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夏休み中旬:朱鷺
56話 8月13日:父親との会話
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東京に帰った頃には、もう夜になっていた。
俺はその足で再び鶯巣がいる社長室に行き、頭を下げた。
「俺と一緒に大阪に来てくれませんか」
「どっ……どうしたんだい、朱鷺!? 突然飛び出して、戻って来たかと思えば急にそんな……。頭を上げなさい……あと、敬語もヤメテ……他人行儀はいやだよ……」
俺は頭を上げられなかった。こんな顔、鶯巣に見せられるか。
だが、目ざとい鶯巣は、床に一滴の雫が落ちたことに気付いた。
「朱鷺……? 何があったんだ。どうして泣いている?」
「……」
「とりあえず座りなさい」
「……」
俺はうつむいたままソファに腰掛けた。向かい合った鶯巣は、昼と打って変わりとても静かだ。
「朱鷺。そろそろ教えてくれないか。君が大嫌いな父親を頼ってまで会いたいと思う、大阪の小さな会社の社長はいったい何者なんだい?」
「……」
「お父さんに大阪まで来てほしいと頭まで下げるなんて。それだって、その社長に会いたいからなんだろう?」
俺が頷くと、鶯巣はふぅ、と息を吐いてソファにもたれかかった。
「朱鷺のお願いだ。もちろん大阪にだって行くけれど。事情は話してほしいかな」
鶯巣は簡単に「大阪に行く」と言ったが、それを聞いていた秘書はげんなりしてこっそりため息を吐いていた。そりゃそうだ。社長は毎日びっしりスケジュールが埋まっている。その予定を全て蹴ることは、秘書と会社にかなりのダメージだ。
そこまでの無理をさせるんだから、俺だってせめて誠意を見せなければ。
「……俺さ、恋人ができたんだ」
「「え!?」」
鶯巣と一緒に秘書まで声を上げて驚いた。こいつも小さい頃から俺を知っていて、俺がずっと特定の恋人を作らなかったのを知っていたからだろう。
「で、それが高浜社長の義理の息子」
「ほう……?」
「高浜社長は長年そいつを抱いてて」
「?」
「そいつを餌に大企業と取引してて」
「なるほど……」
「なんやかんやあって、夏休み前にこっちに来て一人暮らししてたんだ、そいつ。で、なんやかんやあって俺はそいつと付き合うことになったんだけど」
「なんやかんや……」
「今日、そいつが高浜社長に連れ戻された」
それを聞いても、鶯巣は驚いていない様子だった。
「むしろよく手放したな、と思ったからね……」
「まあ、それはなんやかんやで……」
「そうか……。それで朱鷺は、高浜社長に会ってどうするつもりなんだい?」
「怜を取り戻したい」
「へえ」
鶯巣がニヤッと笑ったのがイラッとした。
「どうしてその子にそこまで執着するんだ? 朱鷺なら他にもたくさん相手がいるだろうに」
「じゃあ鶯……お父さんは、そこの番が知らんおっさんにさらわれても、次の番を探すだけなのか?」
「……」
鶯巣は答える代わりに、めったに吸わないタバコに火をつけた。
「……こんな話を、まさか朱鷺とすることになるなんてね」
「……」
「その子とはもう番に?」
「いや、まだ」
「まだ、ね」
「いつかはなる」
「そうか。……その子……レイくんの意向は?」
俺は一瞬言葉に詰まったが、頬を叩いて弱気になった自分に喝を入れた。そして鶯巣の目をまっすぐ見て答えた。
「俺の元に帰りたいはずだ」
「それはひとりよがりではなく?」
「ちがう……はずだ」
「まあ……それは、直接話をしたら分かるね」
「っ……」
鶯巣は立ち上がり、秘書に言った。
「聞いていたね」
「はい」
