上 下
34 / 74
夏休み上旬

34話 8月10日:怜の知ってる花火大会

しおりを挟む
 社会人たちが長期休暇で帰省する時期に、俺が暮らす町で小さな花火大会が開催される。閉塞的だったこの数年間はずっと中止されていたので、実に四年ぶりだ。

「人多いんだろうな……」

 スマホで花火大会の情報を確かめながら、俺はため息を吐いた。
 すると、怜が俺のスマホを覗き込んだ。

「なにが?」
「花火大会。今年するらしい」
「へえ、花火大会」
「怜、興味ある?」
「うん、ちょっと。でも……」

 怜は諦めたような笑みを向ける。

「良い思い出、あんまりないからなあ」
「あー……」

 まあ、あんなに人が多いところにこんなヤツを放り込むと、どうなるかなんて俺でも分かる。

「今まで誰と行ったことあんの?」
「義父だね」
「……義父とだけ?」
「……ときどき、義父の会社のお得意先の人も一緒だったかな」
「それって……」

 怜は小さく頷き、聞こえないくらいの小声で応えた。

「接待、ってやつ?」

 俺は言葉を失った。

「……そういうの、もしかして何度も……?」
「そうだね。ときたま、知らないおじさんが待ってる部屋に連れてかれてた」

 怜は片脚を折り、服越しに自分の尻をつついた。

「僕ってすごいんだよ。ここで何度契約をとってきたか、分からない」
「……自分の息子に何させてんだよ、そいつ」
「実の息子じゃないから」
「……」
「それなのに……自分が無理矢理させてるクセに、他の人とシた僕を怒るんだ」
「はあ……?」
「どうして俺以外で感じてるんだ、どうして俺以外の体で絶頂を迎えるんだ、なんて言って、そのあと僕をホテルに連れて行って、朝までお仕置きする」

 こいつの義父、塀の外に出しておいて良いヤツなのか? それともこの世には、そうやって経済を回しているヤツらがごまんといるのだろうか。……自分は何もせず、オメガの体を使って、取引先のご機嫌をとるような……そんなヤツらが。

「僕の義父ね、お母さんのことより僕の方が好きだって言ってた」
「おいおい……」
「お母さんと結婚したのも、僕がいたからだって」
「なんだそれ……」
「だから、僕が拒否したらお母さんと別れるって言われてた」

 ただの脅しじゃねえか。

「オメガッて、体を売る以外の仕事では、あんまりお金稼げないでしょ? だから僕とお母さんには、養ってくれる人が必要だった。だから僕、断れなくて。ずっと義父の言うことを聞いてたんだ」

 怜は俺のスマホに視線を戻し、花火の画像を羨ましそうに眺めた。

「義父は、あんなことしてたクセに独占欲が強くてね。友だちと花火大会に行くなんて許してくれなかった。義父と花火大会に行っても、花火が上がる頃には物陰に連れて行かれて、義父とお得意先の人に犯されてたから……僕は花火を見たことがないんだ」

 こいつはここに来るまで、どんなに辛い目に遭ってきたんだ。義父に縛られて、いろんなヤツらに犯されて……。花火大会に連れて行かれても、野外で犯されるだけで花火すら見たことがないなんて。

「しかし……そんなに執着してたお前を、義父はよく手放したな。連絡とか来てないのか?」
「来てるよ」
「来てるのかよ……」

 ちょいちょいスマホを持って外に出るのは、義父と電話していたからか。……母親からだと思っていた。

「自分の保身のために僕を追い出したのに、そんなことすっかり忘れて〝俺はお前が心配だ〟なんて言ってくるんだよ。笑っちゃうよね」
「なあ。その連絡、無視しちゃダメなの? 俺、あんまり良い気分じゃないんだけど」

 そう言うと、怜は申し訳なさそうな顔をした。

「ごめんね」
「……」

 ムスッとしているとしている俺に、怜が言った。

「大丈夫だよ。義父だって忙しいから、電話とチャットだけだよ」

 それでも良い気分ではない。

 怜は天井を見上げ、ふぅ、とため息を吐いた。

「僕、高校を卒業したら働いて、お母さんを養えるくらいいっぱいお金稼いで、自由になりたい」

 オメガにそんな職があるのか分からないけど、と言って怜は自嘲的に笑った。
 そしてスマホをベッドの上に放り投げて、くたっと俺の肩にもたれかかる。

「早く朱鷺だけのものになりたい」
「……お前は、俺だけのものだろ」
「……そうだね」

 一緒に花火大会に行くぞと誘うと、怜は「うん」と応えた。

「花火見せてね」
「当り前だろ」
「一緒に浴衣着よ」
「それも当たり前だ。なんのための祭りだ」
「花火のためじゃないの?」
「普通に考えて違うだろ」
「……花火見せてね?」
「当たり前だっつってんだろ」

 花火だけじゃない。祭りでお前がしたいこと全部させてやる。
 十六年間ずっとできなかったこと全部、俺がさせてやるからな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

オメガ嫌いなアルファ公爵は、執事の僕だけはお気に入りのオメガらしい。

天災
BL
 僕だけはお気に入りらしい。

夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子

葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。 幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。 一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。 やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。 ※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。

アルファだけの世界に転生した僕、オメガは王子様の性欲処理のペットにされて

天災
BL
 アルファだけの世界に転生したオメガの僕。  王子様の性欲処理のペットに?

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

チート魔王はつまらない。

碧月 晶
BL
お人好し真面目勇者×やる気皆無のチート魔王 ─────────── ~あらすじ~ 優秀過ぎて毎日をつまらなく生きてきた雨(アメ)は卒業を目前に控えた高校三年の冬、突然異世界に召喚された。 その世界は勇者、魔王、魔法、魔族に魔物やモンスターが普通に存在する異世界ファンタジーRPGっぽい要素が盛り沢山な世界だった。 そんな世界にやって来たアメは、実は自分は数十年前勇者に敗れた先代魔王の息子だと聞かされる。 しかし取りあえず魔王になってみたものの、アメのつまらない日常は変わらなかった。 そんな日々を送っていたある日、やって来た勇者がアメに言った言葉とは──? ─────────── 何だかんだで様々な事件(クエスト)をチートな魔王の力で(ちょいちょい腹黒もはさみながら)勇者と攻略していくお話(*´▽`*) 最終的にいちゃいちゃゴールデンコンビ?いやカップルにしたいなと思ってます( ´艸`) ※BLove様でも掲載中の作品です。 ※感想、質問大歓迎です!!

生粋のオメガ嫌いがオメガになったので隠しながら詰んだ人生を歩んでいる

はかまる
BL
オメガ嫌いのアルファの両親に育てられたオメガの高校生、白雪。そんな白雪に執着する問題児で言動がチャラついている都筑にとある出来事をきっかけにオメガだとバレてしまう話。

上司に連れられていったオカマバー。唯一の可愛い子がよりにもよって性欲が強い

papporopueeee
BL
契約社員として働いている川崎 翠(かわさき あきら)。 派遣先の上司からミドリと呼ばれている彼は、ある日オカマバーへと連れていかれる。 そこで出会ったのは可憐な容姿を持つ少年ツキ。 無垢な少女然としたツキに惹かれるミドリであったが、 女性との性経験の無いままにツキに入れ込んでいいものか苦悩する。 一方、ツキは性欲の赴くままにアキラへとアプローチをかけるのだった。

処理中です...