた。
「ねえ、どうして?」
「どうしてって?」
「どうして噛んだの?」
義父は僕にずっと愛を囁いていたけれど、僕を番にすることはなかった。なぜなら僕の体に利用価値があったから。自分一人だけのものにするには、あまりにももったいなかったから。
朱鷺だって、いつかは大企業の社長さんになるんでしょ。だったら、ずっと僕をそばにおいとく気にしても、僕を番にしない方がよかったんじゃない? きっと僕の体は君の将来に役立つよ。
そんなこと、僕よりずっと頭の回転が速い朱鷺なら分かっているでしょ。君、ツヨツヨアルファなんだからさ。
「いや、お前が噛めって言ったんじゃん。……えっ、ダメだった!?」
「僕のこと、番にしないほうがよかったんじゃない?」
「なんで?」
逆に、と朱鷺が頬をポリポリ掻く。
「お前こそ、ほんとに俺の番になってよかったのか……?」
朱鷺にはいつも、毒気を抜かれる。
自分の利益のことを考えるより先に、僕のことを気遣ってくれる朱鷺。
こんなアルファ、君しかいない。
僕は朱鷺に抱きつき、呟いた。
「朱鷺と番になれたんだ、僕」
「怜、ほんとに俺と番になってよかったのか……?」
「僕、朱鷺と番に……」
「俺だけのものになったんだぞ、いいのか……?」
「うれしい……」
僕の言葉に、朱鷺は泣き崩れた。
「怜が……俺と番に……っ」
そして嗚咽と共に、僕に言う。
「ありがとう……っ」
ありがとうなんて、なんで朱鷺が言うの。僕が言いたい言葉なのに。
朱鷺と出会って二カ月くらい。付き合ってたったの一カ月半。
そんな短い間に、朱鷺はほの暗くただれた檻の中にいた僕を助け出してくれて、僕が今まで生きてきた十六年間を百回繰り返しても得られないものをたくさん与えてくれた。
それはしあわせとか、たのしさとか、やきもちとか、そういった普通の人たちが抱く感情。僕にとってはそんな、道端に咲いている野花のようなささやかな日々の彩りが、とっても眩しくて、あたたかかった。
「ありがとう、朱鷺」
この人に人生を捧げたいと願うのは、とても自然なことだと思う。
そして番になった今、朱鷺は僕と番になれてこんなにも泣いて喜んでくれる。やっぱりこの人と番になれてよかったと思えた。
「朱鷺……」
キスをすると、朱鷺は優しく応えてくれた。
「抱いて……」
そうお願いすると、朱鷺はポッと頬を赤らめ、あたりを見回した。そして口に人差し指を当てて小声で言った。
「サクラさんいるんだから、声抑えろよな」
「朱鷺もね」
僕たちは布団に潜り込んで、お互いの体に触れ合った。朱鷺の体、熱い。お風呂に入ったあとなのに汗ばんでいる。布団の中だと余計にアルファの匂いが充満する。
狭苦しそうに朱鷺の手が僕の体をまさぐった。僕のズボンと下着を下ろし、脚を開かせる。
「あっ……」
そっと指を愛液が滴るところに添えられ、思わず声が漏れてしまった。
「シッ」
「ご、ごめん」
「入れるぞ」
「ん……っ、んん……」
朱鷺の指が中に入ってくる。太くて骨ばった、男らしい指。僕に会うときは几帳面に爪を切って、爪やすりで先を丸めてくれる、優しい指。
朱鷺は、子どもらしい、雑で荒っぽい手つきで僕の中を掻きまわす。あ、惜しい。もうちょっと右。そこじゃない。……けど、気持ちいい。
コソコソしないといけないから、今日はちょっと前戯が軽めだ。おしりから指を抜いた朱鷺は、僕の耳元で囁いた。
「挿れていいか?」
「うん……っ、挿れて……」
僕よりずっと大きなそれは、僕の中をこじ開けて、ゆっくりと入ってくる。じわじわと体に広がる、アルファと繋がることでしか得られない快感と、朱鷺と繋がることでしか得られない多幸感で脳にふわっと霧がかかった。