「私はこの件が終わるまで戻らないよ」
「……はい」
秘書は、昨晩の電話のような文句を言わなかった。むしろ俺の目を見て――はじめて俺に向かって微笑を向けた。
鶯巣はスマホをいじりながら俺に尋ねる。
「朱鷺。義父はそう簡単にその子を手放そうとしないと思うよ」
「ああ、分かってる。あいつは怜にひどく執着してる。男娼としてだけじゃなく……自分の愛人としても、な……」
「だったら……取り戻せても、義父はきっとまたすぐレイくんの元に現れるよ」
「ああ。だが、二度と怜に会えないようにさせたい」
「だったら――」
義父がスマホを俺に向けて投げた。受け取ったスマホの画面には、俺の母親であり、鶯巣の妻である名前が映っている。
「コテンパンにした方がいいんじゃない?」
「そう、だな……」
「電話をして、ここに呼びなさい。君に誘われたら彼女だってすべてを放り投げて飛んでくるだろう」
「……ありがとう、お父さん」
「えっ!? なんだって!?」
「~~っ。なんでもない!」
大げさな反応をされたせいで、余計に恥ずかしくなった。腹立つわー。
俺はごまかすようにミサに電話をかけた。
電話に出たミサはうざったそうに、低い声で応対する。
『なに。私忙しいのよ。もうすぐ会食の時間だから手短にお願いできる?』
「あ、ミサ? 俺だけど」
『……朱鷺?』
「おう」
『やだっ、うそっ、ちょっ、ちょっと待って、』
と、慌てた声のあと、ミサは咳ばらいをして、よそいきの声にスイッチした。
『朱鷺、どうしたの? 久しぶりじゃない、元気だった? えーっ、朱鷺から電話……って、え? どうして鶯巣の電話番号で朱鷺が……?』
「今一緒にいるんだ」
『はぁ!?』
「ミサも来てくれないか? 今、鶯巣の会社の社長室――」
『今すぐ行くわ!!』
プツッ、と切電の音が聞こえ、俺はクスクス笑っている鶯巣と目を見合わせた。
「会食はいいんだろうか……」
「いいんだよ」
「そうなのだろうか……」
俺はその足で再び鶯巣がいる社長室に行き、頭を下げた。
「俺と一緒に大阪に来てくれませんか」
「どっ……どうしたんだい、朱鷺!? 突然飛び出して、戻って来たかと思えば急にそんな……。頭を上げなさい……あと、敬語もヤメテ……他人行儀はいやだよ……」
俺は頭を上げられなかった。こんな顔、鶯巣に見せられるか。
だが、目ざとい鶯巣は、床に一滴の雫が落ちたことに気付いた。
「朱鷺……? 何があったんだ。どうして泣いている?」
「……」
「とりあえず座りなさい」
「……」
俺はうつむいたままソファに腰掛けた。向かい合った鶯巣は、昼と打って変わりとても静かだ。
「朱鷺。そろそろ教えてくれないか。君が大嫌いな父親を頼ってまで会いたいと思う、大阪の小さな会社の社長はいったい何者なんだい?」
「……」
「お父さんに大阪まで来てほしいと頭まで下げるなんて。それだって、その社長に会いたいからなんだろう?」
俺が頷くと、鶯巣はふぅ、と息を吐いてソファにもたれかかった。
「朱鷺のお願いだ。もちろん大阪にだって行くけれど。事情は話してほしいかな」
鶯巣は簡単に「大阪に行く」と言ったが、それを聞いていた秘書はげんなりしてこっそりため息を吐いていた。そりゃそうだ。社長は毎日びっしりスケジュールが埋まっている。その予定を全て蹴ることは、秘書と会社にかなりのダメージだ。
そこまでの無理をさせるんだから、俺だってせめて誠意を見せなければ。
「……俺さ、恋人ができたんだ」
「「え!?」」
鶯巣と一緒に秘書まで声を上げて驚いた。こいつも小さい頃から俺を知っていて、俺がずっと特定の恋人を作らなかったのを知っていたからだろう。
「で、それが高浜社長の義理の息子」
