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夏休み上旬

35話 8月12日:浴衣

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 花火大会前日、俺と怜は浴衣を買いに行った。廉価な店のやっすい浴衣だ。怜がそこが良いと言って聞かなかった。それに、やっぱり奢らせてくれなかった。こいつそんなに小遣いももらっていないくせに無理しやがって。

 俺は怜に選んで欲しかったから、指輪も首輪も浴衣も、全部怜に選んでもらった。
 だが、怜は自分の物を自分で選びたがる。今まで自分が欲しいと思うものを買えたことがないからなんだと思う。
 自分と俺のものを選べるのが嬉しいらしくて、怜は買い物をするときいつも上機嫌だ。

 怜は俺に紺色の浴衣を、自分用に白っぽい浴衣を選んだ。
「どう思う?」と尋ねてきた怜に、俺は一言返事で「これ買う」と答えた。すると怜は顔をほころばせ、浴衣をかごに入れた。

「この浴衣、絶対に朱鷺に似合うと思うんだよね」

 俺は深呼吸をした。こいつのこういう言葉を聞くだけでちんこが反応していまう。家の中では気にしないが、外ではちょっと困る。

 家に帰った俺は、怜がシャワーを浴びている間に、新品の白い浴衣を凝視していた。
 これを明日、怜が着る。怜がこれを着ている姿を想像するだけで、精液がほとばしりそうになった。

「ふっ……ん……」

 気付けば俺は、まだ怜が着てもいない白い浴衣に顔をうずめてシコッていた。ほんとバカ。これただの新品。それなのにもう怜が着た気になって、興奮してちんこしごいている。自分でもキモい。

「……」

 この浴衣に精液をぶっかけたい。この白い浴衣に、これを着るヤツは俺のモンだってマーキングをしたい。精液だけじゃない。俺の汗とか、唾液とか、そういうのでこの浴衣をびしゃびしゃにしたい。

「なにしてるの?」
「うわあああああっ!!」

 どうしようもないくらい変態なことを考えながらシゴいていた俺の背後から、怜が声をかけた。
 びっくりしすぎて射精した。幸か不幸か、意図せず浴衣に俺の精液がちょっとかかった。

 怜はそれを気にする様子もなく、冷静な口調で言った。

「それ、まだ新品だよ?」
「わ、分かってるし!」
「僕まだ着てないのに、どうしてそれに興奮してるの?」
「お、お前が明日着るからだよ!!」
「わーお。すごい想像力」

 そう言って、怜は白い浴衣を引ったくった。

「あーあ。精液かかっちゃってるじゃん。それに、汗も沁み込んじゃってる。新品だったのに」
「ご、ごめん」
「これは仕返ししなきゃなあ」

 怜がニヤァと笑った。それだけで俺は何を期待してか勃起した。
 こいつの「仕返し」は、往々にして俺にとってのただのご褒美だ。

 それから怜は何をしたと思う?
 ベッドの上に、紺色の浴衣を広げた。

「今日はこの上でセックスしよっか」
「はい!!」
「あれ……全然いやがらない……」
「ヤリましょう、今すぐ!!」
「むしろノリノリ……」

 怜の愛液でベッタベタになった浴衣? んなもん家宝級のご褒美じゃねえか!!
 予想外の俺の反応、というよりドン引きレベルの俺の喜びように、怜は「やっぱりやめよう」と言った。しかしそれで俺がやめるわけがなく、その日、俺は明日着る浴衣の上で怜を抱き潰した。(ラットになったからあんまり覚えていないが、浴衣がべしゃべしゃになっていたからそういうことなのだろう)

 ◇◇◇

 花火大会当日の夕方、俺は洗わずに乾かしただけの浴衣を身につけた。これを着るだけで昨晩のことを思い出してフル勃起してしまう。困ったな。でも絶対にこれを着て花火大会に行きたい。