このときの朱鷺の顔が好き。いつもキリッとしているのに、ふわっと表情が緩むこの瞬間。
僕のおしりと朱鷺の腰がくっつくと、朱鷺は焦点が定まらない目で僕を見つめる。僕の中が気持ちよくて仕方がないって、恥ずかしくなるほど訴えてくる。
「ああぁー……」
「朱鷺……声抑えて……」
「わ、悪い」
遠慮がちに腰が動き始める。母さんのことが気になるのか、いつもみたいに激しく腰を打ち付けてこない。いつもは下品なほど鳴る体がぶつかる音も、体液が動く音も、今日は控えめ。
「あっ、あぁ……はっ……」
朱鷺がまた声を漏らした。注意しようと思ったけれど、朱鷺の顔を見てやめた。ラットになっている。
僕はラットになった朱鷺も好き。自分勝手で、本能のままに僕を求めてくる、まさにアルファらしい朱鷺が見られるのはこのときだけだから。
「ふっ……んっ、ふ……あっ、んん~……」
激しく奥を突かれて僕からも声が漏れてしまう。隣の部屋に声が聞こえないよう、自分の口を手で押さえた。
「ふぐっ!?」
あ……っ。
朱鷺の先が、僕の閉ざした奥のさらに奥をこじ開けようとしている。
ダメ。そこはダメ。そんなことされたら、僕、声を――
「あぁぁぁぁっ!?」
抑えられない。
叫び声を上げてしまい、僕は慌てて枕に顔をうずめたけれど遅かった。
驚いたお母さんにドアをノックされる。
「怜!? どうしたの!?」
「う、ううんっ、あぁっ、あぁあぁっ、な、なんでもっ、なっ、ちょっ、ちょっと朱鷺!? 今お母さんと話してるか……らぁぁっ!! あっ、あぁぁっ、やめっ、あぁぁっ!!」
「なんだ。最中だったのね、ごめんなさい。ほほっ」
どうして僕はS字結腸を押されながらお母さんと会話をしなきゃいけないんだ。恥ずかしすぎて消えちゃいたい。
「もっ、朱鷺のバカァッ!! 朱鷺のぉぉっ、バカぁっ、あぁぁっ、あぁーっ……!」
その中に朱鷺の熱いものがたっぷり注ぎ込まれ、抗えない快感に溺れた僕も絶頂を迎えた。
そして気付けば僕は――
「朱鷺っ……あっ、もっと……そこっ……!」
なんて喘ぎながら、夢中になって朱鷺を求めていた。
◇◇◇
「はっ……俺は一体なにを……」
やっと朱鷺が正気を取り戻したのは、空が明るんでからだった。
僕は体液でべったり濡れた体をベッドに沈み込ませたまま、消え入りそうな声で悪態をつく。
「朱鷺のバカ……」
「おっ……俺、まさかラットに……?」
「はい……」
「今何時……?」
「朝の六時です……」
「え……まさか今までずっと……」
「はい……」
「俺、声出てた……?」
「出てたし、僕も出てたし、お母さんには夜中の時点でバレたし……」
「げっ……わ、悪い、怜……」
「いいよ、もう……お母さんもなんか嬉しそうだったし……」
「ひぇぇ……」
それより、と僕は朱鷺の首に腕を回す。
「ラットじゃない朱鷺と、夏休み最後のセックスしたい」
「ひょっ」
こういうとき、こういうときだけね。
朱鷺が性の強いアルファでよかったなって思う。あんなにしたのに、僕の一言でしっかり元気になってくれるんだもん。
「俺、お前のこういうとこも好き」
「どういうとこ?」
「俺のちんこについてこられるとこ」
「あはは。それは僕のセリフ」
「お前のケツ、つええよなあ」
そう言って、僕の番はもう一度僕を抱いた。今度はちゃんと、最後まで優しいセックスだった。
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