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夏休み上旬

34話 8月10日:怜の知ってる花火大会

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 社会人たちが長期休暇で帰省する時期に、俺が暮らす町で小さな花火大会が開催される。閉塞的だったこの数年間はずっと中止されていたので、実に四年ぶりだ。

「人多いんだろうな……」

 スマホで花火大会の情報を確かめながら、俺はため息を吐いた。
 すると、怜が俺のスマホを覗き込んだ。

「なにが?」
「花火大会。今年するらしい」
「へえ、花火大会」
「怜、興味ある?」
「うん、ちょっと。でも……」

 怜は諦めたような笑みを向ける。

「良い思い出、あんまりないからなあ」
「あー……」

 まあ、あんなに人が多いところにこんなヤツを放り込むと、どうなるかなんて俺でも分かる。

「今まで誰と行ったことあんの?」
「義父だね」
「……義父とだけ?」
「……ときどき、義父の会社のお得意先の人も一緒だったかな」
「それって……」

 怜は小さく頷き、聞こえないくらいの小声で応えた。

「接待、ってやつ?」

 俺は言葉を失った。

「……そういうの、もしかして何度も……?」
「そうだね。ときたま、知らないおじさんが待ってる部屋に連れてかれてた」

 怜は片脚を折り、服越しに自分の尻をつついた。

「僕ってすごいんだよ。ここで何度契約をとってきたか、分からない」
「……自分の息子に何させてんだよ、そいつ」
「実の息子じゃないから」
「……」
「それなのに……自分が無理矢理させてるクセに、他の人とシた僕を怒るんだ」
「はあ……?」
「どうして俺以外で感じてるんだ、どうして俺以外の体で絶頂を迎えるんだ、なんて言って、そのあと僕をホテルに連れて行って、朝までお仕置きする」

 こいつの義父、塀の外に出しておいて良いヤツなのか? それともこの世には、そうやって経済を回しているヤツらがごまんといるのだろうか。……自分は何もせず、オメガの体を使って、取引先のご機嫌をとるような……そんなヤツらが。

「僕の義父ね、お母さんのことより僕の方が好きだって言ってた」
「おいおい……」
「お母さんと結婚したのも、僕がいたからだって」
「なんだそれ……」
「だから、僕が拒否したらお母さんと別れるって言われてた」

 ただの脅しじゃねえか。

「オメガッて、体を売る以外の仕事では、あんまりお金稼げないでしょ? だから僕とお母さんには、養ってくれる人が必要だった。だから僕、断れなくて。ずっと義父の言うことを聞いてたんだ」

 怜は俺のスマホに視線を戻し、花火の画像を羨ましそうに眺めた。

「義父は、あんなことしてたクセに独占欲が強くてね。友だちと花火大会に行くなんて許してくれなかった。義父と花火大会に行っても、花火が上がる頃には物陰に連れて行かれて、義父とお得意先の人に犯されてたから……僕は花火を見たことがないんだ」

 こいつはここに来るまで、どんなに辛い目に遭ってきたんだ。義父に縛られて、いろんなヤツらに犯されて……。花火大会に連れて行かれても、野外で犯されるだけで花火すら見たことがないなんて。

「しかし……そんなに執着してたお前を、義父はよく手放したな。連絡とか来てないのか?」
「来てるよ」
「来てるのかよ……」

 ちょいちょいスマホを持って外に出るのは、義父と電話していたからか。……母親からだと思っていた。

「自分の保身のために僕を追い出したのに、そんなことすっかり忘れて〝俺はお前が心配だ〟なんて言ってくるんだよ。笑っちゃうよね」
「なあ。その連絡、無視しちゃダメなの? 俺、あんまり良い気分じゃないんだけど」

 そう言うと、怜は申し訳なさそうな顔をした。

「ごめんね」
「……」

 ムスッとしているとしている俺に、怜が言った。

「大丈夫だよ。義父だって忙しいから、電話とチャットだけだよ」

 それでも良い気分ではない。

 怜は天井を見上げ、ふぅ、とため息を吐いた。

「僕、高校を卒業したら働いて、お母さんを養えるくらいいっぱいお金稼いで、自由になりたい」

 オメガにそんな職があるのか分からないけど、と言って怜は自嘲的に笑った。
 そしてスマホをベッドの上に放り投げて、くたっと俺の肩にもたれかかる。

「早く朱鷺だけのものになりたい」
「……お前は、俺だけのものだろ」
「……そうだね」

 一緒に花火大会に行くぞと誘うと、怜は「うん」と応えた。

「花火見せてね」
「当り前だろ」
「一緒に浴衣着よ」
「それも当たり前だ。なんのための祭りだ」
「花火のためじゃないの?」
「普通に考えて違うだろ」
「……花火見せてね?」
「当たり前だっつってんだろ」

 花火だけじゃない。祭りでお前がしたいこと全部させてやる。
 十六年間ずっとできなかったこと全部、俺がさせてやるからな。
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