 家を出る前に、俺は自分の着ている浴衣の匂いを嗅ぎながらシコッた。その姿を見ていた怜は、ゴミを見るような目をしていた。それがまた興奮した。

「朱鷺ってほんと、アルファとは思えない性癖してるよね」
「はあ!? 何言ってんだ、俺は誰もが羨むツヨツヨアルファ様だぞ!?」
「そんな〝ツヨツヨアルファ様〟が――」

 怜が俺の胸に足をつき、俺を押し倒す。床に仰向けになった俺は、怜に踏みつけられている状態だ。

「オメガにこんなことされて、見下ろされて、期待いっぱいの目で僕を見て、勃起させてるんだ」
「ふぐぅ……。そ、そんなこと言ったらお前だってオメガとは思えない性癖してんだろが!!」
「え、そう?」
「アルファ踏みつけて恍惚の表情を浮かべるオメガなんて見たことねえよ!!」
「ハッ」
「足の指舐めらてる時もそんな顔してたなあ! このドSオメガが!!」

 怜は顔を真っ赤にして、俺に背を向けた。

「べ、別にオメガがドSだっていいでしょ!? っていうか僕はドSじゃないし!!」
「じゃあアルファがドMだっていいだろが!! 俺はドMじゃないけどな!!」

 意味の分からねえ口論を交わしたあと、俺たちはやや気まずい雰囲気で出かける準備をした。
 きれいに髪型をセットしている怜の頭を、俺はぐしゃぐしゃと乱す。

「あっ! せっかくセットしてたのに!!」
「なに言ってんだお前バカ! ボサ頭で行け!!」
「ええ!!」
「眼鏡もだ!! 眼鏡も付けろ」
「そんなあ!! せっかくの花火大会なのに!?」
「そうだ!」
「朱鷺とはじめての花火大会なのにい!?」
「ぐぅ……、そ、そうだ!!」

 うるうるした目で見るな!! 俺だってきれいな怜を連れて祭りに行きたい気持ちはある。だが……

「お前の浴衣姿は……きれいすぎる!! 危険すぎるし、他のヤツに見せたくない!!」

 怜の頬がぽっと赤らんだ。

「浴衣姿のちゃんとした怜は家の中だけにしとけ!! 分かったな!!」
「……うん、分かった」
「ったく。言わねえと分かんねえのかお前は。フリスクも今日ばっかりはしっかり飲めよ」
「うん」

 急に従順になりやがって。可愛すぎて危うく押し倒してしまうところだったぜ。
 しかし、浴衣セックスは祭りのあとって相場が決まっているからな。楽しみは取っておかないと。今は我慢だ、我慢。

「うわ、ニヤニヤしてる朱鷺、きもちわるー」
「あ!? 俺顔に出てた!?」
「すっごく出てたよ。もう浴衣セックスのこと考えてるの?」
「お前はテレパスかなんかなの?」
「ううん。ただの朱鷺の恋人」
「うぐぅっ……。悪い、もう一発ヌいてくる」
「ええ……。大丈夫? お祭りから帰るころには枯れ果ててない?」
「もしそうだったとしたらお前のせいだからな」
「なんでも僕のせいにする」

 一発ヌいて、軽口を叩き合って、俺たちは花火大会に向かった。ボサ頭眼鏡とフリスクのおかげで、行き交う人の視線はひとつも怜に向かない。

 安堵のため息をついた俺の隣で、怜がでかめの舌打ちをした。

「お? どうした、怜」
「むかつく」
「どうした」
「すれ違うオメガ、みんな朱鷺のことジロジロ見る」
「へへっ、さすがはツヨツヨアルファ様だな」
「朱鷺、首輪ちゃんと見えるようにしててよね」
「はいはい」
「指輪も」
「へーい」

 独占欲が強いオメガ様だこと。
 ツヨツヨアルファ様は、踏みつけられて喜ぶほどお前に夢中なんだが。それをこいつはちゃんと分かってんのかね。

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