1 / 74
夏休み前
1話 7月11日:転校生
しおりを挟む
窓から差し込む光は熱を帯び、冷房の効いた室内をも熱くする。窓際の生徒たちの頬は赤く、体からはじんわりと汗が滲んでいる。そしてその汗からは、隠しきれない性の匂いがふんわりと漂っていた。
窓際で座る俺がシャツを扇いで体の熱を冷ましていると、うしろの席の片岡に椅子を蹴られた。
「いてっ。何すんだよ」
「お前なあ、それ止めろよ」
「あ? なに」
「体扇ぐの。ただでさえお前の匂いキチィんだからよ……」
「あ。悪い。でも暑いんだから仕方ねえだろ……」
そんな言い訳をしながらも、俺は大人しく扇ぐのを止めた。
男女の性とはまた別に三種の性が存在するこの世で、生まれたときからの勝ち組と言われているアルファ。俺はその性がかなり強く、この匂いと容姿でずいぶん好き勝手遊んでいる。オメガだったら一言かけるだけでついてきてくれるし、ノンケのベータですら俺になら抱かれていいと思っているようでノリノリで尻を突き出す。
ただ、教室にいるときは周囲の迷惑にしかならないようで、よくさっきみたいに注意をされる。片岡だってベッドの上では俺の匂いクンクン嗅いで悦んでいるくせに。ゲンキンなヤツだ、まったく。
ホームルームのチャイムが鳴ると、先生が一人の見知らぬ生徒を連れて教室に入ってきた。
「今日から君たちのクラスメイトになる転校生を紹介するぞ」
そう言って、黒板に名前を書く。
「〝高浜 怜(たかはま れい)〟君だ」
先生に目で合図された高浜は、きょどきょどと頭を下げ、小さな声で言った。
「よろしくお願いします……」
俺たちアルファのクラスメイトは、近くの席の同性と目を見合わせた。
(あいつ、オメガだ)
声には出さなかったが、みんなそれを確信したようだった。
匂いはかなり薄いが、かすかにオメガの匂いがする。
近くの席の中岸が、これみよがしに肩をすくめた。彼はきっとこう言いたいのだろう。
(せっかくのオメガなのに、残念)
正直に言うと、俺もそう思った。
匂いも薄い……つまり性が弱いオメガだし、何より見た目が冴えない。ひょろひょろで今にも折れそうな猫背。目が隠れるほど長い前髪に、分厚すぎる眼鏡。そのせいで顔がほとんど見えない。それに、ずっと怯えてビクビクしている。
「ハズレ中のハズレだな」
「どうせならもっと良いオメガが良かったよな、な。朱鷺(とき)」
ホームルームが終わると、なぜかアルファのやつらが俺の席に集まってくる。そこで転校生について各々好き勝手なことを話していた。俺は窓の外を眺めながらそれを聞き流していた。
「おい、朱鷺。聞けよ」
「へっ? なに」
名前を呼ばれたことに気付かずぼうっとしていると頭をはたかれた。
「転校生のことだよ」
「ああ。そうだな。さすがに興味ねえなあ、あれは」
「だよなあ。セックス大好き朱鷺君でも勃起しませんかあ」
「悪意たっぷりのお言葉どうも」
確かに俺はセックスが好きだ。服を着ているときはすましているヤツも、偉そうぶっているヤツも、抱かれている間はただのメスになるから好きだ。俺の前では見栄なんて、服と一緒に脱げちまう。それがたとえ先生であっても、だ。
俺の下でよがっているのを見下ろすのは気分が良い。
でも、さすがにあの転校生は興味がでない。匂い薄すぎだし、なにより見た目がなあ。
そんなことを考えている俺に、アルファの一人がアホみたいな提案をした。
「なあなあ。ゲームしようぜ。夏休みが始まるまでに、転校生を抱いたヤツの勝ち」
「はあ? しょうもな。だから抱く気になれねえって」
「だから良いんだよ。お前が本気出したら絶対俺らが負けるんだから。お前が興味ないヤツくらいが俺らにとったらちょうどいい」
「なんだそれ」
鼻で笑う俺の周りで、他のアルファたちが盛り上がり始める。
「いいな、やろうぜ」
「勝ったやつはなにもらえんの?」
「ファミレスで好きなだけ食えるってのはどうだ」
「やば。最高じゃねえか」
俺はため息をついた。なんだそれ。くだらねえ。
廊下側の一番前の席で、転校生が一人ぼっちで座っている。俯いて、背中を丸くして、できるだけクラスメイトの視界に入らないように体を狭めていた。そのおかげで、転入初日だというのに誰からも話しかけられていないようだった。
