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夏休み上旬
24話 7月30日:指輪
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タクシーの中、沈黙を破ったのは俺だった。
「……ああいうの、はじめてじゃないだろ」
「……朱鷺だって」
「……」
悔しいがその通りだ。俺はよく電車の中で見知らぬ乗客に体をさすられる。今までだったら、好みのヤツだったら俺もノリノリだった。なんなら駅を降りてホテルに行ったことも何度かある。痴漢されてあんなに気持ち悪いと思ったのは生まれて初めてだった。
アルファの俺でさえこうなんだ。オメガの怜なんてきっと俺以上にこういうことをされてきただろう。今まで怜が何度こういう目に遭ってきたのだろうと考えると身の毛がよだつ。
「今日、挿れられてねえよな?」
「……うん」
「今まで挿れられたことあんの?」
「……」
あるんだな。
「なんで電車乗るの嫌だって言わなかったんだよ。これも仕返しか?」
「違う!」
怜が心外だと言いたげに声を荒らげた。
「こっちに引っ越してからはこういうことされたことなかったんだ。だから……」
「それは、ボサ髪で顔隠してたからだろ」
「そう、だけど……。フリスクも飲んでたし、大丈夫だと思ったんだ……」
「……ま、正直、俺もそう思ってた」
「まさか容姿だけであんな目に遭うなんて……」
「世も末だな」
怜は、誤解が解けてホッとした様子だったが、すぐに俺を睨みつけた。
「朱鷺こそ、どうして電車になんか乗ったの? 僕への仕返し?」
「違ぇよ! 相手がいるアルファに手出ししてくるなんて思わなかったんだよ!!」
「……正直、僕もそう思ってた」
「まさか相手がいるアルファにすり寄ってくるなんて……。しかも相手の目の前で」
「世も末だね」
こいつと付き合い始めてから、今まで見えていなかった世界が見えるようになった。
質の良いアルファの前では理性なんて働かなくなるオメガ。
ずっと俺は、アルファが主導権を握っているものだと思っていたが、それは俺がノリノリだったからってだけで、拒絶したとたんオメガはハイエナになり、アルファを無理矢理にでも食おうとする。
「……なんか、俺がどうして今まであんなんだったのか、ちょっと分かった気がする」
特定の恋人を作らず、だれかれなしに気に入ったオメガを抱くのが、今まで当たり前だった。
それはもしかしたら、無意識に俺自身のアルファとしての尊厳を守ろうとしていたからなのかもしれない。それと、特定の恋人を作ったら、自分も相手も傷付くことを分かっていたからなのかもしれない。
俺がそんな独り言を呟くと、朱鷺はコクリと頷いた。
「僕もそう思うよ」
俺は怜に目をやった。
質の良いオメガは、日々望まない性交をさせられる恐怖を抱いている。
オメガとアルファであれば、基本的にオメガの方が小柄で力が弱い。抵抗しても意味をなさないことが多い。
俺は節操のないクソアルファだが、相手の同意なしにセックスをしたことはない。(同意しないオメガなんていなかったからというだけかもしれないが)
だが、世のアルファには、力ずくで無理矢理目当てのオメガを犯すヤツらもごまんといるのだろう。
怜は、そんなアルファに何度も何度も犯されてきた被害者だ。
「お前がアルファのことを嫌いなのも、分かった気がする」
「そうでしょ。でも、最近ね」
怜は上目遣いで俺を見て、肩をすくめた。
「オメガのことも嫌いになってきた」
「それ、俺のせいじゃん」
「そうだよ」
「でも、俺もオメガのこと苦手になってきたわ」
「ついでにアルファのことも嫌いになれば?」
「うん、すでに結構嫌いだ」
困ったな。俺も怜も、どんどん人嫌いになっていく。