「ほう……?」
「高浜社長は長年そいつを抱いてて」
「?」
「そいつを餌に大企業と取引してて」
「なるほど……」
「なんやかんやあって、夏休み前にこっちに来て一人暮らししてたんだ、そいつ。で、なんやかんやあって俺はそいつと付き合うことになったんだけど」
「なんやかんや……」
「今日、そいつが高浜社長に連れ戻された」
それを聞いても、鶯巣は驚いていない様子だった。
「むしろよく手放したな、と思ったからね……」
「まあ、それはなんやかんやで……」
「そうか……。それで朱鷺は、高浜社長に会ってどうするつもりなんだい?」
「怜を取り戻したい」
「へえ」
鶯巣がニヤッと笑ったのがイラッとした。
「どうしてその子にそこまで執着するんだ? 朱鷺なら他にもたくさん相手がいるだろうに」
「じゃあ鶯……お父さんは、そこの番が知らんおっさんにさらわれても、次の番を探すだけなのか?」
「……」
鶯巣は答える代わりに、めったに吸わないタバコに火をつけた。
「……こんな話を、まさか朱鷺とすることになるなんてね」
「……」
「その子とはもう番に?」
「いや、まだ」
「まだ、ね」
「いつかはなる」
「そうか。……その子……レイくんの意向は?」
俺は一瞬言葉に詰まったが、頬を叩いて弱気になった自分に喝を入れた。そして鶯巣の目をまっすぐ見て答えた。
「俺の元に帰りたいはずだ」
「それはひとりよがりではなく?」
「ちがう……はずだ」
「まあ……それは、直接話をしたら分かるね」
「っ……」
鶯巣は立ち上がり、秘書に言った。
「聞いていたね」
「はい」
「私はこの件が終わるまで戻らないよ」
「……はい」
秘書は、昨晩の電話のような文句を言わなかった。むしろ俺の目を見て――はじめて俺に向かって微笑を向けた。
鶯巣はスマホをいじりながら俺に尋ねる。
「朱鷺。義父はそう簡単にその子を手放そうとしないと思うよ」
「ああ、分かってる。あいつは怜にひどく執着してる。男娼としてだけじゃなく……自分の愛人としても、な……」
「だったら……取り戻せても、義父はきっとまたすぐレイくんの元に現れるよ」
「ああ。だが、二度と怜に会えないようにさせたい」
「だったら――」
義父がスマホを俺に向けて投げた。受け取ったスマホの画面には、俺の母親であり、鶯巣の妻である名前が映っている。
「コテンパンにした方がいいんじゃない?」
「そう、だな……」
「電話をして、ここに呼びなさい。君に誘われたら彼女だってすべてを放り投げて飛んでくるだろう」
「……ありがとう、お父さん」
「えっ!? なんだって!?」
「~~っ。なんでもない!」
大げさな反応をされたせいで、余計に恥ずかしくなった。腹立つわー。
俺はごまかすようにミサに電話をかけた。
電話に出たミサはうざったそうに、低い声で応対する。
『なに。私忙しいのよ。もうすぐ会食の時間だから手短にお願いできる?』
「あ、ミサ? 俺だけど」
『……朱鷺?』
「おう」
『やだっ、うそっ、ちょっ、ちょっと待って、』
と、慌てた声のあと、ミサは咳ばらいをして、よそいきの声にスイッチした。
『朱鷺、どうしたの? 久しぶりじゃない、元気だった? えーっ、朱鷺から電話……って、え? どうして鶯巣の電話番号で朱鷺が……?』
「今一緒にいるんだ」
『はぁ!?』
「ミサも来てくれないか? 今、鶯巣の会社の社長室――」
『今すぐ行くわ!!』
プツッ、と切電の音が聞こえ、俺はクスクス笑っている鶯巣と目を見合わせた。
「会食はいいんだろうか……」
「いいんだよ」
「そうなのだろうか……」
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