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夏休み上旬

23話 7月30日:痴漢

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 家から一歩外に出ると、むわっとした熱気が体中にまとわりついた。キモいくらい暑い。
 五分歩いただけで額に汗が流れる。鎖骨に溜まった汗がTシャツを濡らし、そこだけが妙に冷たくなる。
 怜も暑そうだ。うんざりした顔で、あごに垂れた汗を手で拭き取っている。そいつの濡れた手がそこはかとなくエロく感じて、外だというのにちょっとちんこが反応した。

 電車に乗った俺たちは、乗客の注目の的になっていた。ちらちらとこっちを見て、こっそりスマホのカメラを向ける女子高生。さりげなく俺たちのそばに立ち、スンスンと匂いを嗅ぐサラリーマン。
 近くにいるやつらの性の臭いが、じわ……と少しずつ強くなっていく。

 俺が怜に目をやると、こちらを横目で見ていた怜と目が合った。おそらく俺もそうだろうが、怜は不機嫌そうな顔をしている。俺たちはたぶん、互いにこう思っていた。

(俺/僕以外のヤツを誘惑すんなよバカ)

 フン、とすぐに俺たちは顔を背けた。こいつは悪くない。分かっているが、気に食わない。

 電車に乗ってから二駅目で、大勢の乗客が押し寄せた。絶対にこの電車に乗ってやるという強い執念を持った乗客たちが、キャパを越えている車内にぐいぐい入ってくる。俺と怜もうしろの乗客に圧されて、強制的に前の乗客と密着させられる。

 せめて離れ離れにならないよう、俺は怜の肩をがっしり掴んでいた。

「っ」

 電車が走り出して二、三分が経った頃、怜が微かに体を強張らせたように感じた。そして、俺のシャツをくいっと引っ張る。

「どうした?」
「……」

 怜は答えない。だが、明らかに助けを求めている目をした。

「っ……」

 そして、きゅっと目を瞑り、唇を噛んだ。頬が微かに赤い。
 ハッとした俺は、怜の耳元で尋ねた。

「うしろのヤツか?」

 怜は小さく首を横に振り、言った。

「一人じゃない……」
「クソッ……」

 満員電車のド真ん中でいる俺たちは、怜が誰にどこを触れているのか確認できないほど、前のヤツとも、うしろのヤツとも、隣のヤツとも密着している。

「ふっ……」

 怜がエロい吐息を漏らした。ヤバい。この声、たぶん服の中に手を入れられている。

 俺は怜の肩を抱いていた腕を無理矢理動かそうとした。(乗客と密着しているので腕を動かすことすらままならない)
 するとそれを阻むかのように、うしろのサラリーマンが体をさらに怜にくっつけた。

「オイ、こらおっさん……」

 ドスをきかせた声ですごんでも、サラリーマンは知らんぷりだ。そんなすました顔をしながら、たぶんこいつは怜の下半身を撫でまわしているのだろう。
 腹が立ち過ぎた俺は、公共の場だということも忘れて叫ぼうとした。

「いい加減に――」
「……?」

 途中で俺が言葉を止めたので、怜が不思議そうに顔を上げた。

「……」
「朱鷺……?」

 怜に言うべきか。いや、言わない方がいい。
 誰かにズボンのチャックを下げられたなんて、言えるかよ。

「……っ」

 どこから伸びている手かも分からない。そんな手が、俺のズボンの……下着の中に入ってきた。ちんこを撫でられて、くいくいと引っ張られる。

 俺のちんこがズボンから取り出され、手のひらに包まれる。ゆっくりと擦っていた手がだんだんと激しくなる。
 俺のちんこが完全に勃起したとき、電車が停車した。

「~~……っ、怜、降りるぞ!!」

 俺は怜の肩を抱いたまま、乗客を押しのけてドアに向かった。怜の腕を誰かが掴む。俺の腰も誰かに掴まれた。それらを無理矢理引きはがし、電車から飛び出した。

「はぁっ、はぁっ……。怜、無事か……?」
「う、うん……。かろうじて……」

 俺たちは互いの姿に目をやり、怒りで瞳孔を開かせた。

 俺はズボンからちんこが出ているし、怜なんてズボンと下着を太ももまで下ろされていた。
 俺は咄嗟に礼のズボンとパンツを引き上げてベルトを締めて、怜は俺のちんこをズボンの中に押し込んだ。

 そして口々に叫ぶ。

「おい! 何された!! どこ触られた!!」
「ねえ!! 朱鷺にこんなことしたのどこのどいつ!?」
「なんでフリスク飲んでんのにこんな目に遭ってんだよ!! 顔か!? 顔でか!?」
「どうして朱鷺は薬飲まないの!? 朱鷺の匂い車内に充満してたよ!? 自覚ある!?」
「なにおっさんに触られてケツ濡らしてんだよクソッ!」
「なんで見知らぬ人に触らせて勃起させてんの!? 猿!!」
「「俺/僕以外にその体触らせんなよ!!」」

 各々好き勝手叫んでいた俺たちは、最後に声が揃って目を見合わせた。
 そこでやっと、ホームで電車を待っている人たちに凝視されていることに気付いた。

 俺たちは顔を真っ赤にして俯き、ふいと顔を背ける。

「……タクシー乗るぞ」
「うん、そうしよう」

 お前のせいだからな、とお互いが思っているようで、俺も怜も相手を睨みつけた。
 タクシーに乗り込んだ俺たちは、同時にため息を吐き、呟いた、

「「なんでそんな恰好で外出たんだよ」」
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