この世界は残酷だ。性と容姿で全てが決まる。
窓際で座る俺がシャツを扇いで体の熱を冷ましていると、うしろの席の片岡に椅子を蹴られた。
「いてっ。何すんだよ」
「お前なあ、それ止めろよ」
「あ? なに」
「体扇ぐの。ただでさえお前の匂いキチィんだからよ……」
「あ。悪い。でも暑いんだから仕方ねえだろ……」
そんな言い訳をしながらも、俺は大人しく扇ぐのを止めた。
男女の性とはまた別に三種の性が存在するこの世で、生まれたときからの勝ち組と言われているアルファ。俺はその性がかなり強く、この匂いと容姿でずいぶん好き勝手遊んでいる。オメガだったら一言かけるだけでついてきてくれるし、ノンケのベータですら俺になら抱かれていいと思っているようでノリノリで尻を突き出す。
ただ、教室にいるときは周囲の迷惑にしかならないようで、よくさっきみたいに注意をされる。片岡だってベッドの上では俺の匂いクンクン嗅いで悦んでいるくせに。ゲンキンなヤツだ、まったく。
ホームルームのチャイムが鳴ると、先生が一人の見知らぬ生徒を連れて教室に入ってきた。
「今日から君たちのクラスメイトになる転校生を紹介するぞ」
そう言って、黒板に名前を書く。
「〝高浜 怜(たかはま れい)〟君だ」
先生に目で合図された高浜は、きょどきょどと頭を下げ、小さな声で言った。
「よろしくお願いします……」
俺たちアルファのクラスメイトは、近くの席の同性と目を見合わせた。
(あいつ、オメガだ)
声には出さなかったが、みんなそれを確信したようだった。
匂いはかなり薄いが、かすかにオメガの匂いがする。
近くの席の中岸が、これみよがしに肩をすくめた。彼はきっとこう言いたいのだろう。
(せっかくのオメガなのに、残念)
正直に言うと、俺もそう思った。
匂いも薄い……つまり性が弱いオメガだし、何より見た目が冴えない。ひょろひょろで今にも折れそうな猫背。目が隠れるほど長い前髪に、分厚すぎる眼鏡。そのせいで顔がほとんど見えない。それに、ずっと怯えてビクビクしている。
「ハズレ中のハズレだな」
「どうせならもっと良いオメガが良かったよな、な。朱鷺(とき)」
ホームルームが終わると、なぜかアルファのやつらが俺の席に集まってくる。そこで転校生について各々好き勝手なことを話していた。俺は窓の外を眺めながらそれを聞き流していた。
「おい、朱鷺。聞けよ」
「へっ? なに」
名前を呼ばれたことに気付かずぼうっとしていると頭をはたかれた。
「転校生のことだよ」
「ああ。そうだな。さすがに興味ねえなあ、あれは」
「だよなあ。セックス大好き朱鷺君でも勃起しませんかあ」
「悪意たっぷりのお言葉どうも」
確かに俺はセックスが好きだ。服を着ているときはすましているヤツも、偉そうぶっているヤツも、抱かれている間はただのメスになるから好きだ。俺の前では見栄なんて、服と一緒に脱げちまう。それがたとえ先生であっても、だ。
俺の下でよがっているのを見下ろすのは気分が良い。
でも、さすがにあの転校生は興味がでない。匂い薄すぎだし、なにより見た目がなあ。
そんなことを考えている俺に、アルファの一人がアホみたいな提案をした。
「なあなあ。ゲームしようぜ。夏休みが始まるまでに、転校生を抱いたヤツの勝ち」
「はあ? しょうもな。だから抱く気になれねえって」
「だから良いんだよ。お前が本気出したら絶対俺らが負けるんだから。お前が興味ないヤツくらいが俺らにとったらちょうどいい」
「なんだそれ」
鼻で笑う俺の周りで、他のアルファたちが盛り上がり始める。
「いいな、やろうぜ」
「勝ったやつはなにもらえんの?」
「ファミレスで好きなだけ食えるってのはどうだ」
「やば。最高じゃねえか」
俺はため息をついた。なんだそれ。くだらねえ。
廊下側の一番前の席で、転校生が一人ぼっちで座っている。俯いて、背中を丸くして、できるだけクラスメイトの視界に入らないように体を狭めていた。そのおかげで、転入初日だというのに誰からも話しかけられていないようだった。
この世界は残酷だ。性と容姿で全てが決まる。
応援ありがとうございます!
11
お気に入りに追加
115
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる