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想い
第三十七話
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「それにしても、どういう心境の変化だ?」
一緒に風呂にはいっているとき、小鳥遊が不思議そうに尋ねた。
「少し前に〝付き合ってもいないくせに彼氏面すんな〟的なことを言っていたばかりじゃないか。セフレになったときも〝俺に惚れるな〟って言っていたし」
「あー……」
まあ、小鳥遊視点から見たら妙だろうな。
「お前が〝恋人になりたい〟なんて……そんなことを言い出すとは、思いもしなかった」
「……俺さ」
本当は、この関係になる前に言うべきだったことを、今さらながら打ち明ける。
「初めて男とヤッたの、高校のときだって言ったじゃん」
「ああ」
「そいつと五年くらい付き合ってたんだよね」
「なんで付き合ったその日に昔の男の話を聞かされないといけないんだ? 不快なんだが」
「まあ聞けよ。……そいつにさ、フラれるときに言われたんだよね。〝俺のこと好きすぎるお前が重くてしんどい〟って」
小鳥遊が「今のお前じゃ想像もできないな」とぼやいた。
「誰彼構わず股開く貞操観念皆無のお前が一途で激重だったなんて」
「うるさいな……。好きすぎた元カレにそんなこと言われたのがショックで、それから荒れたんだよっ」
「そんなに重かったのか? そもそも重いってなんだ。お前は一体何をしたんだ……」
小鳥遊はハッと青ざめ、口元に手を当てる。
「まさか、監禁……」
「してねえよ!! お前の激重そのレベルなの!?」
「いや、そんな思いつめた顔をしながら打ち明けるから……そのレベルなのかと」
「違います~。あー……でも、あいつにとったらそのレベルだったのかな」
俺は手のひらで湯をすくいながら、自嘲的に笑った。
「一緒にフランスに行って同性婚したいって言ったんだ」
「あー……」
「おいっ。引いた声を出すなっ」
「それ何歳のとき?」
「二十歳くらい」
「……なるほどな。夢物語で終わらない年齢だ。行こうと思えば行ける」
「そ。俺が本気で言ってるって、相手も分かったんだと思う」
俺はおそるおそる、小鳥遊の顔を見上げる。
「俺、好きな人にはそんなこと言っちゃうヤツなの」
「……」
「好きな人に拒絶されたとき、死にたいくらい辛かった。もう二度とあんな思いはしたくなくて、彼氏は絶対に作らないって決めて……」
「それで、マッチングアプリを始めたんだな。甘えたがりのお前は性質的に孤独に耐えられず、不特定多数の男に抱かれて寂しさを紛らわせていた」
「そういうこと……です」
だから、と俺は言葉を続ける。
「今までお前のことを好きにならないように頑張ってた。でも、いろいろあって……」
「いろいろ?」
「いろいろは……いろいろ。それで、お前ならこんな俺でも受け入れてくれるんじゃないかって思って、それで……好きにならないように頑張るの、やめた」
引いた? と尋ねると、小鳥遊は俺から目を逸らし、遠くを眺めた。
「……フランスには行かないぞ」
「わ、分かってるよ! そんなこと、もう望んでないし!」
「俺はともかく、お前はエリートコースを進んでいるんだ。今、職を離れるのはもったいない」
「え」
「そうだな……他にお前が満足するような方法はないか、考えないといけないな……」
「ちょ、ちょっと待て」
「なんだ。真剣に考えているんだから黙ってろ」
なにこいつ。断る理由、それ? 俺のためじゃん。お前、いっつも俺のためにしか考えてないじゃん。
「お前、引かないの?」
「何がだ」
「同性婚したいって言われて、引かないの? ……いや、お前には言ってないんだけども」
「俺と元カレを一緒にするな。不愉快極まりない」
「……」
「一生を共に生きたいと言われて引くヤツは、お前のことを本気で愛していなかった。それだけだ」
俺は勢いよく湯船に顔を沈めた。水中で上げた泣き声も涙も、小鳥遊に気付かれぬ間に水に溶ける。
「おいっ」
小鳥遊に抱き寄せられる。
「俺の前では何も隠すな」
「だ、だって……っ、大の大人が……っ、みっともない……っ」
「バカだな」
小鳥遊は指で俺の涙をすくい、頬にキスをした。
「俺はお前の、みっともないところが好きなんだ」
俺の子どものような泣きかたに、小鳥遊は苦笑しつつも愛おしげに微笑んでいた。
そのときにしたキスが、今までで一番優しかった。
一緒に風呂にはいっているとき、小鳥遊が不思議そうに尋ねた。
「少し前に〝付き合ってもいないくせに彼氏面すんな〟的なことを言っていたばかりじゃないか。セフレになったときも〝俺に惚れるな〟って言っていたし」
「あー……」
まあ、小鳥遊視点から見たら妙だろうな。
「お前が〝恋人になりたい〟なんて……そんなことを言い出すとは、思いもしなかった」
「……俺さ」
本当は、この関係になる前に言うべきだったことを、今さらながら打ち明ける。
「初めて男とヤッたの、高校のときだって言ったじゃん」
「ああ」
「そいつと五年くらい付き合ってたんだよね」
「なんで付き合ったその日に昔の男の話を聞かされないといけないんだ? 不快なんだが」
「まあ聞けよ。……そいつにさ、フラれるときに言われたんだよね。〝俺のこと好きすぎるお前が重くてしんどい〟って」
小鳥遊が「今のお前じゃ想像もできないな」とぼやいた。
「誰彼構わず股開く貞操観念皆無のお前が一途で激重だったなんて」
「うるさいな……。好きすぎた元カレにそんなこと言われたのがショックで、それから荒れたんだよっ」
「そんなに重かったのか? そもそも重いってなんだ。お前は一体何をしたんだ……」
小鳥遊はハッと青ざめ、口元に手を当てる。
「まさか、監禁……」
「してねえよ!! お前の激重そのレベルなの!?」
「いや、そんな思いつめた顔をしながら打ち明けるから……そのレベルなのかと」
「違います~。あー……でも、あいつにとったらそのレベルだったのかな」
俺は手のひらで湯をすくいながら、自嘲的に笑った。
「一緒にフランスに行って同性婚したいって言ったんだ」
「あー……」
「おいっ。引いた声を出すなっ」
「それ何歳のとき?」
「二十歳くらい」
「……なるほどな。夢物語で終わらない年齢だ。行こうと思えば行ける」
「そ。俺が本気で言ってるって、相手も分かったんだと思う」
俺はおそるおそる、小鳥遊の顔を見上げる。
「俺、好きな人にはそんなこと言っちゃうヤツなの」
「……」
「好きな人に拒絶されたとき、死にたいくらい辛かった。もう二度とあんな思いはしたくなくて、彼氏は絶対に作らないって決めて……」
「それで、マッチングアプリを始めたんだな。甘えたがりのお前は性質的に孤独に耐えられず、不特定多数の男に抱かれて寂しさを紛らわせていた」
「そういうこと……です」
だから、と俺は言葉を続ける。
「今までお前のことを好きにならないように頑張ってた。でも、いろいろあって……」
「いろいろ?」
「いろいろは……いろいろ。それで、お前ならこんな俺でも受け入れてくれるんじゃないかって思って、それで……好きにならないように頑張るの、やめた」
引いた? と尋ねると、小鳥遊は俺から目を逸らし、遠くを眺めた。
「……フランスには行かないぞ」
「わ、分かってるよ! そんなこと、もう望んでないし!」
「俺はともかく、お前はエリートコースを進んでいるんだ。今、職を離れるのはもったいない」
「え」
「そうだな……他にお前が満足するような方法はないか、考えないといけないな……」
「ちょ、ちょっと待て」
「なんだ。真剣に考えているんだから黙ってろ」
なにこいつ。断る理由、それ? 俺のためじゃん。お前、いっつも俺のためにしか考えてないじゃん。
「お前、引かないの?」
「何がだ」
「同性婚したいって言われて、引かないの? ……いや、お前には言ってないんだけども」
「俺と元カレを一緒にするな。不愉快極まりない」
「……」
「一生を共に生きたいと言われて引くヤツは、お前のことを本気で愛していなかった。それだけだ」
俺は勢いよく湯船に顔を沈めた。水中で上げた泣き声も涙も、小鳥遊に気付かれぬ間に水に溶ける。
「おいっ」
小鳥遊に抱き寄せられる。
「俺の前では何も隠すな」
「だ、だって……っ、大の大人が……っ、みっともない……っ」
「バカだな」
小鳥遊は指で俺の涙をすくい、頬にキスをした。
「俺はお前の、みっともないところが好きなんだ」
俺の子どものような泣きかたに、小鳥遊は苦笑しつつも愛おしげに微笑んでいた。
そのときにしたキスが、今までで一番優しかった。
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