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夏休み中旬:朱鷺

58話 8月13日:家族で囲む食卓

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 俺と鶯巣、そしてミサは、それから作戦会議を行った。さすがは若くして社長を務めているだけあって、鶯巣とミサは決断力と行動が早かった。

 鶯巣は再びツルちゃんに電話した。

「鶴川君。私だが」
『社長、お世話になっております。どうされましたか?』
「今朝、朱鷺から話があっただろう?」
『はいはい、TAK.Coの社長に紹介してほしいとかなんとか』
「ついでに私とミサも会わせてくれないかな」

 大企業の社長が二人揃って中小企業の社長に会いたいだなんてことを言うものだから、ツルちゃんはおおいに驚いていた。

『なんと!? 鶯巣社長と……ミサさんまでですか!?』
「いやね、朱鷺がどこからか聞きつけたか、高浜社長が良いオメガを持っていると教えてくれてね」

 それを聞いたツルちゃんは、まるで自分のおもちゃを褒められたかのように上機嫌になった。

『おや! おやや!! 社長、そうなんですよぉ!! 前に僕も話したことがあるんですよ、ほら、関西の極上オメガ! 覚えていらっしゃいませんか!?』
「……ああ……彼のことだったのか……なるほどね……」
『いやぁ~!! あの子に興味を持っていただけて嬉しいですなあ!!』
「できるだけすぐに会いたいんだ。私とミサがそっちに行くよ」
『社長が直々に……! それは……んふふ! そうですか、分かりましたよぉ。あ、でも……』
「でも?」
『社長は簡単には怜くんを抱かせませんが、それでもよろしいですかね?』
「ああ、かまわないよ。どんな契約でも捺印するさ」
『さすがは社長! 怜くんはその価値がありますよぉ。ヒヒッ』

 鶯巣とツルちゃんのやりとりを聞いていた俺は、拳がぶるぶる震えていた。
 まるでおもちゃだ。商品だ。怜を物みたいに扱うんじゃねえ。
 今すぐスマホを叩き割りたい。

「家族みんなでその子と遊びたいんだが、許してもらえるかな」
『う~ん、どうでしょう……。3Pはさせてくれるんですが、4P以上は高浜君が嫌がるんですよねえ。僕は前に断られました。でも相手が鶯巣社長とミサさんなら、4Pも許してもらえると思いますがねえ。ちなみに、怜くんは3Pもとっても上手ですよ♡』
「そうか……断られる可能性があるのは困るな。……鶴川君。朱鷺のことは内緒にしておいてくれないか」

 ツルちゃんはキャハハと女子高生のような笑い声を上げた。

『鶯巣社長もワルですなあ』
「朱鷺はSPとかなんとか言って連れて行くよ。さすがに情事中は高浜社長は席を外すんだろう?」
『はい! 僕の場合だったら三時間、怜くんと二人っきりになる時間が与えられます。そのあいだ高浜君はドアの前で待っていますよ』
「なるほどね。じゃあ、部屋に入ればこちらのものだ」
『うひっ。そうなんですよ、そうなんですよぉ』
「鶴川君。上手いことやってくれるかい?」
『任せてください! いやあ、こんなに大きなイイ話ができちゃったら、僕、明日はやりたい放題できちゃうなあ~♡ ありがとうございますっ鶯巣社長♡』
「……ああ。じゃあ、頼んだよ。できるだけ早く会わせてくれ。日程が決まり次第、すぐ行く」
『お任せください♡ うほっ、うほほぉ♡』
「あ、ちなみに、レイくんにお世話になってる会社はどこかな」
『僕の知ってる限りでは――』

 つらつらと怜を抱いているヤツらの名前を挙げたあと、ツルちゃんは猿のような鳴き声を上げながら切電した。

「……明日、怜はツルちゃん以外にも……あと五人相手にしなきゃなんねえんだ」

 俺のつぶやきに、その場にいた全員が俯いた。いたたまれなくてかける言葉が見当たらないのだろう。

 鶯巣が俯いたまま口を開く。

「悪いが、朱鷺。さすがの鶴川君でも、明日の予定をすべてキャンセルさせるほどのことはできないし、させないと思うよ」
「……分かってる」

 ……ツルちゃんは縛るのが好きだ。おもちゃを使っていじめるのも好きだ。怜も明日、ツルちゃんに縛られ、おもちゃで鳴かされるのだろうか。

 クソッ……。親の前なのに……涙、止まんねえ。

「朱鷺……」

 ミサが俺の背中をさする。

「……あいつ、母親を人質にとられてんだ。あいつが義父の言うことを聞かなかったら、離婚するって脅される。あいつは母親をすげえ大事にしてるから……そんなこと言われたら、逆らえねえんだ……」
「……」

 ミサは「優しい子なのね」とだけ言って、黙り込んだ。

「うん……あいつは優しいんだ」

 悲しくなるくらい優しい人なんだ、怜は。

 その日から大阪に行くまで、久しぶりに鶯巣とミサとその番が家に戻って来た。
 そして俺は、数年ぶりに彼らと食卓を囲み、会話をした。

 鶯巣とミサは幼馴染のくされ縁といったような、一見仲が悪そうに見えて、なんだかんだ言いながらも信頼し合っているように見えた。
 彼らはお互い親にエゴを押し付けられた者同士だ。そしてその苦しみを分かち合い、支え合った相方としての愛情は今もなお深く続いている。

「なあ。配偶者が自分以外の番を持ってることは、なんとも思わねえの?」

 俺が尋ねると、鶯巣もミサも首を横に振った。

「なんとも思っていないわけがないじゃないか」
「嫉妬もするし、気に入らないわ」
「でもね、感謝もしているんだよ」
「私が注げなかった愛情を、彼に注いでくれてありがとうって思ってる」

 鶯巣もそう思っているようだった。
 なんとも複雑な関係だ。

「……俺、さっきお前らが言ってたアルファ論、ちょっと気に入った」
「そうか」
「でも、ちょっと違うと思う」

 俺はそう言って、鶯巣とミサの番に目をやった。

「お前らは、こいつらがオメガじゃなくても好きになってたと思う」
「……」
「うん、きっとそうだ」

 アルファとオメガは本能的に惹かれ合う。
 それは間違いのないことだが、だからって心から愛し合えたのも性のおかげなんてことは決してないと、俺は思う。

 こいつらはただ、人として惹かれ合い、愛し合っただけだ。
 きっと性が違ったって、こいつらは一緒になっていたはず。

「だって俺、怜がオメガじゃなかったとしても一緒になりたいもん」

 大人たちは、熱に浮かされた若造の戯言だと思ったのだろう。俺の独り言のような呟きに、誰も応えなかった。
 ただ互いの番と配偶者と視線を交わし、ゆったりと口元を緩めただけだった。
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