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夏休み上旬

37話 8月12日:ナンパ

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 ……さっきよりも周りの視線を感じるようになった。笑われているのかなと思ってふとこっちを見ている人たちに目をやると、ちょっと口元は緩んでいるが、バカにしている様子ではなかった。
 うしろのヤツらの会話が聞こえる。

「ねえ、前の人見て」
「わ……、ヤケに可愛いの付けてるじゃん。アルファ、だよね?」
「匂いからしてアルファだよね。すごい匂い」
「でもオメガの首輪してない?」
「わ、ほんとだ。どうしてだろう」
「一人で来てる……わけないよね。隣にいる人がツレ?」
「かなあ? にしても……そぐわない二人組だね」
「オメガ……かな?」
「分かんないけど、たぶんそうじゃない?」
「付き合ってると思う?」
「いやー、ないんじゃない? さすがに」
「じゃあどうして二人で来てるんだろ」
「親戚とかじゃない?」
「あー、それかも」

 怜にも聞こえてきたのか、またクソデカい舌打ちをした。

「あんま気にすんなよ、怜」
「気にしてないけど。むかつく」
「気にしてんじゃねえか」
「次から朱鷺もボサ頭で外出てよね」
「まあ、それも良いかもな。確かアルファの匂いを抑える薬も、病院に行けばもらえるし」
「抑制剤はほんとにしんどいからあんまり飲ませたくないけど……こういうときは、飲ませたいかも」
「ん。じゃあ次から飲むわ」

 今まではモテてなんぼみたいなところがあった。だが今は怜以外のヤツに好かれたってなんにもメリットがないと思うようになった。だから外に出る時に、顔を隠したり匂いを隠したりする方が良いような気がした。

「なあ怜。なんか食わねえ? 俺はらへった」
「うん。食べよう。何食べたい?」
「ヤキソバ?」
「いいじゃん。食べよう、ヤキソバ」

 俺たちは屋台でヤキソバとジュースを買って、人混みから外れた。ちょうど良い石があったのでそこに腰かけ、二人でヤキソバを食べる。

 そのとき、とんとん、と背後から肩を叩かれた。振り返ると男女四人組のオメガがいた。俺たちと同じ高校生くらいの見た目をしているが、見たことがないのでおそらく違う学校のヤツらだろう。

「ねえねえ! 君たち二人で来てるの? 良かったら一緒に回らない?」

 そう声をかけた男が、俺の全身を舐めるように見た。他のヤツらも、完全に性的な目で俺を見ている。
 俺は相手にする気もなく、ヤキソバをすすりながらクイと首輪を見せつけた。

「悪い。俺、恋人いるから」
「えっ、うそっ、アルファが首輪!?」

 引いてどっか行くと思っていたのに、逆効果だった。

「やだ! 恋人のために首輪付けてるの!? 最高じゃん……!」
「そんなにラブラブなのにどうして一緒に来てないのー? もしかして別れたばっかりとか?」
「だったら余計、俺たちと一緒に遊ぼうよ!」
「ねえ、おねがあい」

 オメガたちがベタベタと無遠慮に俺の体にへばりついた。おいやめろ。俺と怜の体液が沁み込んだ家宝にお前らの汁を付けるな気持ち悪い。

 俺はそいつらを追い払い、怜を指さした。

「あのさ。いるんだけど、ここに恋人」
「へっ……?」

 オメガたちは怜を見て唖然とした。俺は、怜がボサ髪の中で殺意のこもった目でそいつらを睨みつけ、何度も何度も舌打ちをしているのを知っていたが、オメガたちは気付かないようだった。

「こ、こんなオメガ……」
「ねえ……? 私たちの方が君にお似合いだと思うよ……?」
「うんうん……。君、すごく強いアルファ君だし、四人くらいオメガ連れてないと不自然だと思うし……」
「少なくとも、こんな陰キャオメガは、ちょっと……冗談キツいって……」

 なんだとこら、と立ち上がろうとした俺を、怜が止めた。

「さっきから聞いてたら、好き放題言って」

 怜は深いため息を吐き、眼鏡を外し、前髪をかき上げた。
 すると、オメガ四人がハッと息を呑む。

「僕より顔が良いオメガ、君たちの中にいる?」

 わーお。なぜかちょっと勃ってしまった。怜きゅんかっこいい……。

 小さく首を横に振るオメガ四人に、怜はさらに追い打ちをかける。

「このアルファ、首輪してるの見て分からない?」

 そう言って、怜が俺の着物をくいと引っ張り、首輪を指でつついた。

「朱鷺は僕のモノだから。誰にもおすそ分けする気ないので。悪いけど他当たってくれる?」
「は、はい……」

 怜の顔面と圧に、オメガ四人はすっかり縮み上がっていた。逃げるようにその場を去ったそいつらの背に、怜は「べ」と舌を出した。そしてうんざりとため息を吐き、髪と眼鏡で顔を隠す。

「ほんと、外出たらナンパされるんだから」
「……」

 俺に視線を移した怜は、「ゲッ」と顔をしわくちゃにした。

「フル勃起……っていうかなんでラットになりかけてんのさ、朱鷺……」
「だって……、怜が……、かっこよくてっ……」
「どこがかっこいいのさ……。どちらかというと余裕なくてかっこわるかったでしょ……」
「ううん、かっこよかった」

 我慢できず、俺は怜の頭を引き寄せキスをした。舌を絡め、浴衣の中に手を忍ばせる。汗ばんだ怜の細い腰。伝う汗は冷たいのに、体温がぶわっと熱くなったのを感じた。

「んっ、も、朱鷺……っ」
「はっ……はっ、怜……っ」
「朱鷺……僕、花火見たい……っ」

 その言葉にハッと我に返った。
 そうだ。ここで怜を襲ったら、こいつにとったら今までと同じ花火大会になってしまう。それだけは絶対嫌だ。

「ふぐぅぅ……うおぉぉぉっ……!」

 俺は叫び声を上げながら、なんとか怜の体から離れた。

「そ、そうだな、怜……! 俺は絶対に、怜と花火を見る……! セックスは、家に帰ってからだ……!!」
「朱鷺……」

 怜はそっと目尻を下げて、俺にキスをした。そして時計をちらっと見たかと思えば、耳元で囁く。

「花火まであと二十分。セックスする時間はないけど……」
「いや、しなくていい……!」
「誰にも見えない場所に行こ、朱鷺」
「いや、いい……!」

 怜は俺のちん先を指でなぞり、うっとりとした声を出した。

「セックスは間に合わないから、口でしてあげる」

 ごめん、今のでちょっと出た。
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