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夏休み上旬
39話 8月12日:花火
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ギリギリまでエロいことをしていたので、いい場所はもう埋まっていた。俺たちは、人もまばらな離れた場所で、花火を見ることになった。
「だー、場所取りしとくべきだったなー」
「花火が見えたら、それでいいよ」
「せっかくだったら良いところで見せてやりたかったわ……」
そう言うと、怜は微かに息を呑み、俺の肩に頭を預けた。
「はあ、好きだな」
「あん? 俺のことかあ?」
冗談まじりで言ったのに、怜は真っすぐな目で頷いた。
「そうだよ」
「……はあ、好きだ」
「僕のこと?」
「そうだよ……」
なんかさ。人を好きになったことがなかったから今まで知らなかったけど。
人を好きになるって、疲れるよな。
こいつのせいで、自分の意思に反して感情がめまぐるしく変わる。それに俺自身が追いつけないこともある。
なんとなく生きていたときには感じなかった喜びとか、怒りとか、そのほかさまざまな感情が俺に襲い掛かって、毎日疲れる。
自分以外の大事なものがひとつ増えるって、こういうことなのか。こりゃ大変だ。
花火が打ちあがった。俺にとっては見飽きた光景でなんの感動もない。そんな花火も、怜にとっては「わぁっ……」と思わず声を上げるほど綺麗だったらしい。
耳の奥にズンと響く、花火が打ち上げられた音。
心臓を深く抉られるような音圧。
ひとつひとつは美しいのに、一気に打ち上げられてごちゃごちゃになっていく花火。
まるで怜と一緒にいるときの俺の心の中みたいだ。
「きれい……」
怜はそう呟いた。
これは綺麗なのか、怜?
汚くないか? 嫌にならないか? うるさいだろう。重いだろう。
どれがどれか分からなくなるほど重なり合ったこれは、本当に綺麗なのか?
「すごいね、朱鷺! 花火、きれいだね! わあ、すごい……」
怜が、乏しくなった語彙力で、必死にこの花火の良さを伝えようとしている。
ごめんな、怜。俺にはちょっと、分からねえや。
きゃーきゃー騒いでいた怜が、ふいに何も話さなくなった。どうしたのだろうと視線を移すと、俯いて、嗚咽を漏らしていた。
「えっ!? ど、どどど、どうした怜!?」
「ご、ごめん……。も、僕、どうしよう……」
「どうした!? さっきのこと、そんなに気にしてたか!? 悪い……!」
「ううん、ちがくて……」
怜は浴衣で目を擦り、へにゃんと笑った。
「なんかもう、僕、死んじゃうのかなって思っちゃって」
「はっ!? おまっ、どうした!?」
「だって……ここに越してから急に……」
笑っていた怜の顔が、だんだんとしわくちゃになる。
「朱鷺と出会ってから急に、しあわせになりすぎて……」
「っ……」
「ぼ、僕……こ、こわい……」
我慢できなくなったのか、怜がえーんと子どもみたいな泣き声を上げた。
怖いってなに? たかが恋人ができて、一緒に花火大会に行ったくらいで、泣くほどの……恐怖を抱くほどの幸せを感じてしまったのか、こいつは?
なんでだ、俺までなんか泣けてきた。
「怖がるなよ……何が怖いんだよ……」
「と、朱鷺がいなくなったらって考えると……こわい……」
「いなくなんねえよ」
「人を……人を好きになるのが……こんなに怖いなんて知らなかった……」
ぼろぼろと涙を流しながら、怜がくいと俺の浴衣を引っ張った。
「ごめん、朱鷺……。めんどくさくて……重いオメガでほんとごめん……」
そう言ってから、怜は俺の目を見て言った。
「お願い……ずっと僕のこと好きでいて……」
なぜだろう。怜の首を絞めたい衝動に駆られた。こいつと今すぐここで、二人で一緒に死にたくなった。
「……それは、俺のセリフだよ」
俺は怜の目をこすり、夜空を指さした。
「ほら。せっかく花火見に来てんだから、下ばっか見てないでちゃんと空を見ろよ」
「……うん」
「綺麗か? 怜」
「うん、綺麗」
「花火好きか?」
「好き」
「よかった。じゃあ、また来ような」
「うん」
最後まで見ても、俺は花火を綺麗だとは思えなかった。それよりも怜の泣き顔の方が、よっぽど綺麗だった。
「だー、場所取りしとくべきだったなー」
「花火が見えたら、それでいいよ」
「せっかくだったら良いところで見せてやりたかったわ……」
そう言うと、怜は微かに息を呑み、俺の肩に頭を預けた。
「はあ、好きだな」
「あん? 俺のことかあ?」
冗談まじりで言ったのに、怜は真っすぐな目で頷いた。
「そうだよ」
「……はあ、好きだ」
「僕のこと?」
「そうだよ……」
なんかさ。人を好きになったことがなかったから今まで知らなかったけど。
人を好きになるって、疲れるよな。
こいつのせいで、自分の意思に反して感情がめまぐるしく変わる。それに俺自身が追いつけないこともある。
なんとなく生きていたときには感じなかった喜びとか、怒りとか、そのほかさまざまな感情が俺に襲い掛かって、毎日疲れる。
自分以外の大事なものがひとつ増えるって、こういうことなのか。こりゃ大変だ。
花火が打ちあがった。俺にとっては見飽きた光景でなんの感動もない。そんな花火も、怜にとっては「わぁっ……」と思わず声を上げるほど綺麗だったらしい。
耳の奥にズンと響く、花火が打ち上げられた音。
心臓を深く抉られるような音圧。
ひとつひとつは美しいのに、一気に打ち上げられてごちゃごちゃになっていく花火。
まるで怜と一緒にいるときの俺の心の中みたいだ。
「きれい……」
怜はそう呟いた。
これは綺麗なのか、怜?
汚くないか? 嫌にならないか? うるさいだろう。重いだろう。
どれがどれか分からなくなるほど重なり合ったこれは、本当に綺麗なのか?
「すごいね、朱鷺! 花火、きれいだね! わあ、すごい……」
怜が、乏しくなった語彙力で、必死にこの花火の良さを伝えようとしている。
ごめんな、怜。俺にはちょっと、分からねえや。
きゃーきゃー騒いでいた怜が、ふいに何も話さなくなった。どうしたのだろうと視線を移すと、俯いて、嗚咽を漏らしていた。
「えっ!? ど、どどど、どうした怜!?」
「ご、ごめん……。も、僕、どうしよう……」
「どうした!? さっきのこと、そんなに気にしてたか!? 悪い……!」
「ううん、ちがくて……」
怜は浴衣で目を擦り、へにゃんと笑った。
「なんかもう、僕、死んじゃうのかなって思っちゃって」
「はっ!? おまっ、どうした!?」
「だって……ここに越してから急に……」
笑っていた怜の顔が、だんだんとしわくちゃになる。
「朱鷺と出会ってから急に、しあわせになりすぎて……」
「っ……」
「ぼ、僕……こ、こわい……」
我慢できなくなったのか、怜がえーんと子どもみたいな泣き声を上げた。
怖いってなに? たかが恋人ができて、一緒に花火大会に行ったくらいで、泣くほどの……恐怖を抱くほどの幸せを感じてしまったのか、こいつは?
なんでだ、俺までなんか泣けてきた。
「怖がるなよ……何が怖いんだよ……」
「と、朱鷺がいなくなったらって考えると……こわい……」
「いなくなんねえよ」
「人を……人を好きになるのが……こんなに怖いなんて知らなかった……」
ぼろぼろと涙を流しながら、怜がくいと俺の浴衣を引っ張った。
「ごめん、朱鷺……。めんどくさくて……重いオメガでほんとごめん……」
そう言ってから、怜は俺の目を見て言った。
「お願い……ずっと僕のこと好きでいて……」
なぜだろう。怜の首を絞めたい衝動に駆られた。こいつと今すぐここで、二人で一緒に死にたくなった。
「……それは、俺のセリフだよ」
俺は怜の目をこすり、夜空を指さした。
「ほら。せっかく花火見に来てんだから、下ばっか見てないでちゃんと空を見ろよ」
「……うん」
「綺麗か? 怜」
「うん、綺麗」
「花火好きか?」
「好き」
「よかった。じゃあ、また来ような」
「うん」
最後まで見ても、俺は花火を綺麗だとは思えなかった。それよりも怜の泣き顔の方が、よっぽど綺麗だった。
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