こうしていつの間にか、俺らは孤独になってしまうんじゃないのだろうか、なんて考えたが、別にそれでもいいやと思った。
◇◇◇
ショッピングモールに到着した俺は、怜の手を引いてジュエリーショップに足を踏み入れようとした。
しかし店の前で怜の足が止まる。
「え……? と、朱鷺、こんな店入るの……?」
「あ? 指輪買うんだろ?」
「いや……こんなガチな指輪だとは思ってなかった……」
そう言って、俺の手を引っ張り別の店を指さした。
「……三百均?」
「う、うん! ああいうところに売ってるのを想定してたんだよ。あっちの店で充分だよ」
「何言ってんのお前? 俺はこっちの店が良い」
「いやだよ! ……僕そんなお金持ってないし」
「いや、だからさっきから何言ってんの? 俺がお前の分も買うに決まってるだろ」
「親のお金で?」
「……」
言葉に詰まった俺に、怜は片眉を上げる。
「朱鷺。家を見ても分かるけど、君はお金持ちの家の子だね」
「……」
「きっとクレジットカードを持たされてて、好きなだけ使っていいって言われてるんでしょ」
ご名答。
「でもね、それは君のお金じゃないんだよ」
……言い返せない。
「そういうのは、いつか朱鷺が自分でお金を稼げるようになってから買ってよ」
「……はい」
「だから今回はあっちで買おう」
「……いや、さすがに三百均はいやだ……」
折衷案として、俺たちはプチプラのアクセサリー店で、三千円の指輪を購入した。俺は怜の分を、怜は俺の分を買って、ギフトラッピングしてプレゼントし合った。
俺は店を出てすぐの椅子に座り、さっそくラッピングから指輪を取り出した。安っぽい指輪。サイズも微妙に合っていなくて、少しキツい。怜もちょっと大きいのかゴソゴソだった。
それなのに、どうしてだろう。
「……嬉しい。ありがとうな、怜」
この指輪を死ぬまで付けていたいと思った。
お礼を言われた怜も、ほわほわした笑顔で指輪をさすっている。
「僕も嬉しい。ありがとう、朱鷺」
贈り物の金額と愛情の深さは比例していると思っていた。
でもそうじゃないと、怜は俺に教えてくれた。
「……ああいうの、はじめてじゃないだろ」
「……朱鷺だって」
「……」
悔しいがその通りだ。俺はよく電車の中で見知らぬ乗客に体をさすられる。今までだったら、好みのヤツだったら俺もノリノリだった。なんなら駅を降りてホテルに行ったことも何度かある。痴漢されてあんなに気持ち悪いと思ったのは生まれて初めてだった。
アルファの俺でさえこうなんだ。オメガの怜なんてきっと俺以上にこういうことをされてきただろう。今まで怜が何度こういう目に遭ってきたのだろうと考えると身の毛がよだつ。
「今日、挿れられてねえよな?」
「……うん」
「今まで挿れられたことあんの?」
「……」
あるんだな。
「なんで電車乗るの嫌だって言わなかったんだよ。これも仕返しか?」
「違う!」
怜が心外だと言いたげに声を荒らげた。
「こっちに引っ越してからはこういうことされたことなかったんだ。だから……」
「それは、ボサ髪で顔隠してたからだろ」
「そう、だけど……。フリスクも飲んでたし、大丈夫だと思ったんだ……」
「……ま、正直、俺もそう思ってた」
「まさか容姿だけであんな目に遭うなんて……」
「世も末だな」
怜は、誤解が解けてホッとした様子だったが、すぐに俺を睨みつけた。
「朱鷺こそ、どうして電車になんか乗ったの? 僕への仕返し?」
「違ぇよ! 相手がいるアルファに手出ししてくるなんて思わなかったんだよ!!」
「……正直、僕もそう思ってた」
「まさか相手がいるアルファにすり寄ってくるなんて……。しかも相手の目の前で」
「世も末だね」
こいつと付き合い始めてから、今まで見えていなかった世界が見えるようになった。
質の良いアルファの前では理性なんて働かなくなるオメガ。
ずっと俺は、アルファが主導権を握っているものだと思っていたが、それは俺がノリノリだったからってだけで、拒絶したとたんオメガはハイエナになり、アルファを無理矢理にでも食おうとする。
「……なんか、俺がどうして今まであんなんだったのか、ちょっと分かった気がする」
特定の恋人を作らず、だれかれなしに気に入ったオメガを抱くのが、今まで当たり前だった。
それはもしかしたら、無意識に俺自身のアルファとしての尊厳を守ろうとしていたからなのかもしれない。それと、特定の恋人を作ったら、自分も相手も傷付くことを分かっていたからなのかもしれない。
俺がそんな独り言を呟くと、朱鷺はコクリと頷いた。
「僕もそう思うよ」
俺は怜に目をやった。
質の良いオメガは、日々望まない性交をさせられる恐怖を抱いている。
オメガとアルファであれば、基本的にオメガの方が小柄で力が弱い。抵抗しても意味をなさないことが多い。
俺は節操のないクソアルファだが、相手の同意なしにセックスをしたことはない。(同意しないオメガなんていなかったからというだけかもしれないが)
だが、世のアルファには、力ずくで無理矢理目当てのオメガを犯すヤツらもごまんといるのだろう。
怜は、そんなアルファに何度も何度も犯されてきた被害者だ。
「お前がアルファのことを嫌いなのも、分かった気がする」
「そうでしょ。でも、最近ね」
怜は上目遣いで俺を見て、肩をすくめた。
「オメガのことも嫌いになってきた」
「それ、俺のせいじゃん」
「そうだよ」
「でも、俺もオメガのこと苦手になってきたわ」
「ついでにアルファのことも嫌いになれば?」
「うん、すでに結構嫌いだ」
困ったな。俺も怜も、どんどん人嫌いになっていく。
こうしていつの間にか、俺らは孤独になってしまうんじゃないのだろうか、なんて考えたが、別にそれでもいいやと思った。
◇◇◇
ショッピングモールに到着した俺は、怜の手を引いてジュエリーショップに足を踏み入れようとした。
しかし店の前で怜の足が止まる。
「え……? と、朱鷺、こんな店入るの……?」
「あ? 指輪買うんだろ?」
「いや……こんなガチな指輪だとは思ってなかった……」
そう言って、俺の手を引っ張り別の店を指さした。
「……三百均?」
「う、うん! ああいうところに売ってるのを想定してたんだよ。あっちの店で充分だよ」
「何言ってんのお前? 俺はこっちの店が良い」
「いやだよ! ……僕そんなお金持ってないし」
「いや、だからさっきから何言ってんの? 俺がお前の分も買うに決まってるだろ」
「親のお金で?」
「……」
言葉に詰まった俺に、怜は片眉を上げる。
「朱鷺。家を見ても分かるけど、君はお金持ちの家の子だね」
「……」
「きっとクレジットカードを持たされてて、好きなだけ使っていいって言われてるんでしょ」
ご名答。
「でもね、それは君のお金じゃないんだよ」
……言い返せない。
「そういうのは、いつか朱鷺が自分でお金を稼げるようになってから買ってよ」
「……はい」
「だから今回はあっちで買おう」
「……いや、さすがに三百均はいやだ……」
折衷案として、俺たちはプチプラのアクセサリー店で、三千円の指輪を購入した。俺は怜の分を、怜は俺の分を買って、ギフトラッピングしてプレゼントし合った。
俺は店を出てすぐの椅子に座り、さっそくラッピングから指輪を取り出した。安っぽい指輪。サイズも微妙に合っていなくて、少しキツい。怜もちょっと大きいのかゴソゴソだった。
それなのに、どうしてだろう。
「……嬉しい。ありがとうな、怜」
この指輪を死ぬまで付けていたいと思った。
お礼を言われた怜も、ほわほわした笑顔で指輪をさすっている。
「僕も嬉しい。ありがとう、朱鷺」
贈り物の金額と愛情の深さは比例していると思っていた。
でもそうじゃないと、怜は俺に教えてくれた。
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