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夏休み中旬:怜

45話 8月13日:ひと夏の夢

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 ◇◇◇

「……」

 見慣れない部屋の中で目が覚めた。
 しあわせな夢を見ていたんだ、僕は。
 義父の呪縛から解放されて、僕を大切にしてくれる恋人ができる夢。
 僕は枕に顔をうずめ、声を殺して泣いた。
 あれはただの夢だったんだ。じゃなきゃおかしいもん。あんなに幸せな日々が僕に訪れるなんて、そんなの、おかしい。
 どうしてもっと早く気付かなかったかな。
 願望が夢になるのは、僕にとって珍しくないことなのに。

 ---

 義父は、僕のアパートを訪れ、僕を犯したあと、僕の手を引いて新幹線に乗った。

 新幹線の中で義父は言った。

「初めからこのつもりだったんだ」
「……どういうことですか?」
「ほら、あんなことがあって……怜とおとうさんは離れ離れにさせられただろう?」

 あんなこと、とは、義父が僕を犯していたことが校長先生にバレて、同じく僕をレイプした教師や生徒のことをこれ以上言うのなら、義父のしたことも警察に通報すると脅されたことだ。
 そのことがあって、義父は僕を遠い地に引っ越させた。

「一、二カ月してから、目を盗んで怜をこっちに連れ戻すつもりだった。そのために、怜のためにマンションを一戸買ったんだよ。今日から君は、そこで暮らす」
「え……? 実家があるのに、ですか……?」
「今さらお母さんと君を一緒に住まわせるとでも? お母さんに怜とおとうさんとの関係がバレるのはいやだからね」

 お母さんは僕と義父の関係を知らない。気付かれないよう、義父も僕も細心の注意を払っていた。
 でも、あんなことがあったから、義父は万が一を恐れたのだろう。お母さんがいる家の中で僕とセックスするのは気が進まなくなったんだ。

 それだけじゃない。義父は、地元の人に連れ戻したことがバレないよう、僕をそのマンションに閉じ込めて、一歩も外に出さないつもりだった。

「心配しなくていい。たくさん部屋がある広いマンションだからね。ゲームもたくさん買ってあげるし、運動するマシンも部屋に置いてあげる。お父さんが毎日会いに行くから寂しくないよ。美味しいものもたくさん買ってくる」
「……」

 それに、と父は言葉を続けた。

「実は、上の階にも一戸買ったんだ。これからは、接待はそこに客を呼んですることになるよ。だから怜はマンションから一歩も外に出なくていい」

 最後に義父は耳元で囁いた。

「君が普段暮らす部屋では、おとうさんだけが君を抱けるんだ」

 はは、と満足げに笑い、義父は窓の外に目をやった。

 新幹線に乗る前に、スマホを捨てられた。これでもう朱鷺と連絡を取ることはできない。

 こんなことなら、電話番号くらい覚えておけばよかった。
 ……と考えていることに気付き、僕は苦笑した。

 たとえ電話番号を覚えていたって、もう朱鷺が僕を相手してくれることなんてないのに。

 僕には朱鷺しかいないけれど、朱鷺には他にたくさん相手がいる。きっと彼は僕がいなくなっても、夏休み前と同じ生活に戻って楽しく笑う日々を過ごすんだろう。もしかしたら、一人の人を好きになることを知った朱鷺は、また別の好きな人を見つけて付き合うのかもしれない。

 朱鷺が知らない人の首に噛みついているところを想像してしまったところで、僕は首を振った。

 もう、朱鷺のことは忘れよう。あれは夢だったんだ。
 ひと夏が見せた、ただの夢。
 今思えば、毎日が夢のようだった。
 そりゃそうだ。だって夢だったんだから。

 その日地元に帰った僕は、見知らぬマンションに連れていかれ、朝まで義父に抱かれた。
 明日僕は取引先の人六人に抱かれるらしい。

 僕はもう抵抗なんてしなかった。いや、無気力になってできなかっただけなのかもしれない。

 義父の腕の中で嬌声を上げている自分が、まるで知らない人のように思えた。心は冷えているのに体は熱く乱れている。

 でも、もうどうだっていいや。
 ただ今まで通りの日常に戻っただけ。ただ、それだけのこと